認めたくない現実
俺は自分の部屋に入るなり、適当にかばんを投げ捨てた。
そしてベッドにゆっくりと体を傾けて、そのまま落ちて行った。
いつもの部屋の感じだし、ベッドに入ればいつもの匂いがする。
でも自分の部屋に戻ったところで、俺の気持ちはちっとも落ち着かない。
少しは安定するかと思っていたが、そんなわけがなかった。
とにかく時間を引き戻せるなら引き戻したい。
死ぬ可能性があるということを、早めに知っておくべきだった。
その危険性を、もっとしっかり頭に入れておくべきだった。
少しでもレス病になったら面白いことになるかもと思った自分が、本当にバカだった。
ヒロちゃんがガスマスクをふざけて取ろうとしていたのを、もっと強く注意すれば良かった。
考えれば考えるほど、後悔の念が出てくる。
そしてそれが原因で、友が死ぬことになってしまったかもしれない。
そう思うと、本当に謝っても謝りきれない。
そして今、自分が生きていることに対して罪悪感も出てくる。
一体どうすれば……。
……いや、そもそも本当に死んだのか?
確かに学校で噂は流れたが、俺が自分の目でヒロちゃんが死んだのを見たわけではないじゃないか。
もしかしたら気のせいだったかも知れない。
もしかしたらドッキリかもしれない。
道で会えなかったけど、それはただ家で寝ていただけだったからかもしれない。
そうだ。ヒロちゃんにメールを打ってみよう。
それで返ってきたら、今回の噂は真っ赤な嘘になる。
あいつには今まで、散々嘘もつかれてきた。
それなら今回のことも、嘘である可能性は十分あり得る。
よし。携帯、携帯、と。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
よっ。元気にしてるか?
今日は珍しく俺の方から誘ってみたぞー
もし良かったら明日どっか遊びに行かないか?
最近遊んでないからちょっと遊びたいと思ってな
学校は別に一日くらい休んでも問題ないでしょ
久しぶりにカラオケでもボーリングでも焼き肉でも行こうぜ
OKだったら早めに返事をくれよ。予定を入れなきゃいけないからな
じゃあ、待ってるぜ!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
送信、と。よし。
これで返信があれば、ヒロちゃんが生きていることの証拠になる。
後は、気長に待つだけだ。
それまでの間、寝て過ごすとするか。
じゃ、お休みー。
……。
……。
……全然寝れないな。
おかしいな。
昨日あんなに遊んで疲れてるんだから、寝れるはずなのにな。
あれからまだ、五分しか経ってないのか。
でもヒロちゃんなら早いから、もう返信があってもいいはずだよな。
……ちょっと携帯を見てみるか。
返信は……、まだない、か。
でも少し遅れてるだけだろ。
俺だって忙しくて数分放置したこともあるしな。
しばらくしたらきっと返信が――。
あれからずいぶんと時間が経った。
返信は……、ない。
やっぱり、ない。
なんだよ……。
まさかホントに死んじまったんじゃねーだろうな。
そんなの俺は――。
俺は絶対に許さねえぞ。
あの日俺を無理やり起こしたこと、まだ微妙に怒ってるんだからな。
お前にはそれ以外にも、借りを返したいことが山のようにあるんだぞ。
それを差し置いて、勝手に逝くなんて――。
まだお前とはいっぱい遊びたいんだよ。
まだお前とはいっぱいバカをしたいんだよ。
まだお前とはいっぱい他愛のないことで盛り上がりたいんだよ。
まだお前とはいっぱい一緒の時間を過ごしたいんだよ。
だから……、だから……、俺を置いて勝手に逝くんじゃねーよ。
お前がいないと、学校に行った気にならないんだよ。
ちっとも遊んだ気にならないし、ちっとも楽しくねーんだよ。
もっと俺にいじらせてくれよ。
もっとあの大声を俺に聞かせてくれよ。
そしてあの笑顔と元気な姿を、もっともっと見せてくれよ。
うっ……、うぅ……、ぐっ……、くっ……、くそ……。
コン、コン。
突然のノックに俺は慌てた。
誰かが心配でやって来てくれたのだろうか?
