第99話『ノリちゃんと浅野拓美』

せやさかい・099

『ノリちゃんと浅野拓美』 





 阿弥陀さんがしゃべった!?



 と思たら、須弥壇の陰からノリちゃんが現れた。


 ノリちゃんて、ほら、死んでから中学生に若返った佐伯さんのお婆ちゃん。わたしのせいで記憶障害の兆候が出てからは御無沙汰やった。


「えー、ノリちゃんがあ?」


「なによ、不足そうな顔してからに」


「いえいえ、そやけど、どないして?」


「まあ、細工は流々仕上げを御覧じろや!」


 そう言うと、ノリちゃんは、駆け足で本堂を出て行った。駆け足いうても幽霊やさかい音もせえへんし、閉まってる戸ぉもすり抜けてやけどね。


 そやけど、どないすんねんやろ?


 まさか、ノリちゃんが留美ちゃんに化けてテスト受ける? むかし読んだラノベが浮かんでくる。


 あかんあかん、たとえ化けたとしても、それは反則や。


 ラノベは好きで、特にラブコメなんかは、よく読むんや。幽霊とかに助けられる話は多いけど、結局は、本人が自分の力で乗り越えるいう設定が多い。大人や教育委員会が非難するほどラノベは不道徳なもんやない。うん。


 けども、ノリちゃんはラノベ読む? なんせ、こないだまでは九十前のお婆さんやったし……。



 心配なんで、あくる日の朝一番に聞いてみた。あ、留美ちゃんにね。



「ゆうべ、変わったことなかった?」


 これだけで通じた。


「あ、それがね……夢に女の子が出てきたの」


「あ、ひょっとして、うちの制服着てた?」


 ノリちゃんはうちの卒業生で、いっつも制服で現れる。


「ううん、浅野拓美いうアイドルの子」


 浅野拓美……二秒ほどかかって思い出した。


 『小悪魔マユの魔法日記』というラノベに出てくる子。


 事故で死んだのも忘れてAKR48というアイドルグループの研究生テストを受けて合格。それを修業中の小悪魔マユに見咎められて落ち込むんやけど、哀れに思ったマユがアバターを貸してくれて、アイドルグループのセンターをとるとこまで成功する。そして、十分自分の力を発揮したとこで「ありがとう、マユ」とお礼を言って、クリスマスの夜に、もとの幽霊に戻って消えていく。消えると、浅野拓美って子は存在しなかったという本来の世界に戻って、AKR48はAKR47と看板が変わってしまう。


 せつなくも美しいお話。


「その拓美さんがね、歌うことに怯えるなんてもったいない! わたしが特訓したげる! って、昨日と今日教えてくれるんだよ!」


 留美ちゃんの背後にうっすらと人影……ノリちゃんかと思たら、ラノベの挿絵に出てた浅野拓美や!



 そして、運命の音楽の時間!



 留美ちゃんの横には浅野拓美が、ずっと寄り添ってる。


 これで、留美ちゃんにのり移るようなら反則やと思てたら……。


「じゃ、次、榊原さん」


「はい」


 留美ちゃんが、先生のピアノの横に行った。浅野拓美は、音楽室の後ろに回って、留美ちゃんを見て、しきりに笑顔で頷いてる。口を大きく開けて見せて、しっかり口を開けなさい。頬の筋肉を意識、ああ、笑顔で歌いなさいちゅうことや。ほんで、両手の拳を胸のとこに持ってきて、ダメ押しのエールを送ってる。


 このポーズ……あ、上皇后陛下が東日本大震災のお見舞いに行かれて、被災者の人らを励ましてはった時と同じや。


 一回、大きく頷くと、留美ちゃんは堂々と『麦の唄』を唄い始めた。



 なんや、あたしまで涙が……そやけど、ノリちゃん、なんで『小悪魔マユの魔法日記』なんて知ってるん?



それは、さくらちゃんの心にあったからよ。


ノリちゃんの声が聞こえてきた。


 

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