第62話『熱中症!』 

せやさかい・062

『熱中症!』 




 アホちゃうかあ。



 夕食後、新聞のまとめ読みしてたお祖父ちゃんが、大きな声で呟いた。


 お祖父ちゃん、むかしは食事中に読んでたらしい。


 お祖母ちゃんが「行儀悪いでっせ」と注意しても治らんかったらしい。


 これにはこれで面白い話があるねんけど、今日のテーマからは外れるんで省略。


 お祖母ちゃんが臨終の間際に「あんさん、食事中の新聞はやめなはれやあ……」と言うたんで、それ以来、食べてから読むことにしてるらしいとだけ言うときます。


「お祖父ちゃん、なにがアホやのん?」


「これや」


 四つ折りにした新聞を、あたしの目の前に置いた。


「なになに……」




 新潟県の中学校で運動会やってて、十数人の生徒が熱中症で搬送されたと出てた。




「まだまだ真夏の気候やのに運動会やるなんて常識が無い。さくらのとこは、いつ運動会や?」


「えと、今月の27日」


「……お祖父ちゃんのころは十月の末やったなあ」


 27日でも早いという気持ちやねんやろけど、さすがに直接批判することはせえへんかった。


 してくれてもええねんけどね。


 十三年の人生経験から言うても、九月は、まだまだ夏や。それも七日にやるのんは無謀やろなあ。




 登校したら、信じられへんことが起こってた!




 なんと、エアコンが絶賛故障中!


 エアコンは、朝礼の時に担任がスイッチを入れる。スイッチは窓側の掲示板の下。お豆腐ほどの大きさのスイッチボックスになってて、蓋にカギが付いてる。


 担任が、ガチャリと開けてポチッとスイッチを押す。


 数秒遅れて、ウィーーンと音がして、一分足らずで冷気が吹き出す。


 ウィーーンまでは、いつも通りやねんけど、一向に冷気は吹き出てこーへん。


 冷房するときは、窓もカーテンも閉めるさかいに、冷気が出てこーへんから、急速に蒸し暑くなってくる。


「先生、エアコンおかしいで」


 田中がご注進。


「じきに涼しなる、待っとけ」


 そう言うて、担任は教室を出て行った。ご注進したのが田中とちごて、留美ちゃんとかの真面目系女子やったら対応も違うと思うねんけど。


 一時間目は担任の授業。


 一時間目やねんから、そのまま居ったらええのにと思うねんけど、うちの菅ちゃんは、必ず職員室に戻る。コーヒーを飲んでるとか、ちょっとの間ぁでも生徒といっしょに居りたないからとか言われてる。


「先生、三十二度やああああああああああああ!」


 田中が悲鳴を上げよる。ほかの生徒も「なんでえ」「あぢい」「死ぬう」とか言い出してる。


「昔は、クーラー無かったけど、授業はできてた。さ、授業やるぞお!」


 暑苦しいから馬力上げんといて。


「先生、窓開けていいですか?」


 留美ちゃんが勇気を出して発案。


「せやな、涼しなるまで開けよか」


 よう言うてくれた。これが田中やったら、菅ちゃんは脊髄反射で「あかん!」と言うてたと思う。


 しかし、窓を開けたくらいでは涼しいにはなれへん。


「たまには暑さに耐える訓練もせんとなあ。昔は、このくらいの暑さはヘープーやったぞ」


 それでも菅ちゃんは淡々と授業を始める。鬼かあ!


 新聞を思い出した。


「熱中症で新潟の中学は生徒が倒れた……」


 お祖父ちゃんの口調で、つい口をついて出てくる。


「あれは……運動会の最中やたぞ」


 聞こえてたんや……けど、無意識に出た言葉やねんから、お愛想で慰めるとか……いや、他の女子やったら、反応違てたやろなあ……うちは、田中並みかあ?


 見渡すと、顔上げて授業受けてるのは留美ちゃん一人だけ。その留美ちゃんも目の焦点が合うてへん。


 この状況で授業するなんて、菅ちゃんはサイボーグや。




 しばらくすると、入り口のとこで教頭先生が菅ちゃんを呼んでる。




 なにやら、ボソボソ協議すると、宣言した。


「このフロアーの教室はエアコンが壊れたんで、特別教室に移動して授業する。一組は物理教室や、すみやかに移動!」


 もう、みんなグダグダやから口ごたえもせんと、移動を開始する。


 半分くらいが廊下に出たころ……。


「先生、榊原さんが!」


 委員長が叫ぶ。榊原さんとは留美ちゃんのこと。見ると、留美ちゃんは机に突っ伏して荒い息をついてる!


「留美ちゃん!」


 留美ちゃんのとこにすっ飛ぶ。


 留美ちゃんは、真っ赤な顔で、目を半開きにして喘いでる。で、ものごっつい熱や。


「先生、新潟と同じ熱中症や!」


 菅ちゃんの顔が、一瞬で真っ青になった。


 廊下で、数人の女子がバタバタと倒れた……。




 これ、新聞に載るんちゃうやろか。


 


 

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