実感する現実の日々

「ごちそうさまぁ」


 朝ご飯はあっという間に平らげてしまった。

 美味いんだもん。しょうがない。


「じゃあ、行ってきまーす」


 摩夕は俺よりももっと早かったので、先に出て行ってしまった。

 元気になったらあれだけ変わるんだなぁ。

 人ってすごいな。


「ほら。あんたも早くしないと、学校に遅れちゃうよ~」


 ばあちゃんの言い方は、たまに危機迫るように聞こえることがあるので、少し怖い。

 そのせいで、もう時間がないように思えてしまった。


「そうだ! 急がなきゃ」


 俺は急いで支度をして、玄関まで着いた。


「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃ~い」


 ばあちゃんのいつもの声に見送られて家を出た。



 この日は快晴だった。

 そのおかげでどこまでも澄みきった青空が、より鮮明に見えた。

 あそこの建物はおそらく壁を塗り替えたのだろう。

 壁の白がよりはっきりとしていたから。

 稲穂の実った色が鮮やかに映っている。

 ビニールハウスの中の葉の緑がはっきりとしていて、さわやかな秋を演出させている。

 その中でさらに鮮やかな赤を放つトマトが、今年が平和であることを表しているように見える。

 もちろん俺にとっては平和ではなかったわけだが、植物にとっては天候不順などもなかったわけだから、何も問題はないというのはわかる。

 ただガスマスクを外すと、こんなにも気持ちがいいものなのだと実感できる。

 こういう風景は本当に久しぶりだ。

 今まではどれも黄昏色に見えるという非現実的な状況が続いていたから、とても新鮮に見える。

 弊害として、少しだけ慣れるのに時間がかかるかもしれないが、ゆっくりと普段通りに戻して行くことにしよう。



「……あ!」


 そんな道中、俺は声を漏らさずにはいられない状況になった。

 目の前を歩いているあの学生。

 あの後ろ姿は、間違いない。

 どこまでも冗談がきついやつめ。

 本当に心配したんだからな。


 ドン。


 俺は目の前を歩く学生の男の肩を力強く叩いた。


「よっ!」


 俺はそれなりに大きな声を出す。


「……何ですか? いきなり」


 学生は怪訝な目でこちらを見ている。

 いや、その反応はおかしいだろう。


「何言ってんだよ。無事で嬉しかったんだぞ、ヒロちゃん」

「ヒロちゃん……? 誰と勘違いしてるんですか? 人違いですよ」


 この頃には冗談だろうと思いつつ、俺は少しずつ自分を疑い始めていた。

 この髪型、この容姿、この表情。

 ……えっ? ヒロちゃんじゃないのか。


「とにかく僕はあなたのことを知らないので、先に行きますね」

「す、すみません」


 俺はものすごく恥ずかしくなった。

 本当に早とちりだったのか……。

 俺は目の前の学生が次の角を曲がるのを見送った。

 幸い彼は右に曲がったが、俺は左に曲がるので同じ道ではない。

 俺は急いで左に曲がり、少し小走りで学校へと向かった。


 ドン!


 俺がさっき叩いた時よりも、だいぶ強く肩を叩くやつがいた。


「おーっす! 久しぶりだな!」


 見るとさっき肩を叩いたのとまったく同じやつだった。


「なんだよ! さっき俺が声掛けたのに。わざとしらばっくれたろ!」

「知らないよ~。それは俺のドッペルゲンガーじゃねえの」


 嘘つけ!

 何でこいつはこうやってすぐに嘘をつくのか。

 ……と言いたいところだけど、一回死んだと思ったからそれもあり得るのか。


「とにかくなぁ。俺はなぁ」

「なんだよー」


 学生。いや間違いなくヒロちゃんだと思われる人物は、待ち構えている。

 この予想されてる感じ、すごく悔しいけど……。


「心配したんだからな!」

「よっしゃ! よく言った!」


 ギューーーー!


