慣れない現実
チュン、チュン、チュン。
ジリジリジリジリジリ!
うげ! うるさいなぁ。
ぶっちゃけ、小鳥のさえずりだけで十分だよ。
それも若干聞こえていたから、お前の力を借りなくても全然起きたし。
さて、朝にはなったけど、別に何かが変わってる感じはしないなぁ。
というか俺が変わってたら、大変だしな。
問題は周りが変化しているかどうかだし。
とりあえずいろいろ考えてもしょうがないので、早く起きることにしよう。
俺はゆっくりと体を起こす。ついでにつけたままだった手袋も外す。
手袋のおかげで手がとても温かい。本当にありがとう、摩夕。
俺は手袋をそっと自分の机の引き出しに入れた。
さて、今日も鏡をチェックしよう。
そういえば、昨日はチェックしてなかったような。
あれだけいろんな事があれば、忘れることだってあるだろう。
ついでに言うと、昨日はヒロちゃんがいなくなった日。
そんな悲しい出来事があれば忘れることだってあるよな。仕方ない、仕方ない。
さて、と。今日は大丈夫かな?
……うん。大丈夫そうだ。
今日という日にレス病に感染するとか、本当に笑えないもんね。
というか、そもそも今日を大事な日としているけど、本当にレスウイルスは消滅したのかな?
あまりにも変わってないから、実感が湧いてこないなぁ。
その影響でこのガスマスクも取る勇気が出ないし。
しょうがないから、とりあえずいつものように過ごすか。
そうすればそのうちわかってくるだろ。
俺はさっそく一階へと下りて行った。
「あら、おはよう」
「おはよう、ばあちゃん。どう? 昨日は寝れた?」
「うん? ばっちり眠れたよぉ~」
「そっか。あんまりばあちゃんは今日のこと気にしてなかったの?」
「別に~。いつも通りだと思ったから、特に考えてないよ~」
「ははは、そうなんだねぇ」
ぶっちゃけ年を重ねると、大きな出来事でも冷静に対処することが出来るようになるのだろうか。
それとも俺を落ち着かせようとしているとか。
どちらにしろ、落ち着けてるのでいいんだけどね。
「そういえば摩夕はどうした?」
「うぅん? まだ起きてきてないねぇ~」
「そうなんだ。昨日は夜までしゃべってたから、疲れちゃったのかな?」
「へぇ。昨日は二人でしゃべってたのかい? 珍しいねぇ~」
そっか。ばあちゃんは、昨日のやり取りについて一切知らないんだな。
「あんたたちは仲が悪そうだったから、そういうことを聞くと安心するよ~」
「そんな……。ものすごく仲良くなったわけじゃないよ」
「そうかい? でもばあちゃんは二人のことがたまに心配になるんだよ。あんまり話さないからねぇ」
「そ、そう?」
意外な展開に驚く俺。
というか、やっぱり心配されていたのか。
「だ、大丈夫だよ。昨日はたっぷり話せたからさ」
「それなら良かったよぉ~。おばさんは仲良くして欲しいからねぇ~」
「ははは。それはどうもありがとう」
これからは無駄なことで摩夕と争うのは控えることにしよう。
余計なストレスは与えないに限る。
それこそ三日前のように、突然倒れてしまったら大変だ。
ばあちゃんに長生きしてもらうために、俺も振る舞いには気をつけなくては。
「さて、それじゃあご飯にするかねぇ」
「そうだね。俺も今日、学校だし」
そう思って食卓についた時だった。
ダン、ダン、ダン、ダン!
ダン!
