第12話『あんたさん』
せやさかい・012
『あんたさん』
テイ兄ちゃんが放っておくわけがない。
金髪の美少女が門前に来て妹と談笑している。
むろん、わたしと留美ちゃんも居てるねんけど、テイ兄ちゃんには金髪の美少女しか見えてへん。
「やあ、ちょうどお饅頭頂いたところだから、いっしょにどうぞ」
歯磨きの宣伝みたいに白い歯を光らせ、作務衣の手にはホウキなんか持って、インテリ坊主風に現れた。
「うわー、お坊様だ! え? え? 桜ちゃんのお兄さん(正しくは従兄なんやけど)? こちらがお姉さん(正しくは従姉)なんですか!?」
「こっちが、おんなじクラスで文芸部の榊原さん!」
「は、初めまして、酒井さんにはお世話になってます、榊原留美です」
留美ちゃんが挨拶すると、身についた坊主の慇懃さで挨拶を返すテイ兄ちゃん。
坊主の挨拶は丁寧なほど職業的慇懃さで出てきたもんで、見かけの割に気持ちは籠ってへん。せやけど、留美ちゃんが感動してるんで、なにも言いません。
「お饅頭なんて、いつでもあるんですよ」
お茶とお饅頭をテーブルに置きながらコトハちゃんが笑みをこぼす。お寺の娘やから、こういう動作と言葉遣いは、そのへんの旅館の仲居さんよりサマになる。
「「ありがとうございます」」
頼子さんと留美ちゃんが初々しく頭を下げる。テイ兄ちゃんもにこやかに受け答えして、頼子さんとお近づきになりたそう。でも、本堂の方から「諦一ぃ~」と伯父さんの声がして、仕方なく尻をあげる。
「桜もすごかったですけど、境内にはいろんな木や花があるんですね!」
「ポピーにアセビにハナミズキ、ガーベラにツツジ……ハハ、わたしも知らないのがある」
ケラケラ笑っても詩(コトハ)ちゃんはベッピンさんや。
「そうだ、お祖父ちゃんが写真に撮ってたのがある」
立ち上がってボードから写真帳を出してきた。
写真帳には季節ごとにお寺で咲く花の写真と解説が載っている。お祖父ちゃんはマメな人やけど、こんなん作ってたなんて知らんかった。
「檀家さんや、お寺を尋ねてきた人に説明と言うか、喜んでもらうために作ったらしいわ」
「へー、そうなんだ!」
お母さんの「そうなんだ」と違う、感動の「そうなんだ!」を発する頼子さん。ちょっとだけ「そうなんだ」を見直す。
「お寺って、本当は来てもらってなんぼってところがあって、夕陽丘さんみたいに興味を持ってもらうのが狙い……なんて、言ってるけど、ようは見せびらかしたいだけ。よかったら、いつでも見に来てちょうだい。お饅頭ぐらいならいつでもあるから」
「はい、お言葉に甘えて、また来させてもらいます! あ、お経……」
本堂の方からナマンダブナマンダブが聞こえてくる。
「陰気臭くてごめんなさいね、うちの商売だから、朝と夕方は、阿弥陀さんにお経唱えるの」
「ナマンダブって……南無阿弥陀仏のことですか?」
「ええ、そうよ。ずっと昔に南無阿弥陀仏が訛ってナマンダブになったらしいわ」
「そうなんだ……安泰山と書いてアンタサンと読むのもそうなんですか?」
「あ……そうかな、たぶん。普段から気にしたことないから」
わたしは――気にしたことないどころか、安泰山という山号じたい知らんかった。
「でも、うちの学校は同じ字で安泰中学って書いて、アンタイって普通に読むんですですよね」
「え、あ……そうね。あら、今まで不思議だなんて思ったことも無かった」
「あ、ごめんなさい。こういうことが気になると放っておけない性質で」
「あ、ううん。こういうことに疑問を持つなんて、大事だし素敵なことだと思うわ。こんどお祖父ちゃんにでも聞いてみてお知らせするわ」
「すみません、変なことが気になって(^_^;)」
その後、お祖父ちゃんに聞いて分かったんだけど、頼子さんが推測した通り、安泰山が訛ってアンタサンの読みになったらしい。
ちなみに、家の前の道路を如来通りというのも、うちの如来寺という名前から来たらしい。
安泰中学というのは、なんのことはない、このあたりの地名が安泰というところからきているんだそうだ。むろん読み方はアンタイで、うちのお寺との関係は……また調べとくということだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます