元気過ぎるのはいかがなものか?

「いやー。良かったなー」


 教室に着いていきなり声をかけられる。ヒロちゃんである。


「何がだよ?」


 テンションがテンションなので、少しうざったい。

 俺はあえて知らないふりをしている。


「朝のニュース見ただろ。レスウイルスがもうすぐ無くなるっていうニュースだよ」


 やっぱりか。


「本当に良かったよな。これでやっとこれを脱げるぜー」


 そう言ってヒロちゃんはガスマスクに手をかける。


「おいおい、待て待て! まだウイルスは蔓延してるんだから、ガスマスクは外しちゃダメだろ」

「えー、大丈夫だろ」


 何でこいつはいつも元気なんだろうと毎度思う。

 もちろん今日元気なのは、なんとなくわかるけど。


「しょうがないなぁ。後、何日かわからないけど、我慢するか」


 ぜひそうしてくれ。

 それこそお前が何か無くしたら、それをネタにして俺を笑わせるに決まってるのは目に見えてるからな。


「でもやってみたいよなぁ。俺はのっぺらぼうだぞーって」


 ほら。こんな感じで。

 こんな元気なのっぺらぼうがいてたまるかい!



 俺は今日も、朝からいつものように適当に授業を受けた。

 というより、ウトウトしていた。

 そりゃそうだ。ここ最近妹の世話をしてるから、疲労困憊になっているのである。

 そんな状態なら、学校という場所はリフレッシュするのにもってこいだ。

 寝てたってバレなきゃ注意されないからね。

 ちなみにレスウイルスが流行り出してから、当校でもガスマスクが全員に配布されているので、全員が着用している。

 よって寝ていてもわかりづらいだろうから、俺にとっては大変な好都合だ。

 一応携帯持込可のため、摩夕やばあちゃんには、何かあったらメールをするように指示はしているけど……。

 朝の摩夕の感じであれば、緊急事態ということは起きないだろう。

 仮にそうなったら、理由をつけて学校をサボれる可能性もあるわけだし、何も無ければ寝ることも出来る。

 これ、最高じゃね?

 さっそく頭をリフレッシュしようっと。

 というわけで、おやすみー。











「ZZZ」











「……い」











「……? ZZZ」











「えい」


「んが? ……。ZZZ」











「えい!」

「いて!」


 俺は目を覚ました。

 何だよ、気持ち良く寝てたのに……。


「ははは。また寝てんのかよ!」


 俺はその声でハッとする。

 見ると先生がこちらを睨んでいる。クラスメイトたちはけらけらと笑っている。

 バレた。寝てるのがバレてしまった。

 原因はわかっている。目の前で高笑いしているやつ。

 例によってなんでヒロちゃんは、俺の一つ前の席なんだ!


「先生。こいつまた寝てましたよ。懲りないやつっすよね」

「あっ、いや、そんなことは……」


 言い訳しても無駄なのに、言い訳してしまう。

 その後しばらく待って状況が変わることを無謀にも願う俺。

 ――当然変わるはずもなかった。


「申し訳ございませんでした」


 結局こうするしかない。

 クラスメイト達は相変わらず笑っているが、そんなことはどうでもいい。

 今度は必ず、目の前の高笑いしたやつを思いっきり辱めてやる。

 そして逆に俺が大笑いしてやる。

 俺はある意味で、不毛とも言える闘志をメラメラと燃やしていた。



 そんなことばかり考えていると、あっという間に下校の時間になった。


「さーて、早く帰ろうぜー」


 今日も元気に、笑い時計が帰りの時間をお知らせしてくれている。

 それはありがたいが、起こしたことまだ怒ってるからな!


