外法の村 十二 野営

 目的の地まであと二、三キロメートルという木立の中で、ユニたち一行は野営の準備をしていた。


 探索の初日、ユニたちはまずオオカミたちの群れを斥候として送り込み、情報の収集に努めた。

 目的の村までは、着陸地点から十キロほど離れているとはいえ、オオカミたちの足なら二十分ほどで到達できる。

 彼らの鋭い嗅覚は、初日にして有用な情報を山程持ち帰った。


 村の入口に警備のオーク兵が立っていること。

 それらはケド村を襲ったオークが支配していた小柄な兵隊に酷似していて、おそらくは混血種と思われること。

 したがって、彼らを統率する召喚獣のオークと召喚士がいるだろうこと。

 オークの臭いに隠されているせいかもしれないが、人の気配はほとんど感じられないこと。

 村から北へ向かう道ができていて、わだちのあとがあること、等々であった。


 ゴーマたちが立てた当初の方針は、

 ①オオカミたちの偵察による状況把握

 ②ゴーマたちが村に接近して直接偵察

 ③隙を見て住民を一人拉致する

 ④捕虜を尋問して有益な情報が得られれば、それに基づいてさらに調査を続行

 ⑤捕虜から情報が得られなければ、王都に連れ帰り、尋問は専門家に任せる

というものであった。


 自分たちの身の安全を図りつつ、村の内部の様子を探るとすれば、そのあたりが限界だろうという判断だった。

 ところがオオカミたちの報告により、村に住民がいない可能性が出てきたのである。


 やむなくゴーマは方針を変更し、まず警備のオークを無力化し、住民が戻る前に(どこかへ出かけているとすればだが)村内を捜索することにした。


 二日目、ユニたちは村の近くまで進出してベースキャンプを設け、そこで一夜を過ごそうとしていた。


 適当な木の間にロープを張り、防水布をかぶせて四隅を固定する。

 テントほど本格的なものではないが、ツェルトと呼ばれる最低限雨だけは防げる簡易テントができあがる。

 中に乾いた枯れ草を敷き詰めて防水布を敷くと、そこそこ快適な寝床となる。


 あとは炎の光が洩れないように石の覆いで囲んだ火床をつくり、乾パンに乾燥肉と野菜で汁物を作れば夕食となるはずだった。

 ゴーマがいい具合に火を起こしている側で、ユニは皮を剥いた野菜を切っていた。


 エディスは料理とは誰かが作ってくれるものだと思っているようで、まったく手出しをしない。

 ライガはユニの近くで寝そべり、尻尾でエウリュアレを遊ばせている。


 そのライガが突然ビクッと体を緊張させ、耳を立てて上を見上げる。

 ユニも同時に動きを止め、腰のナガサの柄に手をやり、いつでも抜けるようにしている。


 その異変と緊張はすぐにゴーマにも伝わる。彼は傍らの木に立てかけていたハルバートに手を伸ばして周囲を窺った。

「どうした、敵か?」


 ユニはその問いに答えず、ライガと顔を見合わせる。

 そして互いに小さく頷くと、ライガの背中に飛び乗って脱兎のごとく駆け出した。


「オオカミたちが野牛の仔を仕留めたって!

 お肉もらってくる!」

 ……ユニの興奮した叫び声だけがその場に残った。


 十数分後、ライガの背に乗ったユニが意気揚々と戻ってきた。片手には赤い生肉の塊を抱えている。

「いやぁ~、こんなのが手に入るんだったら何かハーブを摘んでおくんだったわ。

 でも、びるを見っけたから、少しはましかな?


 ――あら、ゴーマなんて顔してるの?

 ステーキよ、仔牛のス、テ、エ、キ!

