第2話迷子のお供をするにあたって

 巡った季節の空を見上げれば春の色。

 朝方に触れる空気は少し肌寒く、吐き出す息も白が交じる。

 それでも陽が高くなるにつれて緩やかに暖かくなっていく。

 そんな季節。

 自然豊か、どころかど真ん中の森の中。見渡す風景は背の高い木々と、緑を主軸とした苔。全体的に緑の割合が多い中、ポツポツと木の実の赤がより際立って見える。

 それはどこか幻想的な雰囲気を漂わせる絵画の様。

 しかし、それも今や見慣れた風景。

 長年、この風景に囲まれていると感動も徐々に薄れて来るもので、今更景色を眺めたところで「お、今日も緑だな」ってな感想しか出てこない。

 

 と、まぁ、普段ならそんな感じなんだけど、現在の俺の視界に写る色はどうも緑の割合は少ない。

 さて、どうしたものかと天を仰ぐと視界に緑の割合が増えて、何故だかちょっと落ち着いた。

 風に揺れる新緑の葉を見つめつつ思案する。

 ふむ、やはり見慣れた日常と言うのは良いものである。風雲急を告げた刺激でちょっぴりテンパっていた頭がクリアになっていくのを実感したところで、とりあえずもう一度最初から状況を把握して、整理して、解決して行こうじゃないか。


 ほぼ真上に向けていた顔を戻し、正面を見る。

 やっぱり緑の割合が減って、代わりに無骨で武骨な鎧を身に纏った人々、数にしておよそ30名程が一定の距離を置きつつも、ぐるりとこちらを取り囲んでいるのが視界に入る。

 兜でハッキリとは見えないが、どれも緊張の為か神妙な面持ちで、されど視線を外す事なくこちらを注視し続けていた。

 流石にまさか愛の告白って訳でもあるまいが、大勢の視線を一身に浴びるのは何とも居心地が悪い。

 いや、この場合は俺と言うよりは……。


「なぁ」

 俺が一言そう言っただけで、場の緊張感が増した。出来るだけ平淡に言ったつもりなんだけど……。

 何だかザワザワし始めて、『やはり喋ったぞ』とか『知性があるのか』とか『イケヴォ過ぎ。耳が幸せ』とか言った声が聞こえてくる。

 最後のは幻聴かもしれない。


「え~っと、先ずは代表者? 君達は兵士だよね? なら隊長になるのかな? とにかく先ずは上の人と話がしたいんだけど」


 俺の言葉に一層ざわつきが大きくなる。

 しばらくざわつきをボンヤリ眺めていると、彼らの視線が一人の人物に集中し始めたのに気付いた。

 おそらく皆の視線を浴びているのがこの場で一番上の階級なのであろう。俺もその人物に視線を注ぐ。  

 

『私が代表ですが――――』


 力強い、綺麗な声。兜で顔こそ見えないが女性の様だ。

 女性が続ける。


『先に言って置きます。まず1つ。我々は、最近この森に出没すると噂であった魔獣討伐に赴いた兵士である事。二つ目。知性を持つ魔獣。おそらく統率個体であるアナタの言い分を聞く気は我々には無い』


「理不尽だ」


 女性の話にそう愚痴を溢す。


『知恵ある魔獣は危険というのがこちらの認識です。発見した以上、アナタを見過ごす訳にはいきません』


「こんなに可愛らしいのに?」


『禍々しく強大な力を持った魔獣にしか見えませんね』

「人を見た目で判断してはいけない」


『魔獣ですね』


「……パッと見、ね」


 そう言うと、女性は少し小首を傾げ、すぐ戻した。

 少しの沈黙。

 後、

 女性は言葉を発する事なく、右手を軽く挙げた。

 それが合図であったらしい。


 距離を空け、こちらを包囲していた兵達がじわりじわりと間合いを詰め始める。

 あらやだ。言い訳もさせて貰えない。本当にこちらの言い分を聞く気は無い様だ。

 ジリジリと迫る兵達を一度、軽く見渡す。


 ――――自慢じゃないが、逃げ足は早いぜぇ?


 垂直に飛び上がると、空中で体を捻る。

 そのまま、頭上にあった木の枝を蹴りつけ横っ飛びすると、兵の頭を飛び越え、駆け出した。


 さよなら、兵士諸君! もう会う事もないだろう!

 そんな捨て台詞を心の中に吐いて、後ろを振り返る――――もの凄い速さで真横へと迫った一人の兵がこちらに切りかかって来るのを視界の端が捉えた。


「あぶ……っ!」

 間一髪でそれを回避する。


 回避し、尚も突き放そうと駆けるが、切りかかって来た兵もこちらから少し間隔を空け、並走する様に追い掛けてくる。


 嘘だろ!?

 どういう脚力したら、人間が四足歩行の生き物と同じ速度で走れるんだよ!?


「ついてくんな!」

 びっくり超人に驚き、若干慌ててそう叫ぶ。


『出来ない相談ですね』

 先程の女性の声。表情が見えない為か、酷く冷たく聞こえる。

 ぐぅ可愛くない。


 そのまま、互いに言葉を発する事なく、しばらく女性との鬼ごっこに興じる。

 見渡し、通り過ぎる景色は見慣れた森。背の高い木々こそ無数にそびえ立つが、脚を邪魔する草はあまり無い。生えているのは薄緑と濃緑の苔ばかり。

 時折、木々の迷路を走り抜ける俺達に驚いた鳥達の喧騒が耳に届き、夢では無いと告げてくる。出来たら悪い夢であって欲しいものだ。


 どれだけ走ろうとも、まるで手応えの無い現状にうんざりする。

 全く引き離せる気がしない。この辺りでは一番の俊足を誇っていただけに、地味にショックである。

 というか、このままだと棲み家まで付いて来そうだ。いや、確実に来るな……。


 そう考え、方向を変えようかとした時、まるでそれを見越していたかの様に女性が急接近してきた。弾ける様、とはまさにこういうのを言うんだろう。それ程の急接近。


 身体を捻り、女性の繰りだした一撃目を避ける。

 二撃目、三撃目と避けるが、どれも紙一重。ギリギリである。

 三撃目を回避し、女性との距離を取ろうとした直後、身体がガクリと揺れた。

 何事かと見れば、左後ろ脚が凍りついており行動を阻害している。

 魔法まで使うのかよ!?

 思っていたよりも脆い氷であった為、凍りついていたのは一瞬。しかし、その一瞬が致命的であった。

 その僅かな隙を捉え、女性が致命の一撃を繰り出して来たのだ。

 絶体絶命。これは避けれない。


「待って! 待って待って待って!」

 そう叫びながら、両手を広げて、女性と相棒の間に躍り出る。

 死ぬかも知れないが、相棒を見殺しには出来ない。


 死ぬなら一緒にだ。

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