第213話『前畑がんばれ! 飛脚に似てる!』

せやさかい・213


『前畑がんばれ! 飛脚に似てる!』さくら    







 ほお、前畑がんばれやなあ。




 洗い直した水着を取り込もうとしたら、後ろでお祖父ちゃんの声。


「え、なにそれ?」


 たとえ身内でもテイ兄ちゃんとかやったらハズイねんけど、お祖父ちゃんぐらいに枯れてると、ふつう。


「戦前のオリンピックで、前畑いう女の水泳選手がクロールで優勝したんやけどな、その時の実況中継のアナウンサーも熱狂してしもて、ゴールするまで、ひたすら「前畑がんばれ!前畑がんばれ!」て声援したんや」


「なんや、未熟なアナウンサー」


「いや、それまで、日本人がオリンピックで優勝なんてほとんど無かったし、まして女子の水泳やさかい、もう感極まったっちゅうやっちゃ!」


「なるほど……で、なんで、うちの水着?」


「いや、形がそっくりや。胸ぐりが浅うて、太もものとこも隠れてるしなあ」


「そうなん?」


「そうや……」


 言いながら、お祖父ちゃんはスマホでググって画像を探し当てる。


「ほら、これや!」


「これぇ?」


「あれぇ?」


 ウィキペディアで見た記録は、お祖父ちゃんの記憶とは、ちょっと違た。


 前畑秀子いう、ごっついおねえちゃんが、1932年のロサンゼルスオリンピックに出た。


 せやけど、優勝したんとちごて、二位の銀メダル。


 クロールと違て、平泳ぎ。




 で、肝心の水着。




 これが、ショック!


 うちらの水着よりも派手……言うたら、ちょっと違うねんけど。


 胸繰りも深いし、両足の裾も浅い。


 うちらのんは、股下8センチくらいやねんけど、前畑選手のんは0センチ!


「いやあ、お祖父ちゃんも、前畑選手のんは地味な印象やったんやけどなあ……」


 そう言うて行ってしまう。




「アハハ、つまりは不満なんだ」


 留美ちゃんは明るく笑う。


「うん、しょうじきダサいよなあ」


「そだね……」


 留美ちゃんもググり出した。


「これに似てるかも……」


「え、これ?」


 それは、江戸時代の飛脚のイラストやった。


 なるほど、うちのスク水に、鉢巻締めて、足もとに草鞋と脚絆履いて、棒に括り付けた手紙の箱を肩にかけたら飛脚にソックリ!?


 おもしろそうなんで、あくる日、準備体操の前にモップ担いで「飛脚や、飛脚!」て遊んだらウケた。


 けど、体育の先生に怒られた。

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