――だからといって、誰にも見えない状態で一人過ごすのは心細い。自分を恨んでいる相手であっても、そばに幽霊仲間がいるのは心強い……かもしれない。


そう考えた菜々美は、気を取り直して男に笑顔を向けた。


「とにかく、お前お前言わないで。私には菜々美って名前があるんだから。あなたは?」


また怒鳴りつけようとするかのように口を大きく開いた男だったが、そのまま大きく息を吸い込み、ぶっきらぼうに答えた。


「……工藤祥平」


「祥平ね、よろしく」


片手をあげて菜々美が挨拶すると、祥平は顔をしかめた。


「明らかに俺のほうが年上だってのに、いきなり呼び捨てかよ。常識なさすぎじゃね? さすが赤信号を無視するだけあるな」


バカにした口調に、菜々美もむっとする。


「だって死んだんだから、年齢なんて関係なくない? 幽霊一日目の同期でしょ」


その言葉にさらに表情をゆがませた祥平だったが、急に疲れたように片手で額を押さえ、宙に座り込んだ。


「お前と話していると、なんかものすごく疲れるんだけど。……性格悪いって言われないか?」


「別に。さばさばしてるって言われることはあるけど。ていうかね、すでにこの状況を飲み込めてるなんてすごいと思うわ。私、まだ信じられないもん。生きてるような気がするもん」


「……お前はそこにある遺影しか見てないからじゃね? 俺は自分の死体を見ちゃったからな。トラックの車体につぶされて、それはもう……」


「あれ? エアバッグは?」


訊ねる菜々美を、祥平は睨み付ける。


「大型トラックとぶつかれば、エアバッグなんて正直意味ないよね」


「そっか……。そのとき、私のも見た?」


「いや。跳ね飛ばされてけっこう遠くまで飛んでたし、俺はつぶれた自分の身体でもう頭ん中が真っ白だったしね。自分の死に顔を見るって、なんていうか……」


そう話す祥平の身体が、着ている服ごと青くなっていった。そこだけ青写真から抜き取ったように見えて、菜々美は首をひねる。


「幽霊でも血の気って引くの? なんか青くなってるけど」


「え? ……ほんとだ。なんだろう、これ」


「心霊写真の幽霊って白かったり青みがかってたりするから、そういう感じなのかな」


「絶望したり、恨む気持ちが強くなるとこうなるとか? ……だとすると、この状況で常にカラフルでいられる菜々美はある意味、すごいな」


「えー? そう?」


照れた様子を見せる菜々美に、祥平はため息をついた。


「褒めたつもりはないんだけど。……とにかく、お前が飛び出してこなければ、俺は自分の恐ろしい死に顔を見ることなんてなかったし、今頃かわいい妹と楽しく過ごせていたんだ。俺より先に成仏なんてさせてやらないからな」


そう高らかに宣言したとたん、祥平の色はさらに青くなった。


「私だって、まだ成仏したくない。崇人に未練がありすぎて……もう少し一緒にいたいし……」


俯いて肩を震わせている恋人の背中を見つめながら、菜々美はつぶやいた。

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