第289話『ジョージ・クロイツ中佐』

せやさかい


289『ジョージ・クロイツ中佐』   





 十七年の人生で、二番目にビックリする事件があった。



 ちなみに、いちばんビックリしたのは「頼子はヤマセンブルグの王女さまなのよ」と言われた時。


 これについては、いずれ話しする気になるまで待ってね。



 で、二番目のビックリ。



 今朝、領事館の玄関に出たら、正面の国旗が置いてあるところで、ジョン・スミスが壁に向かって突っ立ってるの。


 玄関の壁には、国章と王室のエンブレムが常時掛けてある他に、記念日とかの行事には、いろんなものが掲示されたり陳列されたりする。


 十二月にはクリスマスツリー、七月には七夕の笹飾り、独立記念日には初代ヤマセンブルグ国王の肖像画とかね。


 その展示や陳列は警備課の仕事だから、警備部長のジョン・スミスが立っているのは、まあ、領事館の日常的な光景なわけなのよ。


 だから、いつものように「おはよう、ジョン(^▽^)」って声を掛けた。


 ギク!


 ジョン・スミスはギクッと驚いて、振り向いた目が、とっても怖かった。


 わたしが気づく前に、気づかれてるのが普通。


 なんたって情報部、ソフィーもそうだけど「壁の向こうに居ても殿下の気配はハッキリ分かります」と言われている。


 子どものころ、王宮でかくれんぼしたことがあるんだけど、ソフィーに勝てたことは一度もないもんね。


 そのソフィーの親玉のジョン・スミスが驚くなんて、声かけたわたしの方が驚いてしまう。


「アハハ、ちょっと新型の催涙スプレーのテストをしてたもので、ちょっと顔を洗ってきます」


 下手な冗談を言って、ジョン・スミスは行ってしまったけど、今度はソフィー。


「わ、ビックリぃ!」


 だって、ジョン・スミスを見送って、振り返ったら目の前にいるんだもん!


「失礼しました。驚かすつもりはなかったんですけど」


「どうしたの、その花は?」


 ソフィーは、普段は領事室に置いてある花瓶に一杯の花を持っていたから。


「二代前の警備部長が亡くなったんです」


 そう言って、正面の写真に気が付いた。


 初めて見る男の人の写真。


 第15代警備部長 ジョージ・クロイツ中佐


「ドイツ出身なので、正しくはゲオルグ・クロイツですけどね」


「初めて見るわ……」


「情報部ですから、露出することはめったにありません。今回みたいに戦死しなければ」


「戦死!?」


「はい、昨日、ウクライナで……」


「ウクライナ……義勇兵だったの?」


「わたしの名付け親でもありました」


「ソフィーの?」


「はい、わたしって、正しくはソフィアじゃないですか。それって、クロイツさんのご先祖のお名前でもあったんです」


「そうなんだ」


「ジョン・スミスの教官でした」


「そうなんだ」


 そうなんだ……間抜けた返事しかできないのがもどかしいけど、なんだか、いまは踏み込んではいけないことのように思える。


 ソフィーは、手際よく写真に黒いリボンを掛けると、小さな十字架を花の横に置いた。


 いっしょに十字を切ると、しばらくぶりにキリスト教式のお祈りを捧げた。


 あとで領事に聞くと、ロシア軍側にもジョン・スミスの仲間が居るとか。


 ヤマセンブルグは、ヨーロッパの小国。


 ニ十一世紀の今日まで生き延びてくるには、日本に居ては想像できないような事情と苦労があるんだ。


 わたし、こんなに深くて重いもの担えるんだろうか。


 ちょっと、たじろいでしまった。





 

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