第61話『めっさ、縁起悪い』 

せやさかい・061

『めっさ、縁起悪い』 





 ベキボキ!


 この世界に背骨があったとしたら、まさしく、その背骨が複雑骨折したような音がした。




 お父さんが帰ってこーへんようになって一か月ほどのころ、お母さんも帰りが遅なって、夕暮れの寂しさから泣いてしもたことがあった。お昼寝から目が覚めたら、リビングのソファーに一人寝かされてて、灯りも点いてへんかった。


「お母さん……」


 お母さんもおらんようになった……そない思たら、ものすごい怖なって、泣きだしたら止まらんようになってしもた。


 やっと、お母さんが帰ってきて、うちはお母さんに飛びついて泣きじゃくった。


「ごめんな、さくら、よう寝てたから、ほんのちょっとの間や思て、仕事の打合せいってた、かんにんな、かんにんな……」


 ギューって、抱っこしてくれて、ようやく落ち着いたら。お母さんがくれた筆箱。


「これ、お母さんが小学校入る時に、お婆ちゃんがくれてん。世界で一番丈夫な筆箱。象さんが踏んでも壊れへんねんで。お母さん、もったいないから一回も使わんとおいといてん、これあげるさかい」


 桃色で、真ん中にお姫様の笑顔。


 お母さんが、床に置いて踏んだけどビクともせえへんかった。むろん、あたしが踏んでも。


 お気にやったんで、筆箱としては使わんと、お守りとか入れる宝箱に使ってた。


 夕べ、部屋の片づけしてたら出てきて、しみじみしてたら、そのまんま寝てしもた。


 目覚ましで起きて、ベッドから下りたとこで、その筆箱を踏んでしもた。


 


 え、ええーーーー!?




 めっさ、縁起悪い。


 お姫様の顔をバラバラにして、筆箱は割れてしもてた!


 涙チョチョ切れる! せやけど、かもてられへん。


 急いで身支度!


 スカートを手に取って――あ、これやない――


 夕べ、片づけの最中にコーヒーをこぼしてしもた。


 そんで、予備のスカートを出してた。


 予備と言うのは、お母さんが履いてたやつで、うちの中学は制服そのままやから、予備に置いといたんや。




 ブツ!




 ウ、ホックがはじけ飛んだ!


 入学式の前に確認した時は、楽々穿けたのに。


「ことはちゃ~ん!」


 向かいの部屋のコトハちゃんに声をかけるが、コトハちゃんは、もう出てしもたあと。


 たとえ従姉でも、勝手に入ってタンスやらクローゼットをあさるわけにはいかへん。


 仕方ないんで、安全ピンで止めて学校へ。


 歩きながら思た……エディンバラでもヤマセンブルグでもご飯は美味しかった。


 十三歳の中一女子は、色気よりも食い気や。それに、あたしは食べても太らんたちやから、油断してたかなあ。




「それは違うわよ」




 部活のティータイム。「あ、今日はスコーンはええですわ」と遠慮したことで、頼子さんに問い詰められた。


 それで、説明すると、頼子さんはキッパリと言うた。友だち思いの留美ちゃんは笑いをこらえてる。


「それはね、さくらが成長したからよ。中学生になったし、ちょっとずつ女らしい体に成長してるのよ」


「そやかて、筆箱は?」


「強いと言っても、プラスチックでしょ。経年劣化というやつで、十年も経ったら脆くなるわよ」


 そ、そうやったんか(^_^;)


「そうだ、隣が保健倉庫だから……」


 頼子さんの提案で、隣の保健倉庫に入って、文芸部三人だけの発育測定を行った。


 結果、あたしは、身長が1・5センチ、体重は、なんと一キロ増えてただけ。


 さすが、頼子さんの目は確かや!


「じゃ、ここも図っとこ!」


 それが、余計やった。


 あたしのバストは一センチ縮んでた。

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