第13話『ひと月ぶりに大和川を超える』

せやさかい・013

『ひと月ぶりに大和川を超える』 




 ひと月ぶりに大和川を超える。


 この前は北の大阪市から超えて堺市に入ってきた。お父さんの失踪宣告をして苗字もお母さんの酒井になって越してきた。

 難波行の電車は大和川を超える鉄橋に差しかかった。窓の外に堤防が見えてくる。



 せき上げて来るもんがある。



 来るときは思わへんかった。生まれてからずっと大阪市のA区に住んでた。

 保育所から中学校卒業するまでずっと住んでた。

 そのわりに、引っ越すときに、せき上げてくるもんとか想いとかはなかった。


 わたして、案外ドライな子ぉなんちゃうやろかと思た。


 別にお母さんに気ぃ遣うてのことやない。正直、お母さんは、もうちょっと娘に気ぃ遣うてもええんちゃうかと思うくらいや。

 案外簡単に新生活に馴染めるんやないかと思たし、じっさい、家にも学校にも馴染んだ。



 ガタンゴトン ガタンゴトン



 鉄橋に差しかかって、振動が変わる。

 普通のレールの上を走ってる時よりも体の芯まで伝わってくるような振動。



 ガタンゴトン ガタンゴトン



 心の引き出しがゆすぶられて、直してたもんが出てくるような、そんな響き。


 あかん、涙が滲んでくる。


 ハンカチ出そかと思たけど、こっそり涙が流れるよりはハンカチで涙拭く動作の方が大きい。きっと車内の人が変に思う。

 筋向いに座ってる四歳くらいの女の子が、こっち向いてる。


 あ、あ、どないしょ。めっちゃ心配そうな顔してるし。


 顔を背けて窓の外を見る……あ、あかん、涙が流れ落ちてきた。


 ズズーーッ


 どないしょ、無意識に鼻すすってしもた!


「どうぞ……」


 女の子がハンカチを差し出してくれてる。ああ、めっちゃ動揺する!


「あ、大丈夫よ、ちょっと花粉症でね」


 ヘラっと笑顔を作るけど「そんでも……」と女の子は手を引っ込めない。


「ハンカチやったら、自分で持ってるし」


 自分のハンカチで涙を拭く。


 すると女の子は、空いてたシートの横に上がってきて、小さな手で、わたしの頭を撫で始めた。


「いいこいいこ いいこいいこ」


「あ、アハハハ(#*´ω`*#)」


「ちょっと、ユイちゃん!」


 お母さんがたしなめて、女の子を引き剥がす。


「ごめんなさいね」


「あ、いえ」


 女の子が振る手に、わたしも小さく振って応える。


 そうそう、なんで電車に乗って大和川を超えているかと言うと、コトハちゃんの吹部の定期演奏会があるからなんです。


 その演奏会の話をするつもりやったのにね。

 その話は、また今度にいたします。


 

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