第209話『図書室再開』

せやさかい・209


『図書室再開』さくら    





 読み間違いかと思いました。



 銀之助が呟いた。


 百貨店の平日営業が復活したからなのか、図書室の使用が認められるようになった。


 もともと図書室利用者って、そんなに居てへんねんけど、三密を避ける施設の一つにカウントされて利用禁止になってた。


 どうも、公立の図書館が20日まで閉鎖になるので、学校か教育委員会か知らんけど、図書室を使用禁止にしてた。


 せやさかい、文芸部としては、真っ先に復活した図書室に赴いたっちゅうわけ。


 その文芸部でも、銀之助がわたしらよりも早いのは、二年のフロアーが三年のうちらよりも図書室に近いだけやないと思う。


「夏目君、なにを真剣に読んでるの?」


 留美ちゃんが傍に寄って、銀之助が言った一言が「読み違いかと思いました」やった。


「なにがやのん?」


 三密も忘れて、銀之助の真横に首を並べて新聞のコラムに目を落とす。




 え……ほんま!?




 読んでビックリした。


 それは、ワクチン接種に駆り出されたお医者さんやら自衛隊員やらのことが書いてある。


 基本的にボランティアみたいな仕事やと思うねんけど、今のご時世、ギャラは払われる。


 その、ギャラがね。


「え、ウソ!?」


 わたしの十倍は冷静で穏やかな留美ちゃんも、思わず、わたしらと並んでビックリした。



 お医者さん 10万6000円  自衛隊 3000円



「自衛隊は時給かなあ……」


 いや、時給としても、八時間で24000円。四倍以上違う。


「お医者さんは月給?」


「違います、日給です!」


 銀之助が、目を三角にして言い返しよる。


「ということは……」




 同じ、コロナのワクチン注射をやって、お医者さんは106000円。自衛隊は3000円。


 その差……スマホを出して電卓モードにする。


 35倍!?



 ちょっと世の中間違うてません?



「手当やからね。自衛隊は、給料に加算される手当の分」


 注釈をつけて割り込んできたのは、公民の某先生。組合のバリバリさんです。


「だから、そこまでの開きは無い」


 せやけど……。


 自衛隊の給料が安いのは国民的常識。


 仮に、手取り換算で1万円として13000円。


 八倍以上の開きがある。


「勤務医だと、月給は別に支給されてますから、もっと開きます……平均1200万の年収ですから、月給100万……」


「それは、手取りじゃないよ」


 某先生も食い下がる。


 食い下がられても、中学生が義憤にかられるくらいの手当格差やいうのいは変わりがない。


「せやけども……」


 二人は黙ってるけど、うちは、やっぱり口ごたえしてしまう。


「いや、先生も、残業手当とか出ないしね。自衛隊も公務員だし、ま、おたがい大変やいうことだよ(^_^;)」


 いや、この先生が残業してるとこなんか見たことないねんけど。


「教師の給与は、教育職の別建てになっていて、一般行政職よりも4%の上乗せが、そもそもしてありますが」


 銀之助が、中学生とは思えん知識で反撃してきよる。




 ちょっと、そこ!




 司書室の方から声がかかる。


 顔を向けると、我らが担任・ペコちゃん先生がマスクの上の目を三角にしてる。


「あ、すみません。三密でしたよね(^_^;)」


 某先生が頭を掻いて、ポケットから携帯スプレーを出して消毒液を散布する。


「いえ、それ以前に、図書室では静粛に願います」




 そうでした、三密以前の問題でした……。


 






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