身にしみる夜
「ほふぁん(??)」
「うん?」
摩夕がご飯の方を指さしている。
「ほふぁん、はふぇはふぁ(ご飯、食べたら)」
「……そうだな。飯、食べるよ」
俺はゆっくりと布団から起き上がった。
さっきまで悔しがっていたせいか、布団の一部が破れていた。
念のため携帯を確認する。
……やっぱり返信はない。
いろんなことを思っていたせいか、体が少しフラフラする。
それでも何とか自力で歩いて行き、机に座った。
目の前にはばあちゃんが作ってくれて、摩夕が持って来てくれた晩ご飯が置いてある。
少し冷めているかもしれなかったが、まだわずかに湯気は立っていた。
「いただきます」
俺はゆっくりとご飯を食べる。
やっぱり美味しい。
「ふぁはひ、ほふぉひぃひふふぇ(私、ここにいるね)」
摩夕がもう一つあるイスを持ってきて、俺の隣に座った。
病人に心配してもらってることほど情けないことはない。
でも今は抵抗出来そうにないので、黙々と食事をするしかない。
摩夕からの視線をものすごく感じながら、俺は食事を続けた。
摩夕はその間、俺に話しかけたりはしなかった。
理由がなければ当然だろうが、そのせいで俺の食事をする音だけがする。
ものすごく食べづらいな。
「へぇ(ねぇ)」
摩夕から突然呼ばれた。
「ふぁひぃは、はっふぁほ? (何か、あったの?)」
心配している表情を見ると、ようやく気がつく。
「ちょっと……、待ってくれないか?」
「ふん(うん)」
正直まだ一歩を踏み出せないでいた。
この真実を伝えるのは、たとえ家族であっても容易ではない。
ただ、せめて食事中は勘弁していただきたい。
食事をし終えたら話すから。
……多分、話すから。
ただそんな逃げ道を作ったとしても、その時間はやがて終わってしまう。
食事の時間が終了したのだった。
何というか、それを認めるのが嫌だったから、ごちそうさまを言えなかった。
言ったらその時点で、摩夕に真実を話さなければならないと感じたから。
「はふぇほふぁっはほ? (食べ終わったの?)」
摩夕が俺の顔を覗き込んで聞いてきた。
隠そうとする間もなく、あっさりバレてしまった。
「う、うん」
仕方なく認めた。
「ひゃあ、はふぇふへ(じゃあ、下げるね)」
「いいよ。自分でやるから」
また変なプライドが邪魔をする。
摩夕に持って行ってもらえば、一人での時間を過ごすことが出来た。
それに、黙って部屋に鍵をかけることも出来たはずだ。
しかしこれ以上摩夕を傷つけてしまっては……、と思うとそれを否定するしかなかったのだ。
「へぇ。ふぁひぃは、はっふぁほ? (ねぇ、何か、あったの?)」
摩夕は相変わらず興味津々の様子を見せている。
これについては、少しは察して欲しいけど事情がわからないのでは仕方がない。
「あのな……」
俺はようやく話す決心をした。
「友達のヒロちゃん、いるだろ?」
「ふん(うん)」
摩夕はヒロちゃんのことを知っている。
たまにウチに遊びに来るので、摩夕も顔を見ているのだ。
「あいつがな……、あいつが……」
「ひふぉひゃんが、ふぉうひふぁほ? (ヒロちゃんが、どうしたの?)」
「あいつが……、うっ……」
ダメだ。嫌だ。
やっぱり認めたくない。
あいつはまだ生きている。
俺が見てない以上、絶対に認めたくはない。
死んでなんか絶対にいない。
でもメールの返信はない。その事実は今でも変わらない。
それが証拠として残っている。
そう思うと……、やっぱりもういないのか?
うっ……、ぐっ……。
涙があふれてきた。どうしようもなくあふれてきた。
妹の前で泣き顔は見せたくない。そんな弱い姿は見せられない。
俺は必死で顔を隠した。
摩夕に見えないように、必死で突っ伏して声を殺して、静かに泣き崩れた。
すると突然、その突っ伏した背中に何かが触れる感じがした。
俺はすぐにその正体がわかったので、震えを抑えようとした。
「ふぁいほうふふぁひょ。ふぁいほうふふぁひょ(??)」
その触れた手をそっと動かしながら、優しく声をかけてくれた。
「ほうはっふぁんはへ(そうだったんだね)」
摩夕は何かを感じ取ったようだった。
「ふふぁはっはへ。ふふぁはっはへ(辛かったね。辛かったね)」
あまりにも優しく慰めてくれるので、俺は顔を上げて摩夕の方を見上げた。
摩夕も悲しい表情をしている。
俺の気持ちに寄り添うような感じで、俺と同じように悲しい表情をしている。
確かに摩夕もヒロちゃんと遊んだことはあるが、そこまでショックを受ける必要のないことだと思っていた。
「ベ、別に。お前にはあんまり関係のないことなんだから、気にしなくていいんだよ」
だからこんな風に強がったような言い方をしてしまう。
今は一人になりたいのだ。
「ふふぁはっはへ。ふふぁはっはへ(辛かったね。辛かったね)」
それでも摩夕は、俺のところから離れようとはしなかった。
どうして? どうしてそこまでして――?
「ふぁいほうふふぁひょ。ふぁいほうふふぁひょ(大丈夫だよ。大丈夫だよ)」
そんな俺のことは構わずに、摩夕は慰め続けている。
だからどうして?
「ふふぁはっはへ。ふふぁはっはへ(辛かったね。辛かったね)」
だから……、どうして?
「ふぁいほうふふぁひょ。ふぁいほうふふぁひょ(大丈夫だよ。大丈夫だよ)」
だから……。
「ふふぁはっはへ。ふふぁはっはへ(辛かったね。辛かったね)」
「う……、うぅ……、うわあああああああああん!」
泣かずにはいられなかった。
ようやく自分の本当の気持ちが出てきたのだった。
本当はこの気持ちを誰かに伝えたかったし、誰かに慰めてももらいたかった。
それで自分の気持ちが完全に満たされるわけではないし、ヒロちゃんも返ってはこない。
でもこのまま一人にされるのは、やっぱり嫌だった。
ヒロちゃんのいる天国に行きたいとか強がっていたけど、本当は死ぬのが怖い。
それにばあちゃんや摩夕に会えなくなるのは、絶対に嫌だ。
そうして自分の気持ちを隠して、また周りに迷惑をかけてしまう自分が、本当に嫌いだ。
そして妹に慰めてもらっているのは、すごく恥ずかしい。
でも……。
「ふぁいほうふふぁひょ。ふぁいほうふふぁひょ(大丈夫だよ。大丈夫だよ)」
誰かの優しさに触れられるのは、やっぱりホッとする。
それが妹であるならば、なおさらだ。
俺が乱暴に振る舞ったにもかかわらず、ここまで相手をしてくれてありがとう。
そして迷惑をかけて申し訳ない。
「ふふぁはっはへ。ふふぁはっはへ(辛かったね。辛かったね)」
「ふぁいほうふふぁひょ。ふぁいほうふふぁひょ(大丈夫だよ。大丈夫だよ)」
俺はこれらの感情とともに、その日は泣き続けることしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます