第340話『妖精の標識』

せやさかい


340『妖精の標識』詩(ことは)  





 悪魔祓いとか魔物との戦いなんて、ゲームかアニメの話だと思っていた。



 でも、ワンオクロックガンが鳴った直後に戻ってきたソフィーはフルマラソンを完走してスタジアムに戻ってきた選手のようだった。


 いや、足りない。あの生々しい闘気はチャンピオンベルトを激戦の末に守り抜いた世界チャンピオンのようでもあった。


 そのマラソン選手、世界チャンピオンが、汗だけを拭いて身だしなみを整えただけで現れた、そんな感じ。


 迎えたわたしたちは、一様に驚いたけど。わたしを除く五人は――さもありなん――と納得顔。


 聞くと、三年前に退治し損ねた魔物との戦いに、やっとの思いで勝利したとのこと。



「なぜ、ソフィーが戦わなくてはならなかったんですか?」



 お屋敷に帰ってから、イザベラさん(さくらたちからサッチャーの二つ名を頂戴しているメイド長)に聞いてみた。


 イザベラさんは、一見『アルプスの少女ハイジ』に出てくるロッテンマイヤーさんみたいで、正直とっつきいくい人なんだけど、玄関ホールで出迎えた時は、ソフィーを見つけるやいなや、母親が出征から帰ってきた子どもにするように抱きしめていた。すごく意外だったんだけど、わたし以外は涙ぐみながらも納得顔。


「それについては、陛下がお答えになると思いますよ」


 そう言って、陛下に連絡してくれて、五分後には陛下の居間でローズヒップを頂きながらお話をうかがった。


「我が王家は、元々は大陸に派遣された辺境伯でした。出自は武装商人の長であったとも海賊王であったとも言われています。その辺境伯が一国の王として認められる過程でスコットランド防衛の一翼を担うことになったのです。当時のエディンバラは、街の地下に大勢の貧しい人たちや移民、敵の捕虜たちが暮らしていました。その人たちの中には、スコットランドの危機に乗じて内紛を起こす者も多く、また、長引く地下生活のために病が流行ったりもしました。スコットランドの騎士たちは、あまり褒められたことではない手段で彼らを退治して、その結果、彼らは悪霊となってしまったのです。その悪霊を鎮めたのがヤマセンブルグ一世と、その部下たちだったのですよ」


「退治したんですか?」


「いいえ、鎮めて封印しただけ。何十年に一度は力を盛り返して、ヤマセンブルグに災いをもたらすの。ヨリコは千羽鶴を折って鎮めようとしたんだけれど、うまく行かなかった。ソフィーが、魔法でねじ伏せて仮の封印をしたのが三年前。でも、それはほんの一時しのぎ。ヨリコとヤマセンブルグの事を考えて、乾坤一擲の大勝負に出たというのが、今日のソフィー。これで100年は大丈夫でしょう」


「そうだったんですか……」


 なるほど、三年前のソフィーの戦いを見ていたから、みんなああいう反応だったんだ。


 でも……メグリンは三年前には居なかった、どうして、さくらたちと同じ反応になったんだろうか。


「父に、よく聞かされました」


 隣同士のシートだったので、水平飛行になってから、メグリンと昨日のことを話していたんだ。


「自衛隊って七十年の歴史ですけど、施設の多くは旧軍のものを引き継いでいるせいか、そういう話は多いんですよ」


「そうなのか?」


「一般には公開していないものが多いですけど、慰霊祭とか、よくやってますし、たいていの駐屯地には神社とか祠とかがあります」


「そうなんだ」


「海外派遣される時には、見送りの中に旧軍時代の軍服着た人が写り込むこともあるんですよ」


「そうなの!?」


「はい!」


 メグリンが明るく頷いて、飛行機はヤマセンブルグの空港に着陸。




 驚いたことに、タラップの下では先に着陸した女王陛下が出迎えに立っていらっしゃった。




 陛下の後ろには、王族の方々と政府の要人、日本大使の姿まで。


 空港ビルや、駐機場の周囲には大勢のヤマセンブルグの人たちが国旗や横断幕を掲げて歓迎してくれている。


「さあ、まずは記念撮影よ」


 迎えの人たちとの握手が終わると、空港ビルを背景に記念写真。


 屋上の出迎えの人たちも鈴なりになって、嬉しそうに旗を振ってくれて、延べ千人ぐらいの記念撮影になる。


 横断幕の女王陛下の名前は赤の飾り文字、頼子さんのは黒の飾り文字で、少し地味。


「あれでいいの、赤は正式な王女にならないと使えないの」


 ちょっと、ホッとしたような頼子さん。


 ちなみに、わたしたちはメイド服に似たコスを着ている。


 これは、行動の自由を得るために、暫定的にプリンセスの侍女という待遇になっているためで、三年前もそうだったらしい。


「控え目くらいで手を振って」


 宮殿に向かう車に乗って、ソフィーに言われる。


 日本の場合、皇族方が移動される時にお付きの人たちが手を振ることは無いと思う。


―― え、いいのかな? ――


 迷ったんだけど、沿道の熱狂的なのや暖かいのやらの歓迎ぶりを見ていると、とてもポーカーフェイスではいられない。


「やりすぎ!」


 さくらは二度ばかり注意されてた。


 子どもたちの中には、女王陛下や頼子さんの可愛いイラストを描いてあるのもあった。


 中には、描き損ねて妖精じみたアニメのキャラみたいになっている子もいて微笑ましい。


 たとえ似ていなくても、一生懸命の歓迎の心は紙一杯に描けている。


 プリンセスの名前は黒なんだけど、チラリとめくると赤くなっているものもあって、頼子さんも涙目の苦笑い。


 小さな女の子たちが、わたしたちの侍女服に似たワンピを着て、車といっしょに走って来る。


「転んじゃダメよーー」


 手をメガホンにして頼子さん。ちょっと異例なことなんだろう、一瞬みんな注目。


 でも、そのあとは歓声になって、ますます盛り上がる。


 ヤマセンブルグの王室は愛されてるんだ!


 え?


 一瞬、目を疑った。


 速度制限の標識の向こうにシルエットのドアーフが走っている標識が立っている。


 ほら、日本だったら『子供の飛び出しに注意』的なやつ。


 しばらく行くと、今度はエルフ、次はティンカーベル的な。


 四つ目を見た時にソフィーに聞いた。


「あれって?」


「ああ、妖精の飛び出しに注意の標識よ」


「え?」


 それ以上は、沿道の人たちに応えるのに忙しいまま、車列は宮殿の正面ゲートに入って行った。




☆・・主な登場人物・・☆


酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生

酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。

酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居

酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父

酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる

酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生

酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 

榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 

夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生

ソフィー      頼子のガード

ソニー       ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド

月島さやか     さくらの担任の先生

古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン

女王陛下      頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首 


 

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