第142話『リアル留美ちゃんや!』


せやさかい・142


『リアル留美ちゃんや!』  






 いやー、抽選に外れたわあ!




 おばちゃんが悲鳴を上げた。


 なんじゃらほいと玄関を覘くと、たった今配達されたばっかりの生協の食料品の山にため息をついてる。


 ため息をついてても、気の若いおばちゃんなんで、サザエさんみたい。


「どないしたん、おばちゃん?」


「白菜とチーズが抽選に外れちゃったの」


「生協って、抽選なん!?」


「コロナの影響でね、生協の利用増えてるからねえ」


 生協は、大阪市におったころからお馴染みで、週に一回山のように配達してもらうんやけど、注文した品物が抽選になるのは初めて。


「ごめん、さくらちゃん、スーパーに買い出し行ってくれるかなあ」


「うん、いいですよ」


「わたしが行かなきゃならないんだけど、降誕会(ごうたんえ)中止の連絡書かなきゃならないから」


「あはは、手ぇ合わさんとってくださいよ、仏さんちゃうねんから(;^_^A」


「ああ、ごめん。直ぐにリスト作るから、待ってて」


 おばちゃんは、茶の間に戻ってリストを作る。座卓には詩(ことは)ちゃんが座ってて、葉書の表書きに精を出してる。降誕会中止の葉書を書いてるんや。あたしも手伝えたらえねんけど、字を書くのはとっても苦手。


 えと、降誕会いうのは、報恩講、灌仏会と並ぶお寺の重大行事。簡単に言うと、宗祖親鸞聖人のお誕生会のことで、五月二十一日、檀家さんも大勢来はって、お勤めのあとに楽しいお斎(お食事会)になる。当初は、五月の下旬にはコロナも落ち着いてるやろと思てたんが、長丁場になって中止せんとあかんことになったわけ。


「ごめんね、さくらちゃんに任せちゃって」


「ううん、ええのんよ。あたしもちょっと外の空気吸いたいしね」


「じゃ、これでお願いね。ちょっと多くなっちゃったから、チェックしてないのは無理しなくていいから」


「うん、任しといて!」


 


 クリアファイルに挟んだリストをもらい、ばっちりマスクも着けてスーパーを目指す。




 考えたら十日ぶりくらいの外出。ウイルスのことが無かったら絶好のお出かけ日和。なんちゅうてもゴールデンウイークやねんもんね。


 スーパーが見えてくると、ちょっと緊張する。


 びっくりするほどお客さんは来てへんみたいやけど、入り口にアルコール消毒液が置いてあって、入店する人だけと違って、出てくる人でも消毒しなおす人が居てる。手の平にたっぷり受けて髪の毛まで拭いてる人も……そんなんしたらすぐに無くなってしまうやんか、オバチャン、帽子被っといでよ!


 あ!


 オバチャンに義憤を感じてると、後ろで声がする。


「ああ、留美ちゃん!?」


「さくらちゃん!」


 ウィルスが無かったらハグしてピョンピョン跳ねてたと思う! ほとんど一か月ぶりのリアル留美ちゃんや!


「「なっつかしいいい!」」


 二人で感激したんやけど、ソーシャルディスタンスがある。いっぺんは接近しかけるねんけど、磁石の同極同士になったみたいですぐに離れる。


「なんだかモゴモゴ……」


「ほんまにモゴモゴ……」


 お互いマスクが邪魔で聞き取りにくい。つい、声が大きなる。


「留美ちゃんも買い出し!?」


「うん、生協の抽選にはずれたのがあってね!」


 どこも事情は同じや。けど、大きな声出すと、並んでるオバチャンらに睨まれる。


「あたしも、いっしょよ」


 クリアファイルをヒラヒラさせると、留美ちゃんも似たようなファイルをヒラヒラさせる。


「せや、これでバリアーにしよ」


 二人、自分の顔の前にクリアファイルを立てて話をすることを思いつく。


 周りの人らも微笑ましく笑ってくれはって……けっきょく三十分も立ち話してしもた。

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