呪われた宝珠 十一 五族王会議

 サキュラ首長国の首都、カリバの郊外に巨大なテントが設営されたのは、サイードが宝玉を奪われてから一週間後のことだった。


 ナサル首長国連邦では五年に一度、連邦を構成する五つの首長国――すなわちカフタン、サキュラ、アフラマ、エラム、ナフの五国の王が集結して、さまざまな問題を話し合うことになっている。


 これを「五族王会議」という。

 次は二年後にナフ首長国で開催される予定だったが、今回は臨時の協議があるというサキュラ首長国のシャシム王の呼びかけで、急遽実現したものだった。


 千人の兵を収容できるという大テントの中には、真紅の絨毯が敷き詰められ、椅子もテーブルも意匠を凝らした豪華なものが用意されている。

 半月刀を腰に下げ、槍を構えた二百人ほどの警備の兵が内周を堅め、また給仕などの世話をする数十人の召使がはべっているとはいえ、巨大な空間のど真ん中に五人の王だけが座っている光景は、どこか滑稽にすら思えた。


 最長老であるカフタン首長国のバドゥル王が型どおりの挨拶を行った後、会議の提唱者であるシャシム王がいきなり発言を求めた。


「諸侯には突然の提案にも関わらずご足労いただきかたじけない。

 しかし何の反対も質問もなく、諸侯が集まってくれたということは、ある程度事情を知ってのことと思われる。

 そこで単刀直入に言おう。

 余はついに魔人の心臓を手に入れた。

 今こそ不倶戴天の敵、ルカ大公国を討つ時である。

 わが国は国を挙げて大公国に攻め込む所存だ。

 無論、諸侯らも参戦していただけると期待しておるのだが、いかがであろうか」


 冒頭からの爆弾発言に、他の四人の王は顔を見合わせた。

 アフラマ首長国のアナス王が溜め息交じりに挙手をしてから発言する。


「もちろん、宿敵である大公国を討つことに異存はない。

 わが部族としても全力で支援をしよう。

 ただ、魔人の力を手にしたと言うが、その力はあまりに大きいと聞いている。

 一つの部族だけが突出した力を手に入れたとなると、この連邦間の力のバランスが崩れてしまう恐れがある」


 残る三人の王は一斉にうなずいた。そして長老のバドゥル王が提案する。

「アナス王の言い分はもっともであろう。

 ならば、魔人の管理は五族共同で行うということではどうであろう?」


 シャシム王以外は口々に「妥当な案ですな」「さすがは長老、よい意見です」など、口々に賛同の意を示す。

『ふん、こ奴ら事前に打ち合わせをしてきたな……』

 シャシム王は心中で毒づいた。


「またれよ」

 異議を唱えたのはただ一人の女王、ナフ首長国のナイラだった。

「まずはその前に、シャシム王が手に入れたという魔人の力を見せてもらうのが先ではないか?

 自国の戦士を出兵させるのだ、何の証拠もなくサキュラの言い分を信じて帰っては、国の者どもに嘲られるだろう」


 エラム首長国のサーレハ王が同意した。

「女王の言われることも一理ある。

 幸い今日は全王が集まっているのだ。証拠を見せる手間も一度で済む」


「これはしたり、そこには気づきませんでしたな」

「なるほど、さすがは女傑と謳われるナイラ殿だ」

「まさに慧眼……」

 各王たちも口々に賛同する。


「却下だ、馬鹿者!」

 突然、低い声が響き、一瞬大テントの中は静まり返った。

 シャシム王はそれまでの礼儀正しい口調を捨て、まるでやくざ者のようなドスの効いた声で吐き捨てた。


「貴公ら、自分の呪術師から俺が魔人の心臓を手に入れたことを聞いてるのであろう?

