第224話『8月6日 朝』

せやさかい・224


『8月6日 朝』さくら      






 うちと留美ちゃんは10キロ。


 詩(ことは)ちゃんは8・5キロ。




 おんなじ道を走って、サイクルコンピューターの数値が違う。


「もー、くそ兄ヽ(`Д´)ノ!」


 アブラムシの件もあるんで、詩ちゃんは、またもや激おこぷんぷん丸の兆候や。


 ちょうど本堂では朝のお勤めの最中で、おっちゃんとテイ兄ちゃんのお経の声がしてる。


「あ、ちょっと待って……」


 本堂を睨む詩ちゃんを留美ちゃんがなだめる。


「あの……詩さんの自転車、大きくないですか?」


「「え?」」


 言われて、まじまじと自転車を見比べる。


「あ、26インチですよ!」


 留美ちゃんが発見。


「え、26?」


「よく見てください、微妙にタイヤの直径ちがうし……あ、タイヤにも26って……」


「あ」


「ほんとだ」


「え?」


 うちひとり意味分かってへん(;'∀')


「これって、スポークに付けた磁石をセンサーが感知することで数値を出してるのよ。だから、タイヤが大きいと、それだけ数値が小さくなる」


「え、どういうこと?」


「わたしとさくらは24インチ、詩さんのは26インチだから、タイヤの外径は7インチちかく大きい……つまり、タイヤが一回転すると、26インチのほうは、20センチほど多く進んでるわけ」


「そうだよ、サイクルコンピューターの設定は、きっと三つとも24インチの設定になっていたんだ。だから、わたしのは数値が小さく出るんだ!」


「え、あ、ああ……よう分からへん(^_^;)」


 機械と数学には弱いんです。


 朝のお勤めが終わったテイ兄ちゃんが、正しく設定してくれて一件落着。




  明けて、今朝は令和3年8月6日




 昨日と同じように、朝ごはんのあと朝顔に水をやって、自転車で近所を周る。


 近ごろではめったに見かけへん旧型の郵便ポストを発見。


「やあ、珍しい」 


 ほら、円筒型で帽子を被ってるみたいなポスト。


「スマホがあったら写真撮ったのにね」


「せやねえ……」


 

 ウ~~~~~~~




 残念がってると、小さくサイレンが鳴る音がする。


 え?


 瞬間不思議に思てると、近所の家のテレビから聞こえてくるんやと気が付く。


「あ、広島の原爆の日だよ」


「あ、そうか、8月6日だ」


 数秒じっとしてると、留美ちゃんが静かに手を合わせてる。


 うちも詩ちゃんも、それに倣って小さく手を合わせる。


 

 パシャリ




 シャッターの音がしたんで、戸惑って振り返る。


「おはようございます」


 神妙な顔して立ってたんは、文芸部唯一の後輩、夏目銀之助。


「すみません、絵になるんで、つい撮ってしまいました」


 銀ちゃんは近所のコンビニに行く途中、自転車の美少女三人を見かけて、それがうちらやと気が付いてシャッターを押したらしい。


 その場で、うちのスマホにも送ってもらって、帰ってから見ると……。


 まるで赤い墓標に手を合わせてる女学生。


 偶然やったんやろけど、ちょっとシミジミした朝でした。



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