第63話『頼子さんの発案』

せやさかい・063

『頼子さんの発案』 





 失礼しますぅ……あたしの挨拶に返事は返ってけえへんかった。



 部室の一番乗りは、いっつも頼子さん。


 あたしが来るときには頼子さんはお茶を淹れてる。最近は、あたしも香りで種類が分かるくらいになってきた。


 二番目に来るのんが、あたしか留美ちゃんか。


 それが、紅茶の香りもせえへん。頼子さんの姿も見えへん。


 文芸部の部室は図書分室なんで、本棚がいっぱい。その本棚の間をジグザグに進むと窓際にテーブル。そのテーブルにも頼子さんの姿は無い。


 ま、こんなこともあるわなあ。


 カバンを椅子に置いて、お茶の用意。


 イギリス製のケトルを持って、水道へ向かう。


 ジャーー 


 頼子さんが、やってるようにケトルの七分目まで水を満たす。



 ヤッタアアアアアアアアアアア!!


 グァラグァラ グァッシャン!!



 突然の歓声に、ケトルをひっくり返してしまう。


「あ、さくら来てたんだ!」


 本棚の陰から歓声の主が現れる。


「な、なんや、来てはったんですか!?」


「あ、うん。これを直してた。ジャーーーン!!」


 頼子さんはケッタイなスマホみたいなんを三つ掲げた。なんや、これから仮面ライダーにでも変身しそうな勢いのあるポーズ。


「な、なんですか!?」


 変身の風圧に巻き込まれそう(変身が風を巻き起こすのかどうかは知らんけども、頼子さんの勢いはハンパやない!)なんで、思わず後ずさる。


「プレイステーションポータブル!」


「え?」


「ジャンク屋で買ったの、一個200円だよ!」


「200円……?」


 略称PSP、プレイステーションポータブル。とっくの昔に生産中止になったソニーの携帯ゲーム機。


 あたしらは、スマホゲームの世代なんで、PSPどころか、後継機のプレステVitaも知らん。そのプレステVitaも生産中止のはずで、それをなんでPSP?


「これってさ、ノベルゲームとかできるのよ。知ってる? CGの絵とか音声とかが入ってさ、途中に選択肢とかミニゲームとかがあって、話を進めていくの。PSPのソフトって安くなってるし、こういうのでノベルを読んでみるのもありだと思うんだ!」


「使えるんですか?」


「いま、直したとこだから。ネットで直し方調べて、三つとも直った。スイッチの接点不良だったから、意外に簡単だった」


「殺虫剤ですか?」


 頼子さんがテーブルに置いたのは、ゴキブリを瞬殺する殺虫剤のスプレー缶そっくり。


「接点回復スプレーさ。古い携帯ゲーム機の故障の半分は接触不良なんだぞ。だから、チョチョイってやると、意外に簡単に蘇る。YouTubeで見て感激してさ、日本橋に直行して仕入れてきたってわけさ」


 第二次大戦で、ドイツのエニグマ暗号機の解読に成功した人みたいに胸を張る頼子さん。ヤマセンブルグの皇位継承者とは思えない無邪気さや。


「ノベルゲームって、傑作アニメの原作だったり、ラノベの原作だったりするのよ。だから、これからの文芸部は、携帯ゲーム機で文学鑑賞してみるわけ。分かった!?」


 頼子さんは、ここが文芸部であるにもかかわらず、読書を強要せえへん。部室では、お茶を飲んで気ままにおしゃべりしてることが多い。たまに読んだ本の事を聞くと、すっごい博識な答えが返ってくる。せやけど、あれを読め、これの感想を聞かせろとかは言わへん。


 その頼子さんが――君も仮面ライダーに変身しよう!――という勢いで勧めてくる。最初はビックリやったけど、ちょっと面白なってきた。


「わたしはブラック使うから、留美ちゃん来たら、ジャンケンでもして自分のを決めて」


「あ、留美ちゃん休みです」


「ええ、休みなの!?」


 せっかく考え出した遊びにメンバーが欠けたガキ大将のように肩を落とす。


「はい、熱中症で」


「熱中症!?」


 一昨日の熱中症騒ぎは救急車を呼ぶこともなく、留美ちゃん一人が早退することで終わってしもてた。エアコンもあくる日には直って、新聞に載ることもなかったんで、三年生の頼子さんは知らんかったんや。


「じゃ、さくらが好きなのとって」


「あ、でも……」


「大丈夫よ、まだまだあるから。ほら!」


 頼子さんが示した段ボール箱にはジャンクのPSPが数十台入ってた。   



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