第208話『お祖母ちゃんは機嫌が悪い』

せやさかい・208


『お祖母ちゃんは機嫌が悪い』頼子     






 女の子は父親に似るっていう。



 小学校のころ、クラスにとっても可愛い女の子が居た。


 自分の容貌に自信の無かったわたしは、進んで、その子のお友だちになる作戦を立てて成功し、その子のベストフレンドの一人になることに成功した。


 初めて、その子の家に行って「いらっしゃ~い」と笑顔で迎えてくれた、その子のお母さんを見てビックリした。


 なんというか……子ども心にもブスなお母さんだと思ったのよ。


 でも、その子の部屋で家族写真を見せてもらって合点がいった。


 お父さんが、その子にそっくり! いや、その子がお父さんに似ていたんだ。


 ちなみに、いっしょに写っていたお兄さんはお母さん似だった。




 わたしもお父さん似だ。




 髪はプラチナブロンド、目はシルバーブルー。ほっぺと唇は、自分でも恥ずかしくなるくらい赤くって、そういうのが嫌だったから、あまり興奮しないように心掛けていた。興奮すると、赤いホッペが、いっそう赤くなって恥ずかしくなるからだ。


 五年生の後半から、グングン背が伸びて、自分でも分かるくらいに大人びてきて、私服で歩いていると、時々声を掛けられるようになった。


 声を掛けてくるのは二種類で、一つは外人さん。


 インバウンドがうなぎ上りのころで、よく道を聞かれた。


「日本人だから、英語わかりません」


 そう答えた。


 ほんとは、お祖母ちゃんと口げんかできるほどに英語は喋れたんだけどね。


 日本人にしろ外人にしろ、外見だけで人の属性を判断されるのは、とっても嫌だった。


 友だちに薦められて『冴えない彼女の育てかた』というのを読んで、アニメにもなっているというので読みながらアニメも見た。


 沢村・スペンサー・エリリって子に親近感。


 お父さんがイギリス人で、境遇と見てくれがわたしに似ている。感受性は、完璧に日本人で、好きな幼なじみに一度も本心が言えないでいるところとかね。


 もう一種類は、いわゆるスカウト。


 その気がないので、まともに相手をしたことが無い。


 あんまりしつこいと、ジョン・スミスの前任者が飛んできた。


 そういうのが嫌だから、東京にはめったに行かなかったし、大阪でもミナミとかは避けていた。


 


 昨日は、自分の内面が日本人であることを、しっかり思い知らされた。




『え、なに、それ?』


 いつになく不機嫌な声がモニターから聞こえてくる。


 こういう言い方が耳に入ると、反射的に微笑みを浮かべて画面を見てしまう。


『嫌な顔をするんじゃないの』


 たいてい、これで誤魔化せるんだけども、お祖母ちゃんにロイヤルスマイルは通用しない。


 なんせ、生まれてこのかた、このロイヤルスマイルの総本山をやってきた化け物なんだから。


「あのね、テルテルボーズって言うのよ、一種のラッキーチャーム、おまじないよ」


『ラッキーチャーム?』


「うん、これ吊るしておくと晴れになるっておまじない」


『ふーん……』


 気が無い……どころか、なんだか、今日のお婆ちゃんは十七歳の孫娘に挑戦的な雰囲気。


「あのね、shine shine monkなのよ」


『晴れに文句言うの?』


 これは、分かってイチャモン付けてる。


 お祖母ちゃんも、日常会話程度には日本語は分かってる。日本人と結婚したいっていうお父さんの気持ちに触れたいというので、三か月で日本語会話の三級をとった人だ。


「とにかく、雨期に入って、ただでもコロナ疲れしてる日本が、少しでも晴れやかになりますようにってお祈りなのよ」


『ふーん、その下に書いてある文字は?』


「南無阿弥陀仏、仏教のお祈りの言葉だけどね、これは見本なの。さくらのお寺でやり始めたら、可愛いし平和的だし、うちの領事館でも、グッドアイデアというんで、いろいろ試しに作ってるのよ」


『わたしはクリスチャンよ』


「だーかーらー、これはサンプル! ほら、こっち見てよ」


 媚びるつもりはないけど、お祖母ちゃんを喜ばそうと思って作ったのをカメラの前に持っていく。


『ゴッド セイブズ ザ クイーン……ね』


 あれ?


 なんか、乗ってこない。


『ヨリコには悪いんだけどね、shine shine monkは、なんだか縛り首みたいで……それにGod Save the Queenと書いてあるとね……王党派を処刑した革命みたいよ』


「……お祖母ちゃん、なんかあった?」


『なにもないわよ、ちょっとね、ワクチン注射の二回目を打ったら、痛くってね』


「ドクター・ヘンリー(王宮主治医)も歳なんじゃないの?」


『ヘンリーは注射のボランティアに行ってるから、サッチャーに打ってもらったの』


「え、ミス・サッチャーに!?」


 ミス・サッチャーてのは、エディンバラの屋敷でメイド長をやってたオバハン、コロナがひどくなって、ヤマセンブルグに呼び戻されていたんだ。


『サッチャーは看護師免許持ってるから……1973年に取ったもんだけどね』


「ベテランじゃない!」


『病院勤務は無いって……注射打ち終わってから言ってたわ』


「ああ、そりゃ、お祖母ちゃんを不安にさせないためよ(^_^;)」


『ギネスに申請してあげたいくらいよ』




 と、まあ、バカな話をして、近頃サボり気味だったお祖母ちゃんへのオンライン報告を終わる。




 それから、ネットで調べたんだけど、大戦中や戦後の動乱のころ、リンチと言っていい縛り首が、ヨーロッパのいろんなところで行われていた。


 それは、お祖母ちゃんの言う通りテルテル坊主を連想させた。お祖母ちゃんは、リアルタイムで、そういうの見てきたんだ。


 やっぱり、日本に居ると、そういう感覚は鈍くなる。


 ちょっと落ち込む。


「考えすぎです!」


 ソフィアに怒られた。


 ソフィアはテルテル坊主を百個も作っていた。



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