十五話「REMEMBER 16」
「それで、顛末はどの様に?」
特に興味がある風でもなく、こはるが小さく首を傾げた。
仕事の経過をこはるに報告する義理があるわけではないが、ストーカーの正体を突き止めて既に三日が経過している。終わった案件であれば、世間話の体で教えても守秘義務の違反には当たらないだろう。
滅多に飲まないジュースを口にしてから、香苗は口を開いた。
「とりあえずは全部解決したって感じかな。連があの小学生達のボス的存在を捕まえてくれたのが大きかった。一番強い奴が崩れれば組織ごと総崩れってのはお約束だよな。簡単に全部口を割ったよ。まあ、あのボス的存在の茶髪の子も更に上に居る奴の言いなりになってたんだけどさ」
「どういう事ですか?」
「前にうさぎさんが言ってたんだよ、いじめられてた子を助けてあげた事があるって。あの小学生の集団はその子をいじめてた側だったんだ。後は簡単さ。あの集団が悪魔でよく目立つうさぎさんを次の標的に選んだんだ。とは言え、あの子達だけなら軽く尾行して家を突き止めて悦に入ったりするくらいで終わってたはずだった。そこに更に余計な人間が目を付けたんだ」
「どうしようもない話なんじゃけどね」
香苗の言葉を急に庚が引き継いだ。かなり腹に据えかねていたのだろう。その表情は軽く怒りに歪んでいた。言葉にする事で多少なりとも庚の気が紛れるのであれば、その方がいいのは自明の理だ。香苗は口を閉じて、後の説明を庚に委ねる事にした。
「結論から言えば、この案件の黒幕はあの小学生達の中の一人の兄ちゃんだったんよ。ウチも遠目で見たんじゃけどね、大人しい雰囲気の大学生じゃったわ。髪も染めてないし体格も極普通。一見真面目な感じに見えるのに、弟達に命令して女の子のストーカーさせてたなんて、人は外見からじゃ判断できんよね」
「結構私の好みのタイプでしたよ?」
被害者の割に相変わらず危機感の無いうさぎがそう言って微笑む。
冗談にしか思えない言葉だったがうさぎの事だ。恐らくは本音だったに違いない。本音である方が問題ではあるが。庚もうさぎの様子に軽く言葉を失ってしまったらしい。庚よりは多少なりともうさぎの性格を理解している香苗は、苦笑しながら助け舟を出した。
「まあ、今のご時勢、どんな奴がどんな事をするか分からないって事だよな。尋問してもらった連から聞いたところによると、その大学生はどうも前々からうさぎさんに目を付けてたらしい。生活圏が同じなんだ。うさぎさんは特に目立つ悪魔の人なんだし、悪魔好きの男から目を付けられてたってそう不思議じゃない。ある意味お互いにとって不幸だったのは、うさぎさんとその大学生に接点ができちゃった事だ。本来なら遠目から見てるだけだったはずの大学生とうさぎさんの関係。そこに小学生の弟って接点ができてしまった。これだと思ったんだろうな、あのストーカー大学生は」
人間は誰とでも何とでも意外な点で繋がっている事がある。繋がってしまう事がある。その人と人の繋がりを絆や縁という言葉で美化して考える事も可能だろうが、当然ながらその繋がりが不幸な出会いになる事も決して少なくはない。
そして、うさぎとストーカーの出会いは不幸な出会いだったのだ、残念ながら。
香苗はその不幸に小さく溜息を落とす。
「きっかけはうさぎさんの尾行をしている弟の姿を、その大学生が目撃した事だったらしい。小学生の弟にもストーカー行為ができている。それがその大学生の心に火を点けちゃったんだろうな。小学生の弟にできるのなら兄である自分にはもっと凄いストーキングができるんじゃないかって。それこそ隙を見て強姦くらい軽くこなせるんじゃないかってさ。それで弟達に指示を出してうさぎさんの周囲を探らせてたんだ。一応は大学生だから、小学生達も簡単に従っちゃったみたいだな。その中にはあのいじめられっ子も居たよ。世知辛いよね、助けてくれた人をストーカーしなくちゃいけないなんてさ。まあ、この辺は連から聞いた話の受け売りなんだけどな」
先も庚が口にした事だが、大学生の尋問は連が行った。別に香苗達が尋問してもよかったのだが、残念ながら女二人では迫力が足りないし、様々な後腐れにも繋がりかねなかった。故に連が尋問する事こそが最善だったのだろう。身長二メートルを超える大男に尋問されて、黙秘を続けられる人間はそう多くはないのだから。
その分、連に多少の報酬を渡さねばならないのは、基本的に倹約家である香苗には苦しい事でもあったのだが。