 ちょっとは喜びなさいよ」


 超絶上機嫌のユニとは対照的に、ゴーマとエディスは呆然として顔を見合わせている。

 エウリュアレだけは、ちょこちょこと駆け寄ってきてユニが持っている肉の塊を興味津々で見詰めている。


 多分「お肉なの?」と聞いているのだろう。

「そうよぉ~、今おねえちゃんが焼いてあげるからね~」


 ユニは背嚢から岩塩と胡椒の瓶を取り出し、ナガサで分厚く切り分けた肉に手際よく擦り込んでいく。

 携帯用のフライパンに取っ手をねじ込んで組み立てると火にかけ、肉から切り分けた牛脂で油をひいて焼き始める。


 残った肉を、今度は薄く削ぎ切りにして、強めの塩と胡椒を刷り込む。

 焚き火の周りに小枝を次々に立て、それに薄切り肉を引っ掛けていく。

「そりゃ何をしてるんだ?」

 ゴーマが不思議そうに訊いた。


「簡単な燻製みたいなものよ。

 焚き火の煙と熱でベーコンみたいにするの。干し肉ほどじゃないけど一日くらいは日持ちがするのよ。

 卵はあるから明日の朝はベーコンエッグをごちそうするわ。

 ああっ、それにしてもこれでビールがあったら最高なんだけどね!」


「氷室亭は後の楽しみに取っておきな。

 ところでお嬢さん、こういうものもあるんだが」

 ゴーマはニヤリと笑うと肩掛け鞄から水袋(イノシシの膀胱でできている)を取り出した。


「呆れた。任務にお酒を持ってくるなんて」

 エディスは軽蔑した眼差しを送る。

「バカ言え、これは消毒と気付け用の芋焼酎だ。

 このままじゃキツくて飲めたもんじゃないぞ」


「なるほど、水で割ればいいのね」

「いや、お湯割りがいい。香りが引き立つんだ」

 バカな会話を楽しみながら、ユニの手は休まない。

 焼けた肉を皿に移し、ナガサでサイコロ状に切り分けると、付け合せの野菜を添えて、エウリュアレ、次いでエディスに差し出す。


「‥‥美味しい!

 あら、ちょっと臭みはあるけど、柔らかいわね」

 この三日、肉といえば干し肉だけだったので、文句の出ようがない。


 ユニはゴーマと自分の分の肉を焼きながら、焚き火の側で燻していた薄切り肉を引き抜き、細かく切って野菜スープの鍋に放り込む。

「ほんとはもっとカリカリにするんだけど、スープだったら大丈夫でしょう」


 そう言ってしばらく鍋をかきませてからカップに注いで二人に渡す。

 エディスは表面に玉のような脂が浮いたスープを恐々こわごわと一口すする。


「あ、何これ?

