第3話迷子のお供をするにあたって・2

 見上げれば視界いっぱいの広い空。

 青と白の柔らかい空気が世界を包みこんでいた。

 見つめた先の流れる雲は風の行方を教えてくれた。

 耳に届くのはそんな風景には似つかわしくない金属音。

 空に別れを告げて音のする方へ目を向ける。

 視線の先には見知った顔が二人、模擬刀を激しくぶつけ合っていた。


 今、俺が居るのはバルド城という城のすぐ隣に位置する訓練場。

 その脇に設置されたテーブルにて、何をするでもなくぼんやりと過ごしていた。

 無駄にだだっ広い訓練場には、先述した二人の他に十数人の兵達がおり、それらの人々が打ち合う二人を興味深そうに眺めていた。


 はぁ……、暇だ……。

 数日前は、暇だなどと思う暇が無い、という実にアンバランスでデンジャラスな非日常を体験したばかりだというのに、今はそれを忘れて暇を敵視するのだから不思議なもんだ。喉元過ぎれば何とやら。

 訓練場に顔を向けながら欠伸なんぞをしていると、『クリさん』と名前を呼ぶ声があった。

 背後からふわりと飛んで来た声を頼りに、気だるげに顔を向ける。


『ふふっ、退屈そうですね。城にはもう慣れましたか?』

 俺に、そう声を掛けて来たのはアンという名の若い女性。

 綺麗な金色の髪がそよ風にサラサラと流れ、浅黄色をした可愛らしくラフな服を着ている。


「ああ、まぁ」

 俺の返事にアンは優しく微笑むと対面の椅子に腰掛けた。

 

『おいで、プチ』

 椅子に座ったアンはそう言って俺の隣で寛いでいた子犬サイズの魔獣に手を伸ばす。

 魔獣は嬉しそうにアンに駆け寄ると、アンの腕の中に収まった。


 数日前、に殺されかけたというのに、相棒は全く気にした様子もない。

 従順な犬に成り下がった相棒に白い眼を向け、俺は小さく溜め息をついた。







『あの、すいません。道をお尋ねしたいのですが……』


 非日常の始まりは、いつも決まった様に唐突に扉を開く。

 いつもと変わらない昼下がり。木々が生い茂る森の中で俺はそう声を掛けられた。

 俺が声の主の方に目を向けると、視線の先には薄く汚れ、見慣れぬ服を着た黒髪の青年が不安そうな顔でこちらを見て突っ立っている。


「道にでも迷ったのかい?」

 森の中、汚れた服、道を尋ねてきた、その事から俺は何となく森で迷ったのだろうと察して言葉を返した。

 俺の言葉に青年は少し驚いた様な顔を見せたが、軽く頷き肯定の意を示す。

「森を抜けた先に小さな村があるんだけど、そこまでだったら連れてってあげるよ。ただ、今からとなると森の中で野宿する羽目になるからなぁ。今日は俺の家にでも泊まって、明日の朝に出発、って感じになるけど、それで構わない?」

 俺がそう告げると不安そうにしていた青年の顔がパァっと明るくなった。なんかちょっと涙目だ。

 いい歳して泣くなよ、と思いつつもそれだけ不安だったのだろう。俺は笑顔で頷くと「ついといで」と青年に軽く告げた。


『ありがとうございます!』

 青年は礼を言い、俺の後ろをついてくる。

 その嬉しそうな顔をしてついてくる青年を見て、従順な犬を得た様な気分になり、このまま置き去りにする勢いで森を突き進んだら……と悪戯心が芽生えた。

 しないけど……。


 さっきまでいた畑から、少し歩いた自宅へと青年を招く。

 それから、水と果物をテーブルに並べて青年をもてなす。

 最初こそ少し遠慮するような素振りを見せたが、遠慮するな、と果物を勧めると、もの凄い速さで果物を平らげてしまった。

 その様子に若干ひく。


 青年の食事が一段落したところで、色々と質問して素性を探る。

 疲れた様子である事と、雰囲気というか見た目というか、おっとりしている印象を受けたので危険がある人物には見えないが、まぁ、興味本意だ。

 特に、青年が腰に提げた物が非常に気になる。



 青年、アキマサと言う名前らしい。

 そして、どうもこのアキマサ、異国、いや異世界からやって来た様だ。

 質問の答えに聞き慣れない固有名詞がチラホラ混ざっていたので何となくそう思っただけで確証は無いのだが……。まぁ、そういい話はごくたまに耳にするので、さほど驚きも湧かなかった。

