第232話『お祖父ちゃんのインスタントコーヒー』

せやさかい・232


『お祖父ちゃんのインスタントコーヒー』さくら     






 ウッ




 飲みかけのマグカップを持ったまま、お祖父ちゃんが固まった。


「どないしたん、お祖父ちゃん?」


 テーブルのこっち側で宿題をやってたうちは手を停める。


 ついさっきまで、留美ちゃんも並んで宿題やってたんやけど、さっさとやって、部屋に戻ってる。


 うちが、わざわざ手を停めたんは、お祖父ちゃんを気遣ってというよりは、宿題やってる手を停めたかったから(^_^;)


「間違うて、エスプレッソ買うてしもた」


「エスプレッソ?」


「うん、スーパーに行ったら、コーヒーの安売りしてたから、ラッキー思て。あ、エスプレッソいうのは深煎りの豆使うた、濃いコーヒーや」


 お祖父ちゃんは、タバコを喫いません。


 せやさかい、お茶とかコーヒーとか飲みます。


 コーヒーはインスタントコーヒー。


 がぶ飲みするにはインスタントがええらしい。入れる粉とお湯の量でいかようにも量も濃さも加減ができる。


「どんなん?」


「こんなんや」


「ビン見てもしゃあない」


「飲むんか?」


「うん」


「よし、こさえたろ」


「あ、それでええよ」


「飲みさしやで」


「かめへんし」


 うちは、ずっこい。


 こない言うとお祖父ちゃん、喜ぶん知ってる。


 いくら孫とはいえ、中三の女の子が八十過ぎの爺さんの飲みかけに口を付けるんは、ちょっと感動や。


「ほな、まあ、飲んでみい」


「うん」


 ポーカーフェイスで渡してくれるけど、微妙に喜んでるのんが分かる。


 ささやかな祖父ちゃん孝行……なんて思ううちは、ちょっと嫌な子ぉかもしれへん。


「どないや?」


「うん、レギュラーよりも個性が強くてええかも」


 インスタントは香りがせえへんので頼りないねんけど、これは深煎りのしつこさが程よく残ってる。


「そうか、気に入ったんやったら、残り全部やるで」


「ありがとう、これやったら、部屋で飲めるし。お祖父ちゃんのお気に入りてどんなんやのん?」


「うん、モスカフェ・エンペラーいうのがええなあ」


 エンペラー!


 なんと自信たっぷりな名前や!




 午後からは、大雨になるという予報やったんで、詩(ことは)ちゃんと留美ちゃんと三人、昼前のスーパーに行く。




 コーヒーのコーナーに行くと、お祖父ちゃんの言うてたエンペラーが二列だけ並んでる。


 レギュラーサイズは1000円超えるねんけど、ミニサイズは20杯分で520円。


 お祖父ちゃんにプレゼントしよか思たけど、やめる。


 ちょっと媚びすぎ? 20杯で520円は高い?


 結局、アメリカンドッグを買って、三人食べながら帰りました。




 夕方になって、予報通りの大雨。


 宿題は予定の半分しかできませんでした。


 明日はがんばろう。 

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