十三話「LIGHT THE LIGHT」

 衝撃の新事実に動揺しているらしくはあったが、どうにか立ち上がってから何事もなかったかのようにうさぎに訊ねた。こはるが近親婚の予定を告白してから、五分は経ってからではあったが。

「うさぎはどうなんよ?」

「うさぎですか?」

 少しは息切れも治まったようで、落ち着いたようにうさぎが首を捻った。

 変わらないうさぎの様子に苦笑しながら庚は続ける。

「好きな男子が居るかって事よ」

「好きな男子ですか? 居ますよ、たくさん。えっとぉ、灘飴る君に山本山みかん君、沖台のの彦君に心労ねこ人君ですかねぇ。今のところはですけどね。これでも同級生の中では少ない方なんですよ?」

 その言葉には庚より先に香苗が小さく突っ込んだ。

「好きな男が四人居る事より、それが同級生より少ない方とかより、その悪魔の名前の方が気になるよ……。相変わらず悪魔の名前は何と言うか凄いな。何なんだよ、灘飴るとか山本山みかんとか。悪魔の文化がどんなものなのかはよく知らないけど、悪魔の人は真面目に子供の名前を考えているのか?」

「何を言っているんですか、香苗さん。灘君の飴るって名前は、過去に魔界統一に乗り出した伝説の悪魔の伝統ある名前で、心労君のねこ人っていう名前も昔の魔界ではトップを争う人気の名前だったんですよ? とっても素敵じゃないですか?」

「マジか」

「勿論、うさぎって名前も由緒あるものですし、悪魔の名前には全て深い意味があるんですよ? 私に言わせてもらえば、人間の人の名前の方が変ですよ? 何なんですか、香苗って名前?」

 失礼な言い様だったが、香苗がそれだけうさぎの気に障る事をしてしまったという事なのだろう。少しだけ腹は立つが、これこそ異文化の接触というものだろう。人間とは他民族の文化はどうにも理解できないものであり、そこから擦れ違いが始まってしまう。うさぎは人間ではなくて悪魔なのだから尚更だ。香苗は自省して素直に頭を下げる。

「悪かったね、うさぎさん。人間の感性で考えるとどうしても悪魔の名前は変に聞こえてしまうんだよ。それが気に障ったのなら謝るよ。ごめんね、うさぎさん」

 香苗の素直な態度を見て落ち着いたらしく、うさぎもゆっくりと頭を下げた。

「こちらこそ、すみません。私も大人気ありませんでした」

「いいさ、お互い様だよ」

「話が落ち着いたところで悪いんじゃけど」

 香苗達の言葉が切れたのを見計らって、庚が質問を再開した。

「うさぎはその悪魔の男子達が好きなわけじゃよね?」

「そうですよ?」

「悪魔の中ではそれが自然なん?」

「自然って言うのは?」

「何人も好きな男子がいる事よ」

「うーん、自然だと思いますよぉ? 天使の人や人間の人の事はよく知りませんけれど、悪魔の中ではたくさん好きな人が居るのは普通の事です。たくさん恋をして、たくさんの相手との経験を積む。それが悪魔の恋愛というものですよ?」

 うさぎの言葉に少しだけ庚が表情を歪める。両親の事を思い出しているのかもしれなかったが、香苗にはどうしようもなかった。両親の事は結局庚一人の問題であり、庚自身がどうにかする問題でしかないのだから。

 庚が緩慢に頭を振って、長髪を指で弄びながら言った。

「もう一つ聞きたいんじゃけど、うさぎはその悪魔の男子の中で誰が一番好きなん?」

「皆好きですよ?」

「いや、そうじゃのうて、一番好きなのは誰なんよ?」

「好きには一番を考えなきゃいけないんですか?」

 庚が愕然とした様な表情を見せる。

 考えてもみなかった事なのだろう。好きという感情に優劣を付けるべきか否かという事。それも庚の中で渦巻いている複雑な感情の根本なのかもしれなかった。

「一番は……、決めないんじゃね……」

「うさぎは皆が好きですから、その四人だったら誰とでも付き合いますよ?」

「例えばなんじゃけど、うさぎ」

 少しだけ辛そうに庚が呻いた。

「うさぎの好きな灘君がうさぎと付き合ったとして、その時に誰かと二股かけとったらどうするん? うさぎはそれでいいん? 自分以外の誰かを灘君が好きになったとしても、それでもいいん?」

「いいですよ?」

 やはり簡単にうさぎが即答した。

「だって好きな人はたくさんいるものなんですよぉ? 灘君だってうさぎ以外にたくさん好きな人がいるでしょうし、うさぎだって灘君以外にたくさん好きな人がいますから。セックスだってどんどん色んな人として経験を積むべきですしね。悪魔の美人はどれだけ多くの男の人とセックスしたかで決まるんです。うさぎだって負けてられません。これからどんどん経験を積んで素敵な悪魔になりたいです!」

「そっか……」

 庚の代わりに呟いてみたものの、うさぎの言葉には流石の香苗も眩暈がしそうだった。

 自分の持っている考えが何もかも無意味に思えてくるうさぎの言葉に、香苗は動揺させられてしまっていた。無論、庚とは違って、香苗は悪魔に対する知識はそれなりに所有している。それでも眼前でこうも人間の価値観と異なる振る舞いをされてしまうと動揺する。特にまだ十六歳の処女でしかない香苗にとっては、セックスという言葉自体が赤面すべきものでしかない。

 多少は悪魔の事を知っている自分ですらそうなのだ。両親が不倫を繰り返し、性的にもほぼ無知であるしかなかった庚はどう感じているのだろう。香苗は庚に視線を移したが彼女は沈黙して長髪を弄ぶばかりだった。

 天使には天使の価値観がある。

 人間には人間の、悪魔には悪魔の価値観がある。

 当然の事だ。

 けれどその事実がどうしても香苗を動揺させ、庚の精神を引き裂くほどに傷付ける。

 うさぎが香苗達の態度に首を捻り、こはるが退屈そうに眼鏡を右手で整える。

 庚が辛そうな表情で沈黙し、香苗が動揺した表情で庚の表情を見守る。

 恋愛感、人生観が根本的に異なり過ぎていて、種族すら異なる各々が夕陽に照らされている。彼女等に平等に降り注ぐのは夕陽だけだった。

 同じ存在は、同じ価値観は、何一つ存在しないに違いない。

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