 すごい燻製の香りがする。

 うん、塩気もあって悪くないわ」

 エウリュアレもふうふう息を吹きかけながら夢中で飲んでいる。


「ほれ、こっちは大人の時間だ」

 ゴーマがしゅんしゅんと湯気を吹く小さなポットを片手にユニにすすめる。

「あら、焼酎が入ってないじゃない?」

「いんや、先にお湯を注ぐのが鉄則だ。覚えておくといい」


 ユニが差し出したカップにゴーマが半分ほどお湯を注ぐ。

 そして水袋の栓を抜いてそっと焼酎を継ぎ足すと、たちまち周囲に甘い芋の香りが漂う。

「あー、いい香り!」


 ユニはたまらず一口飲み込む。熱い塊りが喉を焼き、次いで胃の腑を焼き尽くして全身に熱を伝えていく。


 続いて焼き上がったステーキを噛みしめると、じゅわっと仔牛の脂が口に広がり、野性味を帯びた野牛の香りが芋焼酎の香りと溶け合い、たちまち飲み込まれていく。


 ゴーマは即席ベーコンをつまんでいる。

 脂でベトベトになった指先を舐めながら「しょっぺぇ~!」と言いつつ満足気だ。


『おい、ほどほどにしとけよ』

 焼酎の匂いが明らかに気に入らないといった顔でライガが釘を刺す。


 普段のユニなら余裕で聞こえないふりをするところだが、ゴーマの持ってきた焼酎はそう多くなく、二人仲良く二杯ずつ飲んだところで小酒宴はお開きとなった。


「さて、明日だが……どう動く?」

「そうね……」

 ユニは少し考え込む。オオカミたちの報告ではオークは八体。人の気配はほとんど感じられないという。


 人がいないのであればと村に踏み込むことにはしたが、どうにも引っかかる。

 どこかへ出かけているとしても、オークだけを残して村を無人にするだろうか。

 明らかにおかしい。


「人がいないというのは気になるけど、やりやすくなったとも言えるわね」

「どういうことですか?」

 エディスが口を挟む。

「人がいたら、あんたのとこの幼女は使えないでしょ?」

「あ、そうか……」


「だな。じゃあ、ユニがオオカミをけしかけて挑発しろ。

 オークが集まったらエウリュアレで一気に片付ける。それでいいな」

 二人の女性は「了解」と頷く。


 エウリュアレはお腹が満ちたのか、ライガの毛皮に半ば埋もれて眠っている。

「人がいないというのもそうだが、召喚された親玉オークの気配もないってのが気に入らんな」


「追放された教団の人たちって三十人以上いたはずよね」

「どう見ても罠っぽいですよねー」

「でもまぁ、オークだけ、人もいないなら、ゴーマの言うとおりさっさと片づけて村を捜索してみるよりないわね」

「そういうことだな」

 方針は同意されたと見て、ゴーマはその話題を打ち切る。


「ところでユニ、あの村、不自然だと思わないか?」

「ええ、思いっきり」

 ユニもうなずく。


「なになに、どういうこと?

 人がいないのは不自然だって、さっき言ってたじゃない」

 エディスが好奇心を顕わにして割り込んでくる。

 ゴーマが「ふむ」という顔をする。


「じゃあ、俺とユニとで対話をしてみよう。

 その方がわかりやすいだろう」

 ユニがうなずいたのを見て、ゴーマが口火を切った。


      *       *


「人がいないとか、それ以前の話だよ。

 今は人の気配がないみたいだが、建物の数からいっても、あの村にそれなりの人数が暮らしていたことは間違いない」


「じゃあ、彼らはどうやって暮らしていたのかしら。

 食料は?

 建物の資材は?」


「見たところ村の周囲には畑がない。

 もっともこの辺りは固まった溶岩流の上に大量の火山灰が堆積してできた地盤だ。

 始めから作物が育つような環境じゃない」


「ということは、食料も資材もどこからか運ばれているとしか考えられないでしょう」

「村から北へ延びる道にわだちがあっただろ?

 馬車か牛車かで運搬していると見て間違いないだろう」


「じゃあ、誰が物資を送っているかが問題となるわけだけど……」

「北には何がある?」

「帝国ね」


「そう。もともと清新派の奴らが追放されたのは帝国領だ。

 正規の旅券のない追放者はすぐに拘束されて取り調べを受ける。

 スパイの疑いでもかけられれば牢にぶち込まれて労働刑、そうでなければ奴隷として業者に払い下げられるのが常識だ」


「それが無事に王国内に戻ってきているのはなぜ?」

「当然、帝国の支援があったからだろうな」


「なぜ帝国はそんなことを?」

「奴ら、というより教団を率いていたアルケミスに利用価値があったと見るべきだろう。

 外法印による召喚技術や転送陣は、帝国にとっても魅力的だったろうからな」


「待って、確か帝国って魔法研究が盛んなところで、召喚士はいないって聞いたけど……」

「ああ、帝国じゃ魔導士が軍に組み込まれている。

 召喚術も言ってみれば魔法の一つなんだろうが、生まれついての才能と地の利という制限があるせいで王国以外じゃ発達しなかったんだ。


 ――確かに全国民を検査して年に十人足らずの候補生、それを十二年かけて育て上げても一人の国家召喚士が誕生すればおんの字というのは効率が悪いからな。

 だが、その代わり召喚獣の威力は凄まじい」


「確かに南進が悲願の帝国がわが国に手出しができないのは、四神獣のおかげだものね」


「……それなんだ」

 そこでゴーマは言葉を切って考え込む。


      *       *


「どうしたんですか?」

 エディスがきょとんした顔で尋ねる。


「効率よくオークを召喚して戦力にしたり、転送陣で軍隊を敵国の内部に送り込めるとしたら、帝国が飛びつくのも当然ですよね?」


「確かに戦術的には有効な技術とは言えるが、戦略的には四神獣の優位を覆せないだろう。

 そもそも何でオークに辺境を襲わせて手の内をばらす必要がある?

 実験をしたいのなら帝国内でやるべきだろう」


「そうね、そこが一番わからないことね」

 ユニもうなずく。アリストアに呼び出されて以来、そのことがずっと引っかかっていたのだ。

 もちろん、彼らはアリストアが同じ疑問に悩んでいたことを知らない。


「つまり帝国にはもっと別の目的があるということだろう。

 そこまで探ってこいとは、さすがに参謀本部も言わないだろうさ」

 考えたところで仕方がない。そういう顔でゴーマが話を打ち切った。


 だが、ユニは一言付け加えざるを得ない。

「参謀副総長殿は違うかもよ。やれやれだわ」

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