 ただ、どうやってココに来たのかは自分でも分からないらしく、気付いたら森の中にいたのだそうだ。

 そうして異世界へと迷い込んだ彼は2日程森を彷徨い、偶然、俺を見付けて声を掛けたらしい。

 正直、よくまぁ生きてたもんだと関心した。


 ここまでの道中、幸運な事に魔獣は勿論、危険か否かに関わらず獣1匹にも遭遇する事は無かった。

 これはなかなか、いや、かなり幸運だった。

 獣がアキマサを避けているんじゃないか? と思った程だ。

 所詮この世は弱肉強食なのだ。

 この森は魔獣こそ数の少ないものの、肉食の獣が生息する危険な場所。そんな奴らの餌にならなかっただけで幸運と言えるだろう。


 その事を告げた時のアキマサは若干引き攣った顔をしていたが、「まぁ、生きてるんだから良かったじゃないか」と言う俺の声に『はい!』と元気良く返事をした。

 何故かアキマサはまだ森の中にも関わらず、俺と一緒にいる、というだけで安心してしまっている様だ。明日は、その危険な森を歩くんだぞ? 俺に道案内以外の期待をされても困る。

 安全ロープは設置するだけじゃ駄目なんだぜ?


 俺は確かにこの森に住んでは居るのだが、肉食の獣やら魔獣やらに勝てる気はしない。出会ったら逃げる。全力で。この森内において俺はどちらかといえば弱者だ。

 住居付近は色々工夫してあるので危険な獣らが近付く事はないが、勝てるかどうかはまた別の話である。

 たがまぁアキマサにしてみれば、そんな森に住みつく俺が供として行動するというだけで安心なのだろう。

 防火用水は水が貯まってないと駄目なんだぜ?


安心してしまっているアキマサの心中を表したかの様に、キュ~っという音が小さく鳴った。

 見ればアキマサが少し恥ずかしそうに腹を押さえている。


 そりゃあ2日も森を彷徨ってれば腹も減るだろうし、果物だけじゃ足りないだろう。ただ、我が家には大した食い物がない。


 アキマサに「ちょっと待ってて」と一言告げ、家を出る。

 それから、自宅のすぐ横の大きな木の上で昼寝に興じる相棒の元へと、飛ぶ。

 文字通り。


 空を飛ぶ、これは俺の唯一の特技らしい特技であるが、鳥や虫だって飛ぶのだから大して珍しくもない。

 現にアキマサも畑でも、自宅までの道中でも、空を飛ぶ俺を見ているが、特に驚いた様子はなかった。


 まぁ、そんな特技は置いておいてだ。

 寝ていた相棒を起こし、肉の確保をお願いする。

 俺は普段はベジタリアンなので、我が家に肉の蓄えはないのだ。

 肉の確保を頼むと、相棒は眠たそうに一度大きな欠伸をしてから肉を求めて出発した。

 優秀な相棒の事なので、すぐにウサギか何か獲って来るだろう。その辺りの心配はない。

 むしろ、空気読まずにネズミを獲って来ないかが心配だ。いくら腹ペコのアキマサでも、ネズミ肉は流石に嫌がるかも知れない。


 相棒が肉を獲って来るまでの繋ぎ代りに、すぐ横の枝に生っていた果実を1つ取る。

 そうして、アキマサの待つ自宅へと戻った。



「お待たせ。飯は少し待ってくれ。今、獲りに行ってるから」

 そう告げ、果実を手渡すが、俺の話など興味もないらしく、アキマサは赤い果実に眼が釘付けであった。

 恋する乙女は王子にご執心といった具合。さしずめ俺は両者の中を取り持つ魔法使いという役柄。至って重要だし纏まった長~い台詞が意外と多いのも特徴だ。しかも説明口調。


 バナナ味のリンゴ、とは赤い果実を食べたアキマサの感想であった。

 どちらも聞き慣れない単語ではあったが、アキマサの居た異国の食べ物の事だろうと推測して深くは追求しなかった。

 代わりにアキマサの腰に提げられた剣について触れる。

 実は会った時から気になっていたのだが、どうにも見覚えのあるその剣を聞くべきか悩んでいた。


「なぁ、それどうしたんだ?」

『それ?』

「その腰に提げてるヤツだよ」

『ああ、これ。昨日拾ったんですよ。剣なんて扱った事は無いんですが、サバイバルには必要かと思って』

「……そう。―――え? 普通に落ちてたの?」

『はい、普通に落ちてました。その割には綺麗ですよね。最近誰かが落としたんですかね?』

「いや、どうかな……」

 言いながら、剣を注視する。

 美しい装飾が施された純白の鞘に納められ、これまた美しい柄を持ったつるぎ。


 見間違いじゃなければ――――それ、聖剣ですよ?


 石ころじゃあるまいし、聖剣ってそこらに落ちてるもんなのか?

 聖なるという単語を名詞に添付している割りには恥も外聞もない剣だと思った。

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