③
「俺の葬式もさっき終わったところだけど――あ、別の祭儀場な――俺はちっとも悪くないのにさ、なんか変な空気が流れてたじゃないか。お前はいいよな、普通に悼んでもらえて」
落ち込む菜々美に、男は恨みがましい言葉を投げかけた。
「……そんなことを言われても……」
「俺としてはお前が憎くて仕方ないんだから、いつまでも悲劇のヒロインぶってんなよ。ちゃんと信号を確認してさえいればお前だってデートに行けたんだし、俺は妹を迎えに行けたんだ!」
「妹……?」
「海外に行ってて、あの日帰国予定だったのに……会えるのを楽しみにしていたのに……再会できたのが俺の葬式って……」
そう言って、男はがっくりと肩を落とす。
「それは……ほんと、ごめんなさい。謝って済む話じゃないっていうのは分かってるんだけど……」
謝ったところでまた男の怒りを煽るだけなんだろうと思いつつ、ほかにかける言葉が見つからず、菜々美は恐る恐る謝罪した。
「自分が置かれた状況が分かったとき、ほんっとお前を殺してやりたいってくらい腹が立ったんだけど! でもお前も死んでるし!」
「ですよねぇ。私もびっくりです」
しんみりと頷く菜々美に、男は涙目になる。
「……ほんと、こんな奴のせいで死んだなんて……。おかげで成仏できないじゃないか! お前が幽霊でも祟ってやる! とりついて離れないからな!」
再び怒りが沸騰した男は、そうまくしたてた。
「とりつくって言われても……」
宙に浮いている以外はいたって普通に見える男は、怨霊には見えない。Tシャツにジーンズをはいている、ごく普通の男性だ。
菜々美は戸惑った顔をして、自分の両手を見比べた。握ったり開いたりを繰り返し、生きているとき同様の感触が得られることを確認する。
「私、これからどうなるんだろう。せっかく崇人と付き合うことになったばかりなのに……こんなんじゃ、死んでも死にきれないっていうか……」
独り言をつぶやく菜々美に、男は眉を跳ね上げた。
「お前は自分のことばかり……!」
自分が100%悪いのだとわかっていても、さすがにこうもずっと責められ続けては、菜々美もいい加減うんざりしてきた。
「だってどうすればいいの? あなたを生き返してあげられるならお詫びにどうにかしてあげたいとは思うけど、それはたぶん無理な話なんだろうし、私には謝ることしかできないんだから」
すると男は言葉に詰まり、うつむいて大きなため息をついた。そのあと、凄みのある低い声で宣言する。
「仕方ない。せめてもの復讐に、お前が成仏できないように張り付いてやる」
「……はい? 意味が分からないんですけど」
「絶対、俺より先に成仏なんてさせてやらないからな! この怒りが収まらない限り、成仏できそうもないんだから! 俺より先にお前が成仏したら、そしたら……代わりにその崇人って奴を祟るからな」
「崇人は関係ないでしょ」
菜々美はうんざりした顔をして、ため息をついた。
(……見た目は普通でも言動はすでに怨霊じゃん? 成仏させてやらないとか、おかしなことを言ってるけど……)
そんなことを思いながら、菜々美は顔をひきつらせた。
「成仏ってどうすればできるのかわからないし、私だってこの世に未練たらたらだから! せっかく崇人と付き合えたっていうのに……!」
しかも初エッチもまだなのに――と心の中で付け足す。
(成仏したら、もう崇人に会えないのかもしれない。それじゃ無念すぎる)
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