第259話『体育祭の前日の視聴覚教室にて』

せやさかい


259『体育祭の前日の視聴覚教室にて』       





 その学校のグラウンドは西側に丘がひかえていて、その境目は草が生えているだけの法面(のりめん)になってる。


 その法面の天辺に数十人のオッサン・オバハン・ニイチャン・ネエチャン・ジイチャン・バアチャンがゴザやらムシロやら風呂敷包みを持ち、険しい表情でグラウンドを見据えてる。


 中には、ねじり鉢巻きをした者や、ゲートルに地下足袋で足許を決めてる者もいてて、なんや、これから殴り込みでもやるんかいなという殺気に満ちてる。


 折しも、東側の校舎の向こうから朝日が昇ってきて法面の一同を茜に照らし出した。


「待てぃ」


 朝日に刺激されて、前のめりになったニイチャンをニッカポッカのズボンの上に法被を羽織ったオッサンが制止。


 オッサンの制止が無かったら、みんな前のめりニイチャンにつられて、鵯越の義経の軍勢のように法面を駆け下っていたやろ。


 今や遅しと固唾を呑んでると、校舎から燕尾服の下は、軍隊時代の軍袴(ぐんこ)にゲートルを巻き上げたオッサンが出てきて、グラウンドの真ん中に立った。


 右手にはピストルが握られ、左手は懐に銀鎖で繋がれた懐中時計を持ってる。


 朝日が校舎の屋根の風見鶏に差し掛かったとき、オッサンの号砲が放たれた。



 ドオオオオオオン!


 ウワアアアアアア!



 法面の数十人が、鬨の声をあげて一斉に駆け下って、砂煙をあげながら、ゴザやらムシロやらを我先に布いて陣地を構築していく!


 あちこちで、陣地の取り方でもめそうになるけど、燕尾服と法被にニッカポッカのオッサンがさばいて収めていく。


 なんとか落ち着き始めたころ、滲みだすようにタイトルが現れる。



『昭和二十八年度 ○○村立山里小学校運動会』



 なんと、68年前の運動会の記録フィルム!


 当時、小学校の運動会は地域のビッグイベント。


 みんな、前の晩からお弁当を作り、足許を地下足袋やらズック靴の戦闘態勢で固め、薫風に、日の丸やら万国旗が風になびき、紅白のお饅頭まで出ようかという、秋晴れの朝。上半身は羽織やモーニングの村長・校長。一般の父兄(当時は保護者の事を父兄と言ったらしい)は背広の上やら、おニューのカーディガンで決めてる。


 グラウンドは、日の出と同時に開放されるんで、みんな、丘の法面に集まって、校長の合図と共に陣取りの勢いで自分の家の場所をとる。


 競技になると、もっとスゴイ!


 まさにオリンピック!


 声をからしての声援はもちろんのこと、笛や太鼓はもちろんのこと、村長のオッサンは法螺貝まで吹く。


 ブオ~ ブオ~ ジャンジャンジャン!


 子どもらも、紅白の鉢巻締めて、足許は運動靴はチラホラで、なんと白の地下足袋。


 男の子は、白の短パンやらトレパン、女子はカボチャパンツを黒く染めたような提灯ブルマやおまへんか!


 徒競走でドンベになった子は、なんと、そのまま走って去っていく。きっと恥ずかしいんやね、整理係りの六年女子のオネエチャンが追いかけて、慰めながら連れ戻す。


 借り物競争で引っ張り出された教頭先生のカツラが風になびいて、グラウンドいっぱいの大爆笑。


 棒倒し  玉入れ  一年生のお遊戯  五六年生のマスゲームやらダンス  PTAリレー


 

『テレビもネットもスマホも無かった、だけど、みんな、こんなに楽しかった!』


 テロップは、春日先生の字や。



 続いて出てきたんは『昭和六十二年度 府立○○高校体育祭』


 校舎は見たことある。


 大阪市内にある偏差値の高い戦前からあるらしい、名門府立高校。


 オオオ……


 男子が小さくどよめく。


 百インチモニターに映し出されたんは、入場行進やねんけど、女子がみんなブルマ!


 カボチャと違て、伝説のピッチピチブルマ。


 モオオ


 女子たちが眉をひそめる。


 まあ、両方とも分かるけどね。


「これから競技や、ちゃんと見ろよ」


 春日先生がたしなめる。


 生徒の数がめっちゃ多い……思たら『一学年12クラス 全校生1580名』とテロップが出てきた。


 うちらの中学校の倍以上。


 生徒会長が開会宣言。


「ゼッケン、春日……」


 留美ちゃんが呟く。


 こ、これは、まだ、髪の毛フサフサの、若かりし頃の春日先生……思たら、早回しになる。


 競技もマスゲームも、応援合戦も、みんなスゴイ。


 和太鼓が八つほど並んで、法被姿の三年男女が太鼓の演武。


 男子は太鼓で、女子は竹を叩いてる。


 途中で、男子はハッピを脱いで猿股にサラシですわ。腋の毛ボウボウで、留美ちゃんは目を伏せてしまう。


「このあくる年から、女子もやらせろ、いうことで女太鼓が増えた……」


 解説なんか思い出なんか分からん呟きの春日先生。


 うちは、女子の腋の下が心配になった。


「女子はTシャツ……」


 行き届いた独り言の春日先生。


 後ろの方でペコちゃん先生が、プっと噴いた。



 ダラダラとすんません。


 今日は、朝から二年ぶりの体育祭やねんけど、校区からコロナの陽性者が出たいうことで、生徒席やら保護者の観覧席が大幅な変更で、ちょっと盛り下がりそう。


 で、春日先生の発案で『昔の体育祭』という動画を視聴覚室で観てる。


 まあ、楽しみ方の精神を学ぼうっちゅうこっちゃね。


 我らが、学年主任も、ちょっとフラストレーション。


 体育祭本番の事は、又いずれ。


 取りあえずは、快晴の運動会日和ではあります。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る