猛ダッシュで一階まで下りてきた。
いつもよりも大きな音であった。
「あら。おはよう、まよちゃん」
見ると摩夕は顔を手で覆い隠している。
「おはよう。まよ」
俺とばあちゃんがいつもの様に挨拶をする。
次の瞬間、摩夕は隠していた顔を見せてくれた。
「おっはよーー!」
俺はその表情を見て、そしてしっかりとした声を出した時、確信した。
「あぁ! まよちゃん。戻ったんだねぇ~」
「うん! ちゃんとしゃべれるようになったよー!」
摩夕は、あ、い、う、え、お、ときちんと発音した。
治ったことをより印象付けている。
ついに失ったものを取り戻せたのだ。本当に良かった。
その後も摩夕はしばらく続けていたが、俺はた行の辺りで長くなると思ったので止めた。
「ちゃんと治ったか見たいから、口を開けてくんない?」
俺はしっかりと現実を見たかった。
「うん。いいよー。あーん」
摩夕は遠慮することなく、口を開けてくれた。中を見ると、そこには驚くような光景が広がっていた。
完全に元通りになっていたのである。
一週間前、まったく無くなっていた歯は、すべて元通りになっていた。
これなら普段と同じように話すことも、食べることも、力を入れることも、問題なく出来そうである。
歯茎のところも、しっかりと復活している。
これで歯が取れてしまうなんてこともないだろう。
「良かったねぇ~。これで今日から学校に行けるねぇ~」
「うん! やった、やったー!」
大喜びする摩夕を見て、俺も本当に安心した。
「でも、一応ニュースを見てみようかねぇ」
ばあちゃんはそう言ってテレビをつける。やっぱり確認は必要だ。
「速報です。本日未明にレスウイルスが完全消滅したと、厚生労働省が発表いたしました。繰り返します。厚生労働省が本日未明に、レスウイルスが完全消滅したと発表いたしました」
一見すると、ニュースキャスターも少し嬉しそうに見える。
その表情と摩夕の現状が、完全に戻ったという証明になる。
本当に良かったぁ。
「それじゃあ、これを取っても、もう大丈夫だねぇ~」
ばあちゃんはそう言ってガスマスクを外す。
よく見りゃニュースキャスターの人も、もうガスマスクなんてしてないじゃないか。
「よっしゃー! こんなものもう着けてらんねーよ!」
俺は豪快に投げ捨てた。
それぐらい苦しかったんだからな、いろいろと。
「おばあちゃん、早く朝ご飯にしようよー。今日は目玉焼きが食べたいんだー」
摩夕は声を弾ませている。
昨日の手袋をつけた時のことを少し思い出した。
摩夕がおばあちゃんのご飯を食べるのは、久しぶりだ。
もちろん病気の間も食べてはいたが、いつもとは違うので、食べているようで食べてはいなかったと言える。
俺も冷静に摩夕の身になった時に思う。
離乳食ばっかりは、やっぱり嫌だ。
「そうだねぇ~。それくらいならすぐに作れるから、遅刻はしないだろうし、やってあげるよぉ~」
「やったーー!」
「やったーー!」
あまりに嬉しかったので、俺も一緒になって喜んでしまった。
でも、それくらいばあちゃんの作るものは何でも美味しいので、嬉しくもなってしまう。
これでようやく普通の生活ができるんだなぁ。
「今日から学校、行けるよね?」
「そうだねぇ~。大丈夫なんじゃないかねぇ~」
「やったー! 久しぶりに放課後、誰かと遊んでこようかな?」
「でも今日はやめておきなさい。迷惑をかけないように、さ」
「そっかぁ。わかった。今日は我慢するー」
しかしこれだけ普通に戻ると、かえっていろいろと怖いなとも思う。
それこそ俺も、普通の生活に戻さないといけないわけだしな。
ちなみにレス病の決まりとして、レス病が治った場合やウイルスが終息した場合は、その日から学校や会社に行けるようになっていた。
だから摩夕が本日登校することには、まったく何も問題はないのだ。
「よし。できたよぉ~」
「ありがとう。おばあちゃん」
ばあちゃんは俺らと話している間にも、料理を作っていた。
だからなのか、あっという間に出来てしまった。
目玉焼きなので、早いのは当たり前なのかもしれないけど。
「いっただきまぁす」
愛しの我が妹の大きな声を聞くと、俺も元気になった。
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