第264話『期末テストが終わって、右袖を見る』

せやさかい・264


『期末テストが終わって、右袖を見る』さくら     






 終わった! 期末テストが!



 いままで、テストが終わった感激は言うたことない。


 でしょ?


 なんでか言うと「終わったあ!」と、正直に叫んでしまうと、運が逃げて行ってしまいそうな気がする。


 あるいは。


 世の中には『テストの神さま』いうのんがいてて、たいしてできてもいてへんのに終わったことを喜んでるような奴を欠点地獄に落としてしまうような気がしてた。


 せやさかい、あんまり声に出しては喜べへんかった。



 せやけどね、もう、進路に向けての成績は、これでついてしまうわけですよ。



 三学期に学年末テストがあるけど、受験先に伝えられる成績は、二学期の期末テストまでのんでついてるわけです。


 せやさかい、もう、正直に喜んでええと思うんです。


 なんちゅうか、ゴルゴ13的に言うと、標的に向かってM16アサルトライフルを構えて、トリガーを引いた瞬間……的な?


 あとは、標的に当るだけ……的な?



 クラスのみんなも同じ思いみたいで、最後の数学が終わった時、ちょっとしたどよめきが起こった


 フワアア~~~~


 監督のペコちゃん先生も、思わずニッコリ。


 アホの田中もノドチンコまで見せてノビしとる。


 うしろから答案用紙を集めてくるんで振り返ったら、留美ちゃんの目にうっすらと光るもの。


 え……思わず感動してしまう。


 留美ちゃんは、感動のあまり涙まで浮かべてるんや……えらいなあ。


 たったいま、バカにした田中よりも、自分がアホに思えてきた。


「ち、チガウチガウ(;'∀')!」


 両手をワイパーみたいに振って照れる留美ちゃん。


 うん、頼子さんが見たら、思わず抱きしめてたと思うよ。



 帰り道、昨日からの雨はあがったけど、なんやドンヨリの曇り空。



「鈍色っていうんだよね、こういう空を」


「にびいろ?」


 うちは、瀬田とか田中のニキビ面を思い浮かべる。


「プ、ニキビイロじゃないよ、ニビイロ」


「あはは、そうか(^_^;)」


 もう姉妹同然になってしもた仲やさかいに、言わんでも通じてる。


「どんよりした鉛色の空をニビイロって云うの」


「そうか、勉強になった」


 うちは嬉しい。


 なんでか言うと、空は、こんなにドンヨリのニビイロやのに、留美ちゃんは、こんなに明るい。


 この春は、お母さんの事でめちゃくちゃ落ち込んで、いろいろあって、うちの家でいっしょに暮らすようになって、テストが終わったんを喜び合って、いっしょに家に帰れる。


 なんや、いっしょにお風呂入って背中流しっこしたい気分。


 いや、思てるだけ。留美ちゃんは同性にでも肌を見せるのは苦手やさかい。


 もう、一昨年になるけど、除夜の鐘つきに東近江のお寺いったときは、みんなでお風呂入った。


 なんか懐かしい。


 留美ちゃんが袖口見つめてシミジミしてる。


「どないしたん?」


「え、ああ、右の袖口がね、擦り切れかかってる……毎日着てるのに、初めて気が付いた」


「え、あ、ほんま」 


 ほんで、自分の袖口見たら、擦り切れるとこまではいってへん。


 これは、留美ちゃんが、よう勉強して、字を書くほうの右袖が、うちの何倍も擦れるからや。


 えらいなあ。


「ちょっと、カバン持ってて!」


「え、うん」


 歩きながら上着を脱いで調べる。


「あ、ほら、右の肘が光ってる!」


「え、あ……」


「留美ちゃんは光ってないやろ?」


「えと……うん」


 右手を持ち上げて確かめる姿が、なんか女の子らしい。


 ちょっと藪蛇。


「なんでやろ?」


「なんでだろ?」


「う~~~ん」


 椅子に座ってる姿を思い浮かべる。


「分かった!」


「なんで?」


「いっつも右の肘突いて、ボサ~ってしてるさかい」


「え、ああ……」


 三年間、テストの時なんかは出席番号順の席。苗字は『酒井』と『榊原』やから、いっつも留美ちゃんが後ろに座っててて分かってるんや。


 ボサ~ってだけと違て、よう寝てること。


 せやけど、やさしい留美ちゃんは「え、ああ……」で止めて、あとは言いません。



 めでたく期末テストが終わった帰り道でした。





 

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