二十話「ニンギョヒメ」

 めのう・さとうきびは天使だった。

 天使と呼ばれていた。

 確かに桃色の髪、左半身に四翼、右半身に一翼を有する紛れもない天使ではあった。少なくとも人間とは大きく異なった外見を有している事には違いない。無論、悪魔などでは断じてない。

 天使として生きる事に何の疑問も持たなかった。

 両親は尊敬していたし、顔も知らない偉大なる父の教えを託宣するのも、呼吸する事の様に自然な事だった。

 兄弟が居ないため従兄弟の天使と婚約させられていたが、中学校を卒業した後に彼と子を為す事にも何の不安も無かった。

 その意味において、めのう・さとうきびは天使として幸福だったのだ。

 そのまま生きられていたのであれば、いずれかは幸福なままに天に還れたであろう。

 しかし。

「めのうさんは、それでいいの?」

 ある時、幸福なめのうに唐突に差し伸べられた手。

 己の幸福を疑えと、己の不幸を識れと、差し伸べられた優しい手。

 そこにあるのは完全なる善意だった。

 世界には善意が溢れている。

 悪意にも溢れているが、それ以上の善意に満ち溢れているのだ、この世界には。

 誰もが誰かを幸福にしようと思っている。

 誰かが幸福である事を喜びたいと思っている。

 目の前に広がっているのは、光に満ち充ちた優しい世界なのだ。

「俺は、めのうさんを、幸せにしたいんだ」

 彼は、確かにめのうの幸福を願っていた。

 めのうも、いつしか彼の幸福を祈るようになっていた。

 故にこれは幸福と善意の物語だ。

 善意から生じた、幸福に至るための美しい物語。

 誰もが歩んでいくべき、優しさに溢れた素晴らしい物語なのだ。

 その先、どんな結末が彼等に訪れようと。

 それは幸福を求めた故の当然の美しい帰結に過ぎない。

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