「あたしも連の話には概ね頷けてる。普段気が小さい奴ほど変な度胸を出しちゃうもんだしさ、あのまま放置してたらうさぎさんの身はかなり危なかったと思う。これも連が言ってたんだけど、その大学生の部屋には新品の麻縄が用意されてたんだってさ。本当にこのタイミングでうさぎさんが相談してきてくれてよかったよ。それこそ間一髪だった」
「えへへ、それほどでも」
別に褒めてはいないのだが、うさぎが嬉しそうに自らの頭を掻いた。
強姦される寸前だったという危機にも怯えが見られないのが、香苗にとっては大きな救いだった。数日とは言え共同生活を行った仲なのだ。うさぎの怯えた顔など、可能な限り目にしたくはない。
「成程、ある程度状況は理解できました。それでその大学生の方にはどの様な懲罰を与えたのですか?」
何の関心も無く見える表情でこはるが呟いた。
懲罰という言葉が平然と出てくるのがいかにも天使らしいな、と思いつつ、香苗はその問いに応じてみせる。
「その辺は連に任せてるよ。後始末はいつも連にお任せしてるんだ。勿論殺しはしないし暴力沙汰にもできる限りしないけど、不思議と上手く解決してくれるんだよね、連の奴。ある程度何をしてるのか想像は付くけどね。今回の場合、今まで集めたあの大学生のストーカー行為の証拠を見せて、これ以上何かしたら警察に届けるって脅し付けたってところかな。それだけであの大学生はうさぎさんに付き纏う気力は無くなるだろうし、逆恨みして連をどうこうしようって気も出ないはずだよ。何せ連相手だからね。拳銃持ってても勝てそうにないもんな、あいつ」
「それは確かにそうですね」
こはるの口元が少しだけ歪んだ。笑ったのかもしれない。天使のこはるから見ても、連はそう簡単に殺せる相手ではないようだ。
「けれどその程度の処分でよろしいのですか? ストーカーという輩にはもっと大きな鉄槌を下すべきでは?」
「天使のこはるさんから見たらそうかもしれないけどさ、人間の社会ではそういうのも結構難しいんだよ。私刑をやっちゃうとこっちが犯罪者になっちゃうしさ。だけど大丈夫だよ、こはるさん。その分、人間の社会には、暴力沙汰にしなくても、簡単な鉄槌を下さなくても、それ以上の痛手を負わせる方法が沢山あるんだからさ」
例えば社会的に抹殺するとか、とは口にしなかった。
せっかくの祝勝会に物騒な話で水を差すほど、香苗も無粋な性格をしていない。
そして、こはるも意外と無粋ではないようだった。自分の手で鉄槌を下したいと言ってはいたが、人間社会の恐ろしさも何となくは分かってくれたらしい。そうですね、とだけ呟いて、テーブルの上に置かれていた水を飲み干した。
「とりあえず首尾はそんなところだよ。そろそろ仕事の話も終わって、思い切り遊んじゃおうじゃんか」
「やんややんやー」
香苗の言葉にうさぎがはしゃぐ。
まったく、この悪魔の女子中学生は危機感を持っているのかどうか、終始分からないままだった。自分で調査を依頼しておきながら、どんな時でも楽しそうに振る舞っていた。香苗には理解できない感覚だが、それが悪魔という存在なのかもしれない。
「じゃあまずはこはるさんからだな。先に好きな曲を入れてくれていいよ」
香苗がそれを言うが早いか、こはるが手元にあった機械で手早く番号を転送していた。番号の検索すらしていない事から察するに、十八番の曲の番号を暗記しているのだろう。もしかしたら誰よりも先に持ち歌を歌いたかったのだろうか。それで大学生への鉄槌の話を早めに切り上げたのだろうか。
これもまた香苗には理解できない感覚だったが、それが天使という存在なのだろう。
それから四人で開催した『ストーカー事件解決記念カラオケパーティー』は楽しかった。
金欠な香苗が奢りで開催した世にも珍しいパーティー。事件が解決できたという高揚感と、うさぎともこれでお別れだという寂しさを感じつつ、存分に歌い、存分に楽しんだ。
数日の間ではあったが、うさぎと同居した時間は香苗にとって楽しいものだった。これで終わりにせず、うさぎとこはるとは長い付き合いにしていきたいと香苗は考えていた。
事実、香苗とうさぎ達の付き合いはこれから長く深いものとなる。
香苗の望んだ形とは全く異なったものではあるのだが。
無論、斯様な未来など露知らず、今の香苗はこはるの持ち歌にただ心の中で突っ込みを入れるだけだった。
天使なのにマリリン・マンソンが持ち歌なのかよ! と。
ちなみにうさぎは何故か八十年代のロボットアニメソングを主に歌っていた。
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