第152話『山門に入るべからず・1』


せやさかい・152


『山門に入るべからず・1』さくら  







 小4の時、図書室の使い方を習った。



 低学年の時でも図書室は使ってたんやけど、国語の時間とか、たまたまの自習時間に好きな本を読んでいいというもので、貸し出しは無かった。


 本が借りれるということに興奮して、何冊か借りた本の中に、こんな言葉があった。


『君子あやうきに近寄らず』


 たぶんシリーズ小説。


 表紙のカバーが可愛いかったんで借りたら小4では読まれへん漢字が多い、パラパラめくって、挿絵を見て喜んでた。



 君子を『きみこ』と読んでしもてた。



 せやから『君子(きみこ)あやうきに近寄らず』と読んでたわけで、クラスで仲の良かった子が中原君子さん。


 小4にしてはしっかりしてた子ぉで、背ぇも、わたしよりも五センチは高いベッピンさん。


 なんちゅうか、クラスで前から三番目という背丈のあたしには、ちょっと大人びて見えてた。乃木坂のなんちゃら云うアイドルに似てて男女を問わず人気があって、密かに尊敬というか憧れてた。


 せやから、この君子(きみこ)は中原さんのことやと思ったわけですわ。


 中原さんほどステキやったら、こんな風に本に書かれたりするんや。挿絵の女の子は頭の高い位置でツインテールにしてて、それも中原さんといっしょやしぃというか、中原さんがモデルやねんから当然やと思った。


 ツインテールは幼く見える。


 大人びた中原さんは、ちょっとでも幼く見せようとしてツインテールにしてると思てた。


 あたしも中原さんの真似してツインテールにしてみよかと思たんやけどね。


「さくらは子どもっぽく見えるからポニテにしとき」


 お母さんは娘の憧れなんか無視してポニテに結いよった。



『君子豹変す』



 二回目に借りた本に書いたって、またまたビックリした。


 最初は『豹』の字が読まれへんし、意味も分かれへんので、これは先生に聞いた。


 豹がネコ科のパンサーのことやと分かると、妄想はさらに膨らんだ。


―― そうか、中原さんはカッコよすぎて、いつか豹に変身してしまうんや! ――


 満月の夜やろか? 大潮の日ぃやろか?  変身したら、だれかれ構わず噛みついたりするんやろか!?


 今思うとアホなことを考えてました。



 遠足で奈良のお寺に行った時、山門の脇に上1/4ほどが欠けた石碑が立ってました。


『――山門に入るべからず』


「あの欠けてるとこは何が書いてあるんやろ?」


 坊主の孫なんで『山門』の意味は分かってる。お寺の正面ゲート。


『――山門に入るべからず』やから、特定の人間はお寺に入ったらあかんという意味や。


 男子で同じように疑問に思った子がおって、先生に聞きよった。


「たしか……『くんし、山門に入るべからず』やったなあ」


「くんし?」


「ああ、キミ、ボクの君に子どもの子ぉや」


 適当なことを言うて、先生は隣の担任と時程の確認に没頭。


 キミの君に子どもの子ぉやったら君子やんか、中原さんのことやんか!


 わけは分からんけど、このお寺は『君子』いう名前のもんは立ち入り禁止にしてるんや。


 お寺の中で豹に変身したら困るよね!


 中原さんの横に並びながら、ちょっと心配になってきた……。

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