夢の誘い 二 イネ村行き
イネ村は親郷カイラ村の約二十キロメートル南東にある小村である。開村からは約二十年経っている。
ユニ単独であればライガの背に乗せてもらうので、あっという間に着く距離だが、今回はゴーマが一緒なので、カイラ村で
ゴーマの同行は、枝郷からの依頼に親郷常駐の召喚士であるゴーマが応じるのはよくあることなので簡単に許可がおりた。
牛車は貨物用ではなく一応旅客用なのだが、正直乗り心地は酷い。そのため、あまり速度は出せなかった。
ガラガラという騒音の中で、舌を噛まないように会話をするのは一苦労だ。
それでも見るべきもののない田舎道では、話をする以外に時間を潰す手段がない。
「そういえばイネ村って初めてだわ」
ユニは改めて意外に思う。彼女は主に辺境の南部地帯を縄張りにしていて、大抵の村は回っているはずだった。
「ねえ、イネ村からの依頼って少ないの?」
ユニは隣に座るゴーマに尋ねる。
「そういや、俺もカイラ村には十年近くいるが、あそこから依頼が来たという話は聞いたことがないな」
「よほど運のいい村なのね……」
オークの襲撃はわりと頻繁に起きる。一つの枝郷で年に一、二回はあるのが普通である。
親郷は大体五から十村の枝郷を抱えているので、辺境の召喚士たちは親郷を三か所程度巡回していれば、月に二、三件の依頼にありつける。
それで十分暮らしていくことができた。
「じゃあ、ゴーマもイネ村は初めてなの?」
ユニはゴーマを呼び捨てにする。「〝ゴーマ先輩〟は止めろ。ただのゴーマでいい」と彼から言われたのだ。
それに対してユニは「だったら〝ユニちゃん〟も止めて。ユニでいいわ」と主張し、互いに納得したのだった。
「いや、行ったことは何度かある。巡回があるからな」
親郷の雇う警備兵は、定期的に枝郷を巡回して治安の維持にあたる。
村の中でも犯罪は皆無ではない。
軽犯罪は村の内部で処分が下されるが、殺人などの重罪や、野盗など取調と裁判を要する場合は、犯人は村牢に収容され、巡回してきた警備兵に引き渡して親郷に連行されるのだ。
「へえ、どんな村なの?」
「そうだな……防壁は土壁じゃなくてまだ木の柵だから、村の防備は薄いかな。
あまり土壌には恵まれてないが、近くにいい水源があるんだ。
湧き水でできた沼からきれいな水を引いているから日照りの被害があった年でも安定した収穫をあげられるのが強みかな」
「薬師は知ってるの?」
「会ったことはないが話は聞いている。確か女性のはずだ。
医者なんかいないから、村の連中から頼りにされているようだったな」
「そんな人を護衛しろだなんて、ますますわからないわ。
……あら、いらっしゃい」
ゴーマの肩から下りてきたエルルが退屈したらしく、ユニの膝の上に乗ってきた。
ひっくり返って腹を見せると「さぁ、撫でろ!」とでも言いたげに、猫のようにノドを鳴らしている。
「まあ、俺がその薬師さんを護衛して、ユニがオークを探し出せばいいってことだろう」
自分の幻獣がほかの召喚士に甘えているので、ゴーマは少し複雑な表情でいる。
『ねーねー、ユニ
『ねー』
牛車の横にジェシカとシェンカの姉妹が並びかけてきた。どうやら彼女たちも退屈したらしい。
「んー、あんたち飽きた? どうしたのよ」
『ユニ姉はどうして人間なのー?』
『あたしたちの姉さんなのになんでー?』
ユニはがくりと頭を垂れた。この子たちにはどう言ったらわかるのだろう。
「そりゃあねぇ……。あたしは生まれた時から人間だから仕方ないわね」
『じゃあ、いつオオカミになるのー?』
『いつー?』
「まぁねー。あんたちとは四六時中一緒にいるから、そのうちオオカミになれるかもねー」
『だよねー』
『そだよねー』
姉妹は嬉しそうに尻尾を振りながらうなずきあう。
『でね、あたしたち、さっきユニ姉がどっからオオカミになったらいいか、議論してたのー』
『きわめて有意義な討論だったー』
「どっからって?」
『うん、あたしはまず尻尾が生えるのがいいと思うのー』
『えー、耳から生えるのが正しい順番だと思うのー』
「あー、なるほど。あたしは少しずつオオカミになっていくのね」
仔オオカミの時からの付き合いなので、ユニには姉妹の思考がすぐに理解できる。
『そー、ユニ姉は初心者だから、ちょっとずつなのー』
『千里の道も一時停止からなのー』
「そうねー、耳はかわいいっぽいけど、やっぱりオオカミっていったら尻尾かしらね……」
『ほらー!』
『ぶー!』
『やっぱ尻尾だよねー。そしたらズボンはかなくていいのよー』
『おパンツもー』
「ちょ、ちょっと、なんでそうなるのよ!」
『だって、尻尾生えたらズボンはけないよー』
『おパンツもー』
『そしたらユニ姉のお尻の匂いもかげるしー』
『あー、それいいねー』
ユニの頭の中に、下半身すっぽんぽんで尻尾をふりふりしながら、お尻の匂いをオオカミたちに嗅がれている自分の姿が一瞬浮かんだ。
「……やっぱ、耳でいい」
隣に座っているゴーマにはこの会話が聞こえていないが、目に見えてユニが消耗していることだけはわかった。
「おい。大丈夫か? かなり疲れているようだが」
「ええ、まぁ……」
その時ジェシカたち姉妹の反対側からライガが近づいてきた。
ユニがさっきまでエルルのことを構っていたのを知っているのか、実に不機嫌そうな顔だ。
『おい、じゃれるのはその辺にしておけ。そろそろ村が見えてきたぞ。
さっさと支度をしろ』
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