 今さら証拠なんぞがいるかよ、バーカ。

 いいか、首長国連邦内の力関係は完全に変わったんだよ。

 お前たちに選択権はない。


 ――いや、選択権はあるか……。俺に従って生き延びるか、俺に刃向って滅びるかだ。

 今回の戦いに協力すれば、とりあえず貴公らの首と領土は保証してやる。

 サキュラは大公国を手中にし、わが領土とすれば十分だ。


 ――俺は慈悲深いからな、貴公らに無理な出血は求めん。感謝しろよ。

 各国とも兵の拠出は三千でいい。四国で一万二千の兵だ。

 わが国も同数、一万二千の兵を出す。しかも俺の兵たちが先陣を務める。

 貴公らの兵は後衛として大事に使ってやる。


 ――どうだ、悪い話ではあるまいよ?」


 シャシム王はめ回すように他の四王の顔を覗き込んだ。

 王たちは何も言えず、互いの顔を伺っている。

 シャシム王は重ねて言った。


「いいんだぜ、断っても。

 大公国を叩く前に歯向かう奴は叩き潰してやる。

 魔人の力を試すにはちょうどいいだろうよ……」


「まぁ……三千くらいの兵ならば……」

 バドゥル王が下を向いて口ごもりながらつぶやいた。

 各首長国の最大動員数は、それぞれ一万二千から一万五千くらいである。

 三千の出兵で、しかも後衛に当たらせるというのなら、そう負担でもない。


 ただ、シャシム王は大公国をまるごと独り占めすることをはっきり宣言した。

 それでは三千といえど、出兵しただけの骨折り損だ。各国には何の利益もない。


 身分と領土を保証すると言っているが、この先サキュラ首長国の駒として摺り潰れるまで酷使されるのが目に見えている。

 魔人の力を手に入れたサキュラ首長国は、南方諸国を統一してサラーム王朝の復活を目指すことになるだろう。


 しかし他の四か国の王たちには成すすべがない。

 今は耐えてサキュラが転ぶのを待つしかない――そう彼らは覚悟した。

 その後の会議は、ただシャシム王が命令を伝達するだけの場となった。


      *       *


 臨時の五族王会議は、記録的な短時間で幕を閉じた。

 いつもの会議ならば、この後に夜を徹した豪華な饗宴でホスト国がもてなすのだが、シャシム王はとっとと他の国王たちを追い返してしまった。


 シャシム王は自分の王宮に戻ると、人払いをして私室に入り、クッションの効いた豪勢な椅子にどかりと身を沈めた。


「あれでよかったのか?」

 王は目の前に誰かがいるがごとくに尋ねた。

 すると、どこからか老人のしゃがれた声が聞こえ、それに答えた。


「よろしいですな。

 どうやらほかの呪術師たちは、魔人の復活にそこまで深い知識を持っていないようです。

 後はお任せを……」


「各国に兵の集結の期限を二週間と切ってやった。

 半月後には大公国に侵攻できよう。

 これはサラーム王朝復活の第一歩、記念すべき戦いとなる。

 見ておれ、砂漠に奴らの血をたっぷりと吸わせてやる!」


「隊商路の封鎖は間違いありますまいな?」

 老人の声にわずかだが不安の色が混じっている。

「ん? 無論だが……何か問題があるのか?」


「王にはすでに進言いたしましたが、この戦いの成否はいかにリスト王国の介入を防ぐかです。

 隊商路は封鎖し、空にはわが呪いを受けた鷲たちが舞い、伝書鳩は一羽たりとも逃しません。

 リスト王国が異変に気づく前に戦いを終わらせれば何も問題はないのですが……」


 王は不審な顔をして身を起こし、目の前の空間に尋ねる。

「何だ? 奥歯に物の詰まったような言い方だな。

 何か気になることがあるのか?」


 老人の声は躊躇ためらったようにしばらく途切れた。

「いえ……、気にし過ぎなのかもしれませんが、サイードから魔人の心臓を奪うに当たって、何度も邪魔をしたリスト王国の召喚士がおりまして……」


 王の表情が曇った。

「リスト王国の召喚士?

 ――まさか国家召喚士ということはあるまいな?」


「それはさすがに……。

 ただ大きいだけのオオカミを連れている二級召喚士の娘です。

 どうということもない相手ですが、こう何度も邪魔をされると気になりましてな……。


 ――そうですな。用心するに越したことはないでしょう。

 何か手を考えてみます」


「そうしてくれ」

 王がそう言うと、老人の気配は煙のように消え失せた。


 シャシム王は大きな溜め息をついて、小テーブルの上に伏せてある呼び鈴を取って鳴らした。

 すぐに豊満な身体に薄絹をまとった侍女が現れる。


「酒を……」

 王の言葉に侍女は黙って頭を下げ、音もなく姿を消した。


      *       *


「隊商路が封鎖されている?」

 ルカ大公の大声に、片膝をついて控えている将校はさらに頭を低くした。

「どこの誰だ?」


 将校は顔を上げて大公の問いに答える。

「はっ、軍装、旗からサキュラの兵と思われます。

 場所はレリンの北方約五十キロのオアシス地点。

 正確な規模は不明ですが、少なくとも二千人以上の部隊だと思われます。

 われらの使者は近づくことすらかなわず、空しく引き返しました」


「くそっ、二千人だと?

