第341話『妖精の標識・2』

せやさかい


341『妖精の標識・2』さくら   





 やっぱり詩(ことは)ちゃんの観察力はすごいよ。


 宮殿に着くまでの道で、日本とはちがう交通標識に気が付いた。


 黄色の丸い標識の中に黒塗りの子どもが走ってる姿を描いたもので、うちらも前に来た時に見たことがある。


 交通標識やと思てた――子供の飛び出しに注意――のね。


「あ、そう言えば、標識によって、微妙に姿が違ったっけ?」


 うちより賢い留美ちゃんでも、あれは交通標識やと思てたみたい。


「今日見ただけで、ドアーフ、エルフ、ティンカーベルみたいなのがあったよ!」


 それで、ランチの時にソニーに聞いてみた。


「え、ああ……交通標識だよ『子どもの飛び出しに注意』の。日本にもあるんでしょ、子どもが学校に通う道とかに、どこにでもあるよ」


 なんで、そんなものに興味持つんだって感じで、軽くスルーされてしもた。


 いつもやったら頼子さんかソフィーに聞くねんけど、初日と二日目は二人とも姿が見えへん。


「三年も開いてしまったから、いろいろ儀式とか話し合いとかあるからね」


 ソニーは、そう説明してくれて、その午後と明くる二日目は自分が運転して、あちこちを案内してくれた。




 その二日目




 王立植物園は夏の花が真っ盛り、うちのお寺もささやかやけど、檀家のお婆ちゃんがらが丹精の花々がある。


「お婆ちゃんたち、喜ぶよ!」


 詩(ことは)ちゃんの発案で、一つの花に三十秒ずつ解説動画を作る。


 シャクヤク  ゼラニウム  デイジー  アイリス  サルビア  ヤグルマギク  ペチュニア


 三十秒の解説やねんけど、解説(英語)を読んで、喋ることに決めて、リハーサルやって本番やって、仕上がりの確認したら十分くらいかかってしまう。


「もう、ぶっつけ本番でやろうよ!」


 詩ちゃんが提案して、四つ目のアイリスからは、嚙みまくり、とちりまくりのまんま。


「さくら、笑いすぎ!」


 留美ちゃんに怒られる。


 失敗するんちゃうか思うと、うちは笑いがこみ上げてくる体質。


「もう、笑ったままでいいよ。さくらのとこはテロップ付けるから!」


 NHKのアナウンサーみたいな詩ちゃん。カチコチの留美ちゃん。一歩下がらんとフレームに収まらんメグリン。


 ほんで吉本みたいなうち。


「ちょ、ソニー、なに撮ってんの!?」


「面白いから、あとで陛下やプリンセスに見せようと思って( *^皿^)」


 ソニーは、ちょっと根性ワル。


 最後に向日葵を見た。とたんに、みんな静かになる。


「え、なんで、みんな大人しなるのん?」


「だって、向日葵はウクライナの国花だよ」


 あ、そうか……


 思わず、ナマンダブが出てしまいました。




 午後は、ヤマセンブルグ陸軍の第三連隊にお邪魔しました。


「第三いうことは、一とか二とかあるんよね?」


「いや、陸軍は、この第三連隊だけだ」


 草薙素子みたいなそっけなさで、ソニーが言う。


「一と二は欠番なんだ」


 あ、野球チームの背番号みたいでかっこええかも。


 軍事に関してはメグリンの独壇場。


 営庭に並んでる戦車や大砲のスペックをスラスラと言う。


「ねえ、あの戦車、大砲おっきくて強そうやんか!」


「あれは自走砲」


「え、ちゃうのん?」


「ドイツのPzH2000、155ミリりゅう弾砲を装備していて、ウクライナにも7両貸与されてる」


「ふーーん」


「自走砲は戦車じゃなくて、火砲に分類されていて、所属は砲兵科。強そうに見えても、装甲は最大で25ミリしかないから、敵の戦車がやってきたら、とにかく逃げる」


「ふーーん」


「いや、だから……」


 花の話みたいに食いつかへんあたしらに、メグリンは懸命に説明してくれる。


「君たち、日本から来たんだね?」


 きれいな日本語で声を掛けられて、振り向くと陸上自衛隊のおっちゃんが立ってる。


「日本から派遣で来てるんだ。陸自の栗林です、よろしく……あ……きみは、ひょっとして古閑一佐のお嬢さん?」


「あ、栗林副官!?」


「「「え?」」」


 なんと、栗林さんは、メグリンのお父さんの、かつての部下。


 いやあ、世間は狭い!


 栗林さんに誘われて、基地のカフェテリア。


 他の兵隊さんも寄ってきて、期せずして交歓会ですわ(^▽^)。


 気が付くと、ソニーがお茶くみとかやってて、一人忙しそう。


「なんで?」


「言ったろ、ヤマセンブルグの陸軍は、ここしかないんだ」


「え……あ、ソニーも、ここの所属?」


「あのテーブルに居るのは最低でも中尉だ」


「え……ソニーて?」


「伍長だ」


 伍長て、よう分からんけども、お姉ちゃんのソフィーが少尉やから、その下、もっと下?




 キャフェテリアの窓から見える基地内の道路にも、例の妖精の交通標識が見えた。


「基地の中に通学路があるんですか?」


 詩ちゃんも気ぃついて栗林さんに質問。


「ああ、あれは妖精に注意の標識」


「「「ええ?」」」


 ちょっと混乱してきて、昨日からの事情を説明する詩ちゃん。


「それは……」


 口を開きかけた栗林さんに大尉の階級章を付けたオニイサンが耳打ち。栗林さんは、ソニーに笑顔を向けてから説明してくれた。


「子どもが通る道は、昔から妖精が通る道って言われててね。じっさい、ヤマセンブルグじゃ妖精は存在してるって考える人も多いし。子どもの飛び出しと妖精の両方を掛けて注意書きの標識にしてるんだ。だから、ソニーの説明も正しいよ」


「うん、こんなハナシもあるよ」


 日本語のできる中尉さんが付け加える。


「子どもが人の悪口を言うとね『妖精が聞いてるよ』と言って、天井を指さす」


 あ、なるほど『仏さんのバチあたるで!』といっしょなんや。


 うちらが大きく頷くと、最初の大尉さんがソニーにウィンクした。


 そうなんや、そうやって、伝統と交通ルールを重ねて、その両方を大事にしてるんや。




 それから、ソニーも入って三十分ほどお話して、立ち上がって……見えてしもた。




 交通標識のとこを渡ってる半透明の妖精。


 瞬間目が合うと『シーーーッ』って感じで、人差し指を口にあてて見えんようになってしもた……。





☆・・主な登場人物・・☆


酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生

酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。

酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居

酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父

酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる

酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生

酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 

榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 

夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生

ソフィー      頼子のガード

ソニー       ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド

月島さやか     さくらの担任の先生

古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン

女王陛下      頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首 


 

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