【妖精譚】勇者のお供をするにあたって

佐々木弁当

第1話プロローグ


「なんつぅーか、あれだな。大集結って感じだな」


 まるで他人事の様にそう口にした俺の視線の遥か先。 

 夕日で染まった空の一角にポッカリと浮かび上がる黒い鱗雲。そして、それに合わせる様に大地を埋め尽くす黒い影。

 上も下も真っ黒。白いのは俺の歯と腹くらいのもんだ。


「アレってどれくらいいるんだ?」

 黒いそれらを眺めながら、一人言の様に問い掛ける。


『さぁ……あ、でもほら、前に億万の影とか言われたじゃないですか? それじゃないですかね?』

『アレって、比喩じゃなければ一億って事?』

 俺の問い掛けに答えたのは一人の青年。そして、青年の言葉を補足する様に青年の隣に立つ女性が意見を述べてくる。


「はぁ~、……森に帰りたい」

 今まで幾度となく感じた想いを口にする。俺はもう帰りたくて仕方無い。


『今更』

 シスターの様な服を纏う魔導士が少し呆れた様に言葉を掛けてくる。

 まぁ、確かに今更と言われれば今更ではあるのだが、俺は、この旅が始まった初期の頃から帰りたいと常々思っていた。口にしなかっただけで。


「ここは君に一任しよう。よし、行け」

『……何で俺なんですかね?』

 俺に肩を叩かれた青年が疑問の声を上げてくる。

 一億の敵に突っ込めと言われれば、青年でなくともそんな感想を持つだろう。


「おいおい勇者様よ~。ここで活躍しなきゃ、この旅でのお前の出番は無かったと後世に語り継がれる羽目になるぞ?」

『いや、俺結構頑張ったと思うんですけど……』

「馬鹿言っちゃいけない。

 良いかね? 勇者の活躍と言うのは勇者本人がひけらかす様なものじゃないんだ。自分で、俺は活躍したぜ、等とひけらかす目立ちたがりやな勇者を誰が尊敬する?

 しないね。つまり勇者の活躍と云うのは勇者の仲間である俺が世界の人々に語るのが正しい。

 まぁ、どうしても目立ちたい、女の子にちやほやされてモテモテになりたいなら俺はそれを止めないけれど」


『ずっと前に言いましたけど、俺は別にモテたくて勇者やってる訳じゃないんですってば』

 隣の女性に微かにジト目を向けられた青年が、少し焦った様子でそう口にする。


「勿論知っているとも。ならばこそ俺が語る必要があるのだよ。勇者の活躍を。

 そして俺は酒場で綺麗なお姉ちゃんに、キャー勇者のお仲間よー! 抱いて! と言われたいのだ」

『そこで私が、コイツはビビって漏らして泣き喚いていただけ、と言えば良いのね』

『あ、じゃあ私も、私に何度も抱き付こうとする変態、と言います!』

 握り拳を作って幸せな未来を語る俺に、魔導士が言い、付け加える様に女性が片手を上げて宣言する。


「頼むからやめてくれ。後世に残るんだぞ、ソレ。それに良いのかね? 偉大な勇者のお仲間にそんな役立たずな変態が混ざっていたと宣伝して。それは君達自信の評価にも繋がって来るのだよ?」

『でも、事実ですし』

「おい! 抱き付こうとした事なんて二回くらいだろ!」

『二回でもある時点でどうかと思いますけど? そう言えばお風呂も覗こうとしてましたね』

「あれは違うから! 聞き耳は立てたけどエロ目的じゃないから!」

『私を夜這おうとした』

 魔導士の言葉に青年と女性が目を見開き、俺に汚物を見る様な目をぶつけてくる。


「一度もねーよ!」

 反論する俺に魔導士が尚も追撃する。


『幼女の体を乗っ取り、下卑た眼で見ていた事もあった。守備範囲も広い』

「違うじゃんあれは! むしろ恩人じゃんか! 勝手に俺の守備範囲広げんなよ!」

『そんな変態に唇を奪われた私の心の傷のなんと深い事』


 よよよっと言った様子で手でカラッカラに乾いた目元を押さえる魔導士。大根にも程がある。


「何なの!? 俺に恨みでもあるの!?」

『いっぱいある。――――聞く?』

「いえ、いいです」


 危ない。墓穴を掘って藪をつつきかけた。心当たりがいっぱいあるのでそこはキッチリ遠慮しておく。

 

「はぁ~」

 一度大きな溜め息をつき、続けて、

「君達。君達の目は節穴かね? この旅で俺が如何に頑張って来たのか見ていただろう? 悪評広める前にそっちを喧伝して欲しいんだが……」


 俺の言葉に三人が顔を見合せる。次いで、こちらに小首を傾げた青年と女性が問うてくる。


『『ありましたっけ?』』

『ない』


 二人の言葉に魔導士が直ぐ様ピシャリと言い放つ。


 酷い。

 こいつらの目は節穴だった様である。


「あるだろ色々と! 俺が活躍した場面が! ほら、ゆっくり思い出して、俺の勇姿を」


 これまでの旅を思い出しているのだろう。逡巡する様に目を瞑る青年と女性。


『何か俺、ちょっと腹が立って来ました』

『私もです』


 どうしてそうなるの?

 訳が分からない、と不満顔を浮かべる俺の様子を見て可笑しそうに笑う二人。


「おっけー分かった。しばらく、あちらさんも動く気配は無い様だし、ゆっくりと思い出して貰おう。俺の勇姿を。活躍を。

 そして如何に、俺が、どれだけ、苦心したかをその心得と共に、節穴な君達に語って聞かせよう。

 勇者のお供をするにあたっての俺の話を」

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