第323話『鏡の中の留美ちゃん』

せやさかい


323『鏡の中の留美ちゃん』さくら   






 人生で一番楽しいこと。



 それはね、ウフフフフフ……思い出しただけでも幸せの笑みがこぼれてしまう。


 朝、目が覚めて、いっしゅんハッとする!


 窓から差し込む陽の高さで、いっしゅん――寝過ごした!――とビビるわけですよ。


 それが……せや、夏休みやってんわ! そう思い出して、体中に幸せな元気が湧いてくる。


 おまけに、夏休みは、まだまだ始まったばっかりで、一月後も、まだ夏休みとか思うと、うれしさ百倍!


 なんせ、ここ二年は流行り病のために、ちょー短い夏休みやったからね。うれしさ千倍ですよ!



「もう、いつまで寝てんのよ。朝ごはん食べて、さっさと宿題やっつけるわよ!」


 留美ちゃんが、呆れた顔で、けど、歯磨きの爽やかな匂いさせながら文句を言う。


「せやかて……しみじみとうれしいねんもん」


「だいたい、夏休みに入って三日も経ってるのよ、しみじみでもないでしょ」


「ええやんかぁ、留美ちゃんのケチぃ」


「はいはい、ケチでけっこう。言うだけ言ったからね、あとはヤマセンブルグから帰ってから泣くといいわよ……」


 留美ちゃんは、背中を見せて一階に下りていく。


 この三日、ずっと幸せを寝床で噛み締めるさくらです。


 ニャーー(=^血^=)


 ダミアが――怒られよったぁ――いう顔をして留美ちゃんの後を追って行きやがる。



 さ、三週間!?



 朝ごはん食べてると、留美ちゃんが「夏休みは、実質三週間なんだからね」と念を押す。


「まだ、始まったばっかりやん!?」


「ヤマセンブルグで一週間。準備とか時差ボケとかで、その前後二日は宿題どころじゃないと思うよ」


「ヤマセンブルグでも、やったらええやんか!」


「なにを?」


「宿題やんか!」


「「「アハハハハハ」」」


「ちょ、みんな笑うことないでしょ!」


 食卓を囲んでる家族が笑う。


「最初が肝心だからね、今朝の本堂はわたしがやっとくから、食べたらすぐに宿題やるといいよ」


 詩(ことは)ちゃんが、男気のあるとこを見せる。


 せや、大学生には宿題なんかないもんね。


「ダメですよ、詩さん。仏さまのお世話は別です!」


「どっちがお寺の娘かわからへんなあ」


「や、やらへんて言うてないやんか」


 テイ兄ちゃんのお返しに墓穴を掘ってしまう。



 まずは数学から!



 これは意見が一致した。


 中間テストで欠点とって、期末で挽回したばっかりのうちとしては、やっぱり、数学と英語からですよ。


「よし、じゃあ、一日一ページね」


「二日で一ページでええやんか」


「早く終わった方がいいじゃない。一日一ページだったら、ヤマセンブルグ行く前に終われるわよ」


「あんまり高望みしたら、早死にするよ……」


「さくらぁ……」


「え、なに?」


「そこの鏡で背中見てごらん」


「え、またTシャツ後ろ前!?」


「ううん、たぶん甲羅が生え掛けてるよ」


「え、ええ?」


 正直者のうちは、言われた通り首をひねって、鏡の背中を見る。


「え、どこに甲羅?」


 鏡の中の留美ちゃんに聞くと、なんと、留美ちゃんの頭にウサ耳が生えてるやおまへんか!


 あ、兎と亀!?


 鈍感なうちでも悟りました。


 で、もっかい振り返った留美ちゃんの頭には、もうウサ耳はありませんでした。




☆・・主な登場人物・・☆


酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生

酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。

酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居

酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父

酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる

酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生

酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 

榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 

夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生

ソフィー      頼子のガード

月島さやか     さくらの担任の先生

古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン





 

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