ぶっちゃけ今は出たくなかったので、無視をしよう。
コン、コン。
「へぇ(ねぇ)」
ドアの向こうから、可愛らしい声が聞こえてくる。
いろんな意味で、今の俺にとっては、都合の悪いやつがやって来てしまった。
ばあちゃんだったら、放っておけば下りていくだろうと考えていたけど、摩夕では――。
しかし摩夕とは昨日遊んであげていたため、お礼をしに来た可能性もあるかもしれない。
だとすればそれを無視してしまうのは、あまりにもかわいそうだ。
状況が状況であることは確かだが、摩夕はその事を知らないので、ここにやって来るのは当然である。
もちろんドアを挟んで返事をして、下りてもらうことも出来るが、諸事情をすべて話すことは出来ない。
だとすれば、仕方がない。
コン、コン。
「へぇっふぇふぁ(ねぇってば)」
「開いてるよ。どうぞ」
そう言うとドアが開き、摩夕が入ってきた。
両手でお盆のような物を持っている。
あれは……、ご飯だ。
「ほふぁんはひょ(ご飯だよ)」
そういえばもうそんな時間か。
メールを待ち続けていたら、だいぶ時間が経ってしまっていた。
「ほうふぉ(どうぞ)」
摩夕は俺のベッドの横の机に、ご飯を置いてくれた。
ごめん。
その優しい顔を今は見たくないんだ。
「ありがとう……。適当に食べとくから、戻っていいよ」
俺は少し突き放すような言い方をした。
大変に失礼だということはわかっている。
でも今はこういう言い方しか出来ないほどになっていた。
「へぇ(ねぇ)」
しかし、摩夕はまだここにいようとしている。
なぜだ? なぜこの状況で?
「ふぁひぃは、はっふぁほ? (??)」
はぁ!?
何言ってんだか、全然分かんねーよ!
お前は歯がないんだから、無理に俺とコミュニケーションを取ろうとするな。
「へぇ。ふぁひぃは、はっふぁほ? (??)」
だから、わからないっつってんだろ!
どうせばあちゃんに食事を持って行くように言われてきたんだろ!
だったら役割を果たしたんだから、早く帰れ!
「へぇ。ふぁひぃは、はっふぁほ? (??)」
「うるさいな!」
ついに声に出してしまった。
もう我慢の限界だった。
ちょっと強く言ったせいか、摩夕は明らかに縮こまっていた。
その表情を見て、少し我に返る。
いろんな思いが駆け巡り、黙りこくってしまう。
摩夕は少々泣きそうになっていた。
普段は俺に何か言われても、反抗するほどの力があるような子なのだが、やっぱり今はそんな力はないのかもしれない。
もちろんその顔を見れば謝るのが当然だろう。
しかしそんな気持ちも、今の俺には残ってはいなかった。
それこそまた怒りの矛先を摩夕に向けてしまうかもしれない。
そう思うとなかなか一歩を踏み出せない。
俺は、何とも弱い人間だと思った。
「へぇ……。ふぁひぃは、はっふぁほ? (??)」
それでも摩夕はめげずに俺のことを心配してくれた。
この表情を見ると、余計に申し訳なく思う。
「まよ……。ごめんよ」
俺がやっと出せた言葉だった。
声が出せない妹よりも出せないなんて、情けない。
「ふぁいほうふふぁふぉ(大丈夫だよ)」
またこうしてすぐに優しくされてしまうのも、また情けなく思う。
こうなってしまった以上、今出来ることは、摩夕に真実を伝えることだけかもしれなかった。
「へぇ。ふぁひぃは、はっふぁほ? (ねぇ、何かあったの?)」
どうやら摩夕も、そのことを俺に聞いているようだった。
これだけ突き放したにもかかわらず、本当に優しいやつだ。
でもどこかで、話したくない気持ちもあった。
変にプライドがあるのか。それとも話したところで、ヒロちゃんが返ってくるわけでもないので、意味がないと思っているのか。
それとも別の――。
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