 ヒロちゃんは俺をしっかりと抱きしめた。

 この抱擁感、本当に懐かしく感じる。

 ただヒロちゃんは加減というものをあまり知らない。

 苦しいからもうやめて。


「ははは! いやー、ビックリしたよ。あの日のことはよく覚えてないんだけど、なんか母ちゃんはいきなり倒れたから死んだと思ったって言っててさ。そんなわけないのによー」


 いきなり倒れて、死んだと思わないやつがどこにいるんだよ。


「俺はそんなことでは死なないし、まだまだ死ねないね。やりたいこと、まだまだあるし」


 本当に元気なやつというのは困る。

 これだけ心配してるのに、笑ってられるんだから。

 そう思いながら俺もクスクスと笑う。

 この笑いはおそらく安心によるものだろうな。

 そう。ヒロちゃんは生きていたのだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ほら。これを見て」


 ――!

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 それを知ったのは昨朝だった。

 俺はまだその時は死んだと思っていたのでひどく落ちこんでいて、適当にニュースを見てから、そのまま学校に向かおうとしていた。

 そんな時にいきなりばあちゃんに呼び止められて、テレビを見るように強く促された。

 ばあちゃんがそこまで言うのは珍しいので、どうしたんだろうと思って見に行くと、そこにはハートレス病にかかった人が復活した姿が映っていたのだ。

 俺はすぐにテレビにかじりついた。

 そもそもハートレス病にかかったら死ぬはずでは?

 何か生き返るような魔法の薬があったのか?

 いろいろな憶測が頭の中を駆け巡ったが、理由を聞いた時にハッとした。

 結論から言えば、俺も皆も、勘違いをしていたのだった。



 レス病は発症した時にその体の部位が消えるのだが、それはウイルスが付着している時に限られるため、ウイルスが消滅すれば完全に元に戻る。

 そう。完全に元に戻るのだ。

 それはつまり、レス病に感染して無くなってしまったとしても、それは一時的なものでウイルスが消滅すればどんなものでもすぐに出現し、正常通りに動き出すということになる。

 だからハートレス病になってしまったとしても、心臓が再び出現すれば、いつものように動き出すということになるので、死ぬということはないのだ。

 そういえば摩夕がデントレス病になった際に、医者も言っていた。


「大丈夫ですよ。レス病はその最大の特徴として、治った時に完全に元に戻るというものがある。だから歯茎が現れたと同時に、新しい歯も生えてくるんですよ。現に歯茎を無くした方が、病気を完治させた時に歯がすべて元に戻ったというケースが届いておりますので、おそらく大丈夫でしょう」


 この言葉が正しいのであれば、それはどこであっても言えることなのである。

 例え心臓であったとしても、だ。



 俺はこの事実を知ってから、すぐにヒロちゃん家に電話をかけた。

 というのも元通りになるとは言え、その元に戻るための体がなければ意味がない。

 心臓だけが動いているという、妙な状況になってしまうからだ。

 そのため、もしも火葬をしてしまったら、それこそもう生き返ることは本当になくなってしまうのだ。

 それは絶対に防がなくてはいけないので、急いで電話をして止めようとしたのだった。

 幸いヒロちゃんの体は家に安置している時だった。

 当時のヒロちゃんの家族は皆、亡くなったと思っていたようで、葬儀の日程も決めようとしていた時だった。

 俺は必死で状況を説明して、そのまま体を残しておくようにお願いをした。

 家族の人たちは、生き返るのであればという思いで残すことを決めたのだった。

 後は明日を待つだけ。

 テレビや医者の発言から、おそらく大丈夫だろうと思っていた。

 実際生き返ったという人が、インタビューをしているわけだから。

 しかし昨日はドキドキが止まらなかった。



 そしていざとなって会ってみると、やっぱり変な感じだ。

 一度は死んだと思って、一昨日はずっと泣いていたので、損したなと後悔もしている。


「さぁー! 早く学校に行こうぜー!」


 こういう声を聞くと、心配していたのが余計にバカバカしく感じる。

 この元気さ、一度死んでしまったやつとは本当に思えない。

 むしろ、もっと元気になったような感じさえする。

 またうるさいのに付き合わなくちゃいけなくなっちゃったな……。

 そんなことを思っていた俺は気付いた時、笑っていたのだった。

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