 奴ら本当に戦争をするつもりなのか……。

 いや、何を当たり前のことを言っているんだ、俺は」


 そして思いついたように顔を上げる。

「そうだ、伝書鳩は飛ばしたのか?」

 報告する将校に付き添っていた通信担当の責任者は首を振った。


「正規の使者が出立したのに、伝書鳩を飛ばすはずがありません。

 ――が、こうなった以上、至急手配をいたします!」

 責任者はそう言って慌ただしく大公の前を辞した。


 大公は常に傍らに寄り添っている侍従長に手招きをした。

「すまんがユニ殿を呼び出してくれ。

 まだ出立はしていないはずだ」

 その顔には疲労と苦悩の色が浮かんでいた。


      *       *


 ユニとマリウスは前日、王宮で大公と呪術師との会談を終えた後、今回の働きに対する謝意として十分な報酬を受け取った。

 この後は大公国と首長国連邦との軍事衝突が予想された。

 そうなれば、もはやユニが口出しするような問題ではないし、大公もそこまでは求めなかった。


 「自分たちの役割は終わった」と判断したユニは、翌日にはレリンに向けて出立し、一泊した後リスト王国に戻ることにした。

 そのことは大公にも伝え、承認を得ていた。


 サイードは当分の間、大公国の保護下に置かれることとなり、隊商はその間休業状態となる。

 隊商からは、オークの背後にいる呪術師の情報を得るという依頼は成功したと見做され、こちらからも多額の報酬を得た。

 サイードの誘拐を阻止して無事連れ帰ったので、当然といえる措置だ。


 もうユニが大公国に留まる理由は何一つ見つからなかったから、帰国という選択はごく自然の流れである。


 ところが、ユニとマリウスが宿を引き払う準備をしている最中に、もう顔なじみとなった大公からの使者が馬車で駆けつけ、ユニたちは有無を言わさず連れ去られてしまった。


 三度目となる大公の居室に入ると、大公が今度は一人で書類が山と積まれた机に向かっていた。

 ユニたちが掛けるよう促された長椅子ソファに座ると、すぐに侍女がコーヒーと菓子をその前に供する。

 大公は机を離れると、ユニたちの正面にどかりと座った。


 昨日会った時も顔色がすぐれているとは言えなかったが、今日の顔色は一層ひどい。

 大公は壮年らしい精力的な顔つきをしていたが、脂気あぶらっけが抜けて昨日より十歳以上も老けたように見える。


「ユニ殿、それにマリウス殿。たびたびの呼び出し申し訳ない」

 大公は頭を下げて率直に詫びた。

「君たちが帰国するつもりなのは知っていたが、それは叶わなくなった」


「それは……どういうことでしょう?」

 マリウスが天候でも聞くような呑気な口調で尋ねる。

 ユニは黙っていたが、当然同じ思いだ。


「実は、隊商路が封鎖されてしまった。

 サキュラ首長国――連邦の五つの首長国で一番北側の国で、武断派として知られた国だが、そこの兵が南のオアシスに二千の兵を配備している。

 その先がどうなっているかは想像もつかない状況だ」

「なるほどねぇ……。思ったより早かったですね」

 マリウスはさほど驚かなかった。


「ちょっと、マリウス。

 それってどういうこと。あなた、こうなると知っていたの?」

 ユニの方は軽いパニックを起こしている。


 若い魔術師はにこにこした顔で答える。

「そりゃあ、これから戦争を仕掛けようとするんだったら、まず第一にリスト王国との連絡を絶つに決まっているでしょう?」


 大公がうなずきながらその後を引き取る。

「そうだ。

 わが国としては当然、同盟を結ぶ王国に支援を要請することになる。

 実際に使者を出したのだが、先回りされてしまったということだ」


 ユニにも事情が理解できた。

「ほかに連絡手段はないのですか?」

 問われた大公は溜め息をつく。


「連絡用に訓練された伝書鳩を飛ばしたのだが、一羽残らず大型の鳥に襲われて、レリンまでも辿りつけなかった。

 多分、呪術師の仕業だろうな」


「隊商路以外の道はないのですか?

 砂漠は広いのですから、すべてを封鎖できないでしょう」

 大公は再び首を振る。

「ハラル海は岩石砂漠だ。

 整備された道でない限りラクダでも進むことは不可能だな」


「敵はどのくらいで仕掛けてくると思いますか?」

 再びマリウスが口を挟んだ。


「幸いアルカンド山脈の上空まで封鎖はされていないようでな。

 向こうの情報屋との連絡はつく。

 それによるとすでに連邦の各国で動員が始まっているらしい。

 サキュラに集結してレリンに攻め込んでくるまで、恐らく最短で二週間だろう」


「それで……今日お呼びになったのは、道が封鎖されているという忠告のためですか?」

 ユニの質問に、大公はしばらく沈黙した。

「何か……王国と連絡を取る方法について、その……意見を伺いたいと……な」


 ユニとマリウスは顔を見合わせて、どちらからともなく笑顔を浮かべた。

 その笑いは「苦笑」という表現がぴったりするものだった。

 マリウスの「どうぞどうぞ」という表情に促されてユニは口を開いた。


「率直に言ってください。私に使者となって王国に向かえと」

 大公はあからさまにほっとした顔をして、頭を下げた。

「すまぬ! 無理も危険も承知の上だ……。

 だが、時間が残されていないのだ。

 最低でも五日で赤城市に連絡を付けてほしい!」


 マリウスがにこにこしながらフォローする。

「大公閣下、そうかしこまらなくても大丈夫ですよ。

 ユニさんはこういう無茶な要求に慣れていますから……」


 ――ユニの脳裏にアリストアのすました顔が浮かんだのは言うまでもない。

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