第162話『リボンとかネクタイとか・3』


せやさかい・162


『リボンとかネクタイとか・3』頼子  






 七五三……




 本堂内陣脇の襖を開けて、彼を見た時の印象よ。


 小学五年生がお兄ちゃんの制服を着たみたい。


 中一の制服って、成長を見込んでワンサイズ大きめを選ぶのが普通で、彼と並んでいるさくらも斜め前の留美ちゃんも制服の袖からやっと指先が出るって感じのオーバーサイズだったけど(いまは程よくなってきたけど、ただし、さくらの胸の所は相変わらずだけど)、夏目君のはその上を行く。襟は指一本入るくらいがいいんだけど、彼のは、ゆうゆう拳が入りそう。カッターシャツのボタンは五つのはずが四つ。おそらく、これまたブカブカのズボンの中に入り込んで下の一つは隠れているんだろう。半袖は肘のちょっと下まであって七分袖と表現した方がいい。正座しているのでズボンの丈は分からないけど、ベルトの位置はおへその上だ。


 こんなマンガ的可愛さの少年なんだけど、あ、ルックスも一重の目蓋が木目込み人形の目のようで、なんか、生後一か月くらいの子犬を彷彿とさせる。しかし、目の光は炯炯として、中一にして人生前のめりで生きてますという自我が偲ばれる。


 髪は緩い七三で、流した先がカールしていて、そこだけ見ると太宰治を彷彿とさせる。


 で……問題のネクタイ。


 お仕着せのそれは結び目の大きい左右対称のウィンザーノットなんだけど、少年のそれは小さな結び目になるプレーンノット。この結び目だけ見ていると『ローマの休日』のグレゴリーペックの首元だ。


 珍妙……というのが第一印象。




「やあ、みんな元気してる?」


「はい先輩! え、どうぞ座ってください」


 さくらがお尻を浮かせて床の間の前を空けてくれる。


「いやいや、わざわざ上座を開けてくれなくても、空いてるところでいいのに」


 と言いながら、大人しく床の間の前の置物になる。


「えと、紹介します。新入部員の夏目銀之助くんです。夏目くん……」


 留美ちゃんに促されると、座布団を外し、座卓に頭を打たんばかりに平伏した。


 オデコがこっちを向いて、生え際にうっすら汗ばんでいるのが可愛い。


「は、初めまして、お初にお目にかかります。縁あって、文芸部の末席を汚すことを許されました一年生の夏目銀之助であります。よ、よろしくお見知りおきのほどを!」


「ああ、そういう硬い挨拶は嬉しいけど、これ一回きりでいいからね。わたしのことは、留美ちゃんみたく『先輩』でもいいし、フランクに『頼子さん』でもいいしね、わたしは、取りあえず『夏目君』と呼ばせてもらうわ」


「はい、殿下!」


「あ、それだけは止してくれる。文芸部の中じゃただのOBだし、正式に決まっているわけでもないから」


「は、はい」


「えと、ひとつ聞いていいかな」


「は、はい、なんなりと!」


「だからかしこまらないでね(>0<)」


「はい!」


「あはは、夏目君は、ネクタイ自分で結ぶの?」


「はい! 文学を志す者、ネクタイは自分で結ぶべきものだと思いますので、特別に本物のネクタイにしてもらったのです」


「文学を志すと、そうなるわけ?」


「はい、将来、文学仲間や出版社の編集と話をするとき、右手でグシグシっとネクタイを緩めて、タバコをくゆらせながら斜めから話すためです」


 なんか、変な嗜好。


「そうなんだ、ちょっとやって見せてくれる」


「は、はい。では、僭越ながら」


 グシっとネクタイを緩めると、それまでの正座を崩して斜に構えた胡座になって、たばこの代わりにシャーペンを指に挟んだ立膝になって、なぜだか眠そうな顔になる。


「あ、あ、そーかそーか、なんか無頼派って感じだねえ!」


「あ、ありがとうございます」


「うん、かわい……カッコいいから写真に撮るね」


 わたしの思い付きにさくらも悪乗りして、ふたりで写真を撮りまくる。留美ちゃんは真面目なので、あいまいな笑顔でわたしたちを見ている。


 スマホの画面を見ると笑いそうになるのを息をつめて我慢し、わななきそうになりながら最後のシャッターを切る。


 パシャ


「あ、もう、元に戻っていいよ。いい写真も摂れたから」


「は、はい……」


「あ、脚がしびれて……」




 夏目君のすごいところは、正座をしているしびれた脚を我慢してポーズを作ったところだ。どこか電波になりそうな危うさを感じさせるんだけどもね。


 まあ、有意義な出会いではあったわ。


 そのあと、恒例の流しそうめん……は、コロナのことで自粛して、みんなで一人前ずつでいただきました。

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