「何だよ。そんな顔して、まだ怒ってんのかよ」


 そうだよ! というかガスマスクで見えにくいのに、よくわかったな。


「いいじゃねーかよ。そんなこと気にしてたら、将来が暗くなっちまうぜ」

「お前が言うな!」


 ついに耐えきれずに、ツッコんでしまった。


「俺は疲れてるんだよ。妹がデントレス病になったの、知ってんだろ」


 摩夕が発症した直後に話しているので、覚えてないとは言わせない。


「覚えてるよ。かわいい妹ちゃんだったろうから、さぞかしショックだっただろうねー。かわいそうに」


 こんなこと言ってるけど、まったくそんな顔はしていないのがわかる。

 それにそんなに俺の妹はかわいくないし。

 そう。かわいくないし……。


「とにかく。まよの面倒を見るのが大変でかなり疲れてんの。だから少しは寝かせてくれよー」

「それは出来ない相談だな。学校は寝る所じゃないからな」


 それを言われると何も言い返せない。


「確かに今のお前は大変かもしれないけど、これから先、受験勉強が待ってるわけだから、そちらの方が大変だと思うぜー。その前の一つの試練だと思って頑張ったらいいじゃんか」

「それは……、そうだけど」

「とにかくくよくよしてても何も始まらないぜー。元気に行こうじゃあないか。はっはー」


 毎度思うが、こいつが落ち込むということはないのだろうか?


「俺だって今日、お前を起こすときは心が痛かったんだぜー。本当はこんなことしたくなかったしなー」


 嘘つけ! 本心楽しかっただろ!

 俺はこうやってお前に起こされたことが、一度や二度ではないんだよ。

 こんなに平気で嘘をつけるというのは、どういう神経をしてるんだろうか?

 うそつきは泥棒の始まりだとは言ったものだが、だとすればこいつは何回盗みに入ってるのだろう。

 はぁー……。

 何かいろいろ考えてたら、余計に疲れてきたな。

 もうめんどくさいし、本当にさっさと帰ることにしよう。



 今日も明るい夕陽に照らされながら、俺とヒロちゃんはいつもの道を歩いている。

 もう慣れた帰り道である。

 でもやっぱり慣れない。

 見える風景の色が少し変化してるというだけだが、まだ慣れない。

 ただ今さら慣れたところで、もうすぐこれも外すことになるわけだから、意味はないけどね。

 でもこの状況に慣れてきているというのは、もしかしたら良くないのかもしれない。

 それは今見える風景もそうだし、少し違った生活もそうだし。

 ――でも、そこまで深く考えても仕方のないことか。


「深く考えてもしょうがないんだからさ。今の状況を思いっきり楽しもうぜ! な!」


 そう言って俺の肩を強く叩くヒロちゃん。

 こういうことをされると、俺も妙に元気になったりするものだ。


「そうだな。俺も今の状況を楽しむよ」

「そう。そうこなくっちゃ」


 本当に、いろいろと感謝してるよ。ヒロちゃん。


「でも今日のことはまだ怒ってるからな。覚えとけよ」


 忘れたと思ったら大間違いだという話。

 でもヒロちゃんは相変わらず大笑いしている。

 こいつのメンタルは相当だなと、ある意味感心してしまうのだった。



 そんなことを思って歩いていたら、いつものT字路に着いた。


「じゃあ、また明日な」


 ヒロちゃんの元気な声が響く。


「おいおい。明日は日曜日だぜ」

「ははは。そうだったな。じゃあ、また明後日な」


 ヒロちゃんは元気よく走って行った。

 俺は特に走る理由もないので、ゆっくりと歩いて帰った。



 いつもの道だが、まだ慣れない風景の道を歩いて行く。

 それにしても妙にヒロちゃんの言葉が頭から離れない。

 確かに元に戻った時に、俺はその風景やら不便な生活から元に戻れるのだろうか?

 今の非常識な状況が常識になってしまうというのも、大変だと感じた。

 そんなことを思っていると、俺の家に到着した。

 俺はいつものようにカギを開ける。

 ガチャッ。


「ただいま」

「あら、おかえり~」


 相変わらずの口調のばあちゃん。

 その姿やゆっくりとした口調が、何も変わっていないということに安心する。


「があーー」


 俺に優しくなった摩夕。最近とは大きく変わったことに驚く。


「ふぉはふぇひー(おかえりー)」


 でもヒロちゃんのように、こうなってしまったことを楽しんだ方がいいのだろう。

 別に命の危険はないわけだし、過度に不安がる必要はないから。

 そんなことを思った俺は、自分の中に溜まっていた不安を吹き飛ばすように元気な声を出した。



「まよ、ただいまぁ!」

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