第342話『涙腺崩壊』

せやさかい


342『涙腺崩壊』さくら   





 特別番組?



 窓辺でスマホをチェックしていた詩(ことは)ちゃんが呟いた。


 詩ちゃんは、うちの十倍は賢い。


 その賢さは、才能もあるんやろけど、日ごろの努力によるところが大きい。


 暇な時間があると、ゴロゴロとかボーっとかしてるのがうちやけど、詩ちゃんは、なにかしら調べものとか読書とかしてる。


 この旅行に来てからも、スマホを開いては現地のニュースやらトレンドを調べるのが日課。


 この酒井さくらも半分は同じ血が流れてるんで、素養はいっしょやと、小さいころから自分に言い聞かせてる。


 ちょっと手遅れ? ほっといて!


「え、また24時間テレビ? 鳥人間コンテスト?」


「ばかね、ここは日本じゃないんだよ」


「アハハ、せやせや」




「ねえ、なにか設営してるよ!」


 今度は、朝から宮殿の図書室に行ってた留美ちゃんが、息を切らして戻ってきた。


 で、両方の情報を突き合わせると、午後から、王族の人たちがバルコニーにお出ましになって、宮殿前に集まる国民にスピーチをするらしい。特番は、その実況中継であるらしい。


「それで、頼子さん会議とかで抜けてたんやねえ」


 さすが一国の王女さま(暫定やけど)、夏休みでも自由にはなれへんのや。


「「たぶん」」


「あ、頼子さんから(^_^;)」


「う、うん。ヤマセンブルグの戦死者が五人になったって、オリエント急行に乗ってるときに……」


「わたしも、ネットで見ました」


 知らんかった。


「ヤマセンブルグの五人は、日本に当てはめたら百倍だろうからね」


「そのための、追悼のスピーチなんだろうね」


「おそらく、亡くなられた人たちには勲章授与とか」


「その段取りとか、勲章の種類とか、難しいことがあるんでしょうね」


 さすが、留美ちゃんと詩ちゃん。洞察力がちゃいます。




 せやさかい、うちらは、宮殿の皆さんに気を遣わせないよう、お邪魔にならないように、静かに半日を過ごして午後を待ちました。




 せやけど、現実はうちらの想像を超えていました。


 うちらは侍女のコス(正確には、王女さまのご学友コス=むかし、王室にあった王族貴族学校の制服)を着て、バルコニーの端っこに並びました。


 ファンファーレが鳴って女王陛下がお出ましになると、前庭と、そこからはみ出して王宮前広場に集まった人々から歓声が起こります。


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 陛下が肩の高さまで右手をお上げになると、数秒で静かになる。


 中学の全校集会を思い出す。


 全校集会は、校長先生が立っても静かにはなれへんので、春日先生とか生活指導の先生が「じゃかましいんじゃ!!」と一喝せんと収まれへんかった。


 この一つをとっても、女王陛下の権威と人気はすごいもんやということが分かる。


「ここにお集まりのみなさん、テレビなどで中継をご覧のみなさん、今日は大事なお話をしなければなりません。おそらくは、あの大乱の中で即位宣言をした時以来の重大なスピーチになるでしょう」 


 フワリと吹いてきた風が陛下の前髪を乱して、それを、そっと直してお続けになる。


「我々の五人の軍人が、かの地で戦死を遂げたことは記憶に新しいところです。本来ならば、国を挙げて喪に服さねばならないのですが、彼らが生前に残した言葉『万一、戦死することがあって、その知らせに接しても、喪に服すのは戦争が終わってからにしてほしい。まだまだ戦いは続くのですから』に従って、彼らの意思を尊重して、今しばらく辛抱することにいたしましょう。ただ、このままでは、わたしたちの思いと感謝の行き場所がありません。まずは、この場を借りて、彼らに感謝の心を捧げるために彼らにヤマセンブルグ栄誉勲章を授与するとともに、彼ら五人を男爵位に列することを宣言します」


 満場の拍手がとどよめきが沸き起こった。


 その満場の人々一人一人の目を見つめるように、言葉を停めたまま、幾度も頷かれる。


「もうひとつ、お伝えすることがあります」




 再び、万余の人たちが息を整えて陛下に注目する。




「本日、わたくしの孫が、正式にヤマセンブルグの王位継承者になります」


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 今まで以上の歓声が王宮前広場に木霊し、広場に面した窓ガラスがビリビリと振動するほどになった。


「ヨリコ、ここへ」


 呼ばれた頼子さんは、緊張しながらも笑みをたたえて陛下と並んだ。


 その頼子さんの背中を、女王陛下はそっと押して、一歩後ろに下がられる。


「もう少し考えようと思いましたが、女王陛下並びに国を代表する総理大臣はじめ三権の長、議会のみなさん、そして、なにより国民の皆さんの、わたしへの期待と気持ちを受け止めるのは、今を置いて他に無いと思い至りました。まだまだ未熟なヨリコですが、陛下と国民のみなさんのご期待と負託にお応えするために、本日ただいまをもって……日本国籍を離れ、ヤマセンブルグ王位継承者たる王女になることを、ここに宣言いたします!」


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 今度は、なななか静まれへん(^_^;)


「迫水日本大使閣下……」


 頼子さんが呼ぶと、バルコニーの端っこに居った風采の上がらんオッサンが寄ってきた。


 そして、頼子さんが手にしたのは日本のパスポート。


「十八年間お世話になりました。ここに謹んで日本のパスポートをお返しいたします」


「謹んで、ヨリコ王女よりパスポートをご返納いただきました」


 8888888888888888888888!!!


 オチョケて拍手を888で表現せなあかんくらい、ちょっと涙腺崩壊。


「すこしだけ我がままを許してください」


 頼子さんが向き直ると、また水を打ったような静けさになる。


「わたしは、まだ18歳で、日本の聖真理愛学院高校の三年生です。来年の四月には卒業します。それまでは日本に滞在することを許してください。そして、18歳のこの日まで、わたしをはぐくんでくれた日本と日本のみなさんに、少しでも恩返しすることと日本とヤマセンブルグの橋渡しをすることをお許しください……宜しいでしょうか……」


 8888888888888888888888!!!


 さらなる満場の拍手、今日最大最高の拍手が沸き起こって、そのあと、頼子さんは女王陛下と並んで、いつまでもいつまでも手を振ってたのでした。




 そのあと、控室に戻ってスマホを開くと、何本もツイートやら書き込み。


 その、どれもがプリンセスを、女王と同じ色の赤にしていました。


 気が付くとサッチャ-……イザベラのオバハンが覗いていて「この赤をヤマセンレッドと云うのです」と注釈を垂れて行った。




☆・・主な登場人物・・☆


酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生

酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。

酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居

酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父

酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる

酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生

酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 

榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 

夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生

ソフィー      頼子のガード

ソニー       ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド

月島さやか     さくらの担任の先生

古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン

女王陛下      頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首 


 

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