「よし、決めた!」


 こぶしを握った菜々美がいきなり大声を出したので、まだ青写真のような姿の祥平はびくりと跳ねた。


「なんだよ、いきなり。びっくりするじゃないか」


「私、ずっと崇人のそばにいる!」


「なんで。もう何もできないのに? 話しかけるどころか、触れることだってできないのに。決定的な片思いだろ」


 意地悪い笑みを浮かべながら、祥平が言う。すると菜々美はムキになった。


「だってもっと一緒にいたいでしょ! 崇人だってほら、あんなに悲しんでるじゃない」


「俺だって妹ともっと一緒にいたかったよ!」

 

 祥平が、怒りに顔をゆがませた。すると菜々美は首をひねる。


「だったら会いに行けばいいじゃん。ここで私に絡んでないで」


「……会いに行ったって、話せないし。ハグできないし。よけいにつらいだろ! しかも恋人といちゃいちゃしているところを見てしまったら……うわー! 想像したくもない!」

 

 すでに想像して身もだえする祥平に、菜々美は冷ややかな視線を送った。


「でも妹のそばにいることはできるじゃん。私に取り憑いてたって、なにも得るものはないでしょ? イライラするだけだよ」



「――確かに。……じゃなくて! 俺の存在意義は、お前を成仏させないことだからな! お前のせいで死んだってこと、忘れんなよ!」



「だから、成仏するつもりはないって言ってるじゃない。私は崇人と離れたくないんだから。だから、安心して、妹さんに、会いに行ってください」

 

 まるで幼児に言い聞かせるかのようにゆっくりと話す菜々美に、祥平は身体全体を真っ青に染めながら怒鳴った。


「嫌だ!」



「は? かわいい妹に会いたいんでしょ? 私は成仏しないって言ってるじゃん。だからときどき確認する程度でいいんじゃない?」



「だから、妹が恋人を連れ帰ったんだよ、金髪の!」



「えー、素敵じゃないですかー。私は崇人が一番だけど、でもそういうのもちょっと憧れちゃうな。ああ、でも英語苦手だから無理か」


 一人でぶつぶつ話している菜々美に、祥平は指を突き付ける。



「ふざけんなよ。代わりにお前が崇人にまとわりつくのを邪魔してやるからな」



「……なんでそうなるんですか。大人げない。私より、妹さんに近づく恋人の邪魔をすればいいのに」



「……あ。それもありだな」



「でしょう? もしかすると、霊感がある人かもしれないし。そしたら追い払えるかもしれないし! いってらっしゃい!」



「よし、行ってくる! くそー! あの金髪男を帰国させてやる!」



 菜々美は


(なにあれ。単純すぎる……。残念なイケメンか)


と思いながら、鼻息荒くさらに宙高く舞い上がった祥平に手を振る。


 自宅へと向かって飛んでいく祥平の身体は、少しずつ色を取り戻していた。




 やっと静かになったところで、菜々美は崇人のもとへ降りていく。


 彼の隣に座っているのは、桃香の同期の木島だ。ずっと俯いているから悲しんでくれているのだろうと思いきや、スマホを操作していた。イラっとして片手でそいつの肩を殴ろうとしたら、当然ながら腕は突き抜ける。しかし木島はぶるっと身震いし、辺りをきょろきょろと見回した。


(あれ? もしかして、何か感じてる?)


 調子に乗った菜々美は、雄太に向かってジャブを繰り出す真似事をした。

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