第260話『体育祭のあくる日』

せやさかい・260


『体育祭のあくる日』       





 雨の真ん中の縦棒を下に伸ばして『ん』と書く。



 これで『アーメン』と読むらしい。


 他にも『道』の『辶』と『首』を離して書いて『分かれ道』とか。


 三時間目の国語の時間、みんな退屈と見えて、そんなメモが回ってきた。


 

 ヌフフフフ……



 二つ向こうの列で男子がアホな忍び笑い。


 チラ見したら、落書きを回して喜んどる。


 首謀者はアホの田中や。


 あ、東京都のマークを崩して吹き出しかけとる。一年からいっしょの田中やけど、ほんまアホや。


「こら、田中あ!」


 ほら、先生に怒られよった。



 田中のアホはしゃあないと思うねんけど、クラスみんながドンヨリしてる。



 ひとつは、朝からの雨。


 雨は、みんな嫌いやけど、今日は格別。


 昨日が運動会やったのに、なんで代休になれへんのか?


 いえ、代休にはなるんです。昼からね。


 一時間目で運動会の後始末やって、2・3・4時間目授業やって昼からが代休。


 つまりね、昨日の運動会は午前中の二時間半だけやったんですわ。


 保護者の参観も三年生の保護者に限って、一家に一人だけ。


 それもね、校区からコロナの感染者が出た……という噂。


 この噂が広まったんと、三年の保護者だけでは不公平みたいな空気になって、PTAが自主規制。


 けっきょく、参観者無しで二時間半の運動会。




 あたしはリレーとかに出たんやけどね、もう、笑うしかないリレーになってしもた。


 なんせ、バトンが2メートルもある。それもウレタンとかいうのん? フニャフニャのやつ。


 予行演習では問題なかったんやけど、本番では力が入ってしもて、走者の脚に絡んで転倒者が続出。


 もう、なんか罰ゲーム。あたしも転んでひざを擦りむいてバンソーコ貼ってる。


 アニメのキャラで膝とか頬っぺたにバンソーコ貼ってる女子が居てるやんか。


 ヒロインか準ヒロインいう感じで、幼なじみ系、運動ができて、世話焼き女房型とか体育会系のツンデレとかさ。


 とにかくNPCとかモブとかと違うて、存在感がある。


 いっしゅん夢見たんやけど、夢でした。誰も注目はしてくれません。



 綱引き!


 マスクかけて綱引きはありえへん!


 このマスク綱引きのお蔭で、留美ちゃんは体調不良でお休み。


「午後からだったら行けたのに」


 まじめ女子中学生は布団の中で悔しがっておりました。



 あ、そうそう。



 なんで、昼からの代休になったかというと、明日の23日が勤労感謝の日なんで、午後からの方が得なんで、そうなったらしい。


「え、ほんまか?」


 怒られたばっかりの男子の方で囁く声。


 耳をダンボにして聞いてると、大谷翔平が国民栄誉賞を辞退したそうな。


 もったいない。くれるいうもんはもろといたらええのに。


 なんか、道頓堀に飛び込んで亡くなったニイチャンがおるらしい。男子らは「あほかあ」と呟いとる。


 うちは、坊主の孫やからやろか、どんな死に方にしろ「あほかあ」は出てこーへん。


 ただただ南無阿弥陀仏や。



「こらあ、授業中にスマホ見るんやない!」



 また、怒られよった。


 田中はスマホ取り上げられて、立たされよった。


 窓の外を見るとまだまだ雨。


 雨の縦棒を伸ばして「ん」にしてアーメンにした祟りかもしれません。


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