第二章

第29話 ダンジョン管理者

「ここは俺の別邸なんだから手を抜くんじゃないぞ。どこよりも豪華な作りにするんだからな」

「わかっていますよマスター」


 俺はダンジョン25階層で部下のモンスター達に指示を出している。

 一体何をしているのかって?

 答えは簡単だ。


 街を、ダンジョンシティーを築いているんだよ。


 なんでそんなことをしているのか、その答えも簡単。

 俺が管理するこのダンジョンには現在350匹ほどモンスターがいるのだが、寝床がない。


 俺はずっと疑問に思っていた。

 オーガ三人衆にしても他のモンスター達にしても、一体どこで寝ているのだろうと。


 そこで俺はオーガ三人衆の魅鬼に尋ねてみた。


「ところでお前たちは普段どこで寝てるんだ? 俺はマスタールームがあるからいいけど、お前たちは部屋がないじゃないか」

「わっち達はその辺で仮眠を取らせて頂いているでありんす」


 魅鬼の言葉に俺は眉根を寄せて周囲を見渡した。

 薄暗い洞穴みたいなダンジョンはとにかく汚い。


 ダンジョンには風呂もなければトイレもない。

 なのでモンスター達がその辺で用を足し汚物が転がっている。


「その辺というのは……この小汚いダンジョンだよな……」

「そうでありんす」


 当然だと言うように、こくりと頷く魅鬼だが……。


 衛生管理上、非常に最悪な環境下だ。

 それに臭い! マスタールームを一歩出ると下水道にでも入ったんじゃないかと錯覚してしまうほど臭い。


 それに何より魅鬼は魔物ではあるものの、その……なんだ。

 女の子だろ。

 女の子が平気で野糞をするのか?


 誰かに見られることだってあるだろう。

 なによりこんな劣悪な環境では俺が病気になってしまう。


 職場改善は上司の、社長の務めだと俺は思っている。


 と、いうことで。

 俺は第一回ダンジョン緊急ミーティングを開き、25階層に街を設立することを命令した。


 それと、魔物たちには最低でも二日に一回の水浴びを義務付けた。

 だってこいつら臭いんだもん。

 俺の鼻がイカレてしまう。


 なので俺はこうしてゴブリンヘルメットを被り、自ら設計した街の設計図を見ながら指示を出している。


「ユーリ殿っ! それがしの豪邸はどの辺に建つでござるか?」


 なんちゅう厚かましいことを言いやがんだこいつはっ!

 俺は近付いて来た明智の顔を見やり、直ぐに別の場所に向けた。


「ねぇーよ」

「は? どういうことでござるか! それがしはこのダンジョンの副マスターでござろう?」

「はぁ? 何言ってんだよ!? 誰がいつお前をそんな重役に任命したんだよ。お前はただの居候だろ?」


 明智はジト目で俺を見るとぷいっと顔を振り、どこか遠くを見つめながら言った。


「わかったでござる。ではそれがしのすっばらしいアイデアをユーリ殿には教えないでござる」


 明智は怒っているのか一切こちらを見ようとはしないが、素晴らしいアイデアってなんだよ?

 気になるじゃないか!


「なんだよそれ?」

「ユーリ殿には教えぬでござるよ」

「…………いいことなのか?」

「やらしい……ことでござる」

「エロって意味か?」


 明智は彼方を見据えながら頷いた。

 そんな明智を見て、俺はゴホンと咳払いをしながらそっとその肩に腕を回し、同じように遠くを見つめる。


「今のは冗談だ。お前の家はないが、屋敷にお前の豪華な部屋を用意するつもりだ」

「……嘘ではござらぬな? 武士に二言はないでござるよ?」

「当然だ!」


 明智も俺の肩に腕を回し、俺たちはその場でしゃがみ込み密談を交わした。


「いいでござるか? ユーリ殿」

「うん」

「要は銭湯を作るでござるよ」

「銭湯?」

「左様。魔物とは言え魅鬼殿は美人でござる。これから先、魅鬼殿のような女子おなごを召喚すれば……うふふな展開が待っているでござる。それにフィーネア殿も銭湯を利用するでござろう? そうなればマスタールームの監視モニターで銭湯の様子をモニタリングすることも可能でござる。なんなら知識が乏しい魅鬼殿たちに、銭湯とは混浴が基本だと教え込めばいいでござるよ。すると、ここはダンジョンマスターユーリ殿と、副マスターのそれがし達二人の楽園になるでござる」


 嫌らしい顔でニヤつく明智がとんでもなく最低なことを口にする。

 それにこいつは俺のフィーネアの裸を見ようとしているのか?

 見せるわけないだろ! バカタレッ!!


 俺は明智の腕を払い、はっきり言ってやる。


「お前最低だぞ。今のは聞かなかったことにしてやるから、お前もゴブリン達に混ざって働け! ただ飯を食わせるつもりはないからな!」


 ムッと不貞腐れたようにしかめっ面の明智は、


「……真面目すぎるのもどうかと思うでござるよ」


 捨て台詞を吐きながら、足元の小石を蹴り飛ばして去っていく。

 俺はその後ろ姿が小さくなり、消えたことを確認してから、直ぐに設計図に銭湯を描き加えた。


 そして近くにいたゴブリンにそれを渡して、この場を後にする。


 明智には申し訳ないが女風呂を覗くのはマスターである俺だけでいい。

 そう、これは俺だけの特権なんだ。


 俺がルンルン気分でスキップしながらマスタールームに戻ると、新妻……ではなく、メイドのフィーネアが「おかえりなさい。ユーリ」と声を掛けてくれる。


 まるで新婚さんになった気分だよ。


「ダンジョン内も随分と綺麗になりましたね。さすがユーリです」

「まぁね」

「ところで気になっていたんですが、王都を旅立って数日経ちますが、どこに向かわれているんですか? 目的地があるのでしょうか?」


 フィーネアが愛らしく小首を傾げている。

 思わず抱きしめてしまいたくなるくらいキュートだ。


 その姿に見とれていると、フィーネアが不思議そうに睫毛をパチパチと鳴らして俺を見つめる。

 いかんいかんと首を振り、俺はソファに腰を下ろしながらその問に答える。


「ここから数キロほど行ったところにソフィアと言う街があるらしいんだが、とりあえずそこに向かおうと思っているよ」

「何か目的でもあるのですか?」

「前にも話したと思うけど、俺も明智もこの世界の人間じゃないんだ。俺たちの一番の目的は元の世界に還ることだから、まずは近くの街で何か情報がないか調べようと思ってるんだ」


 なるほどと頷くフィーネアだが、その顔はどこか冴えない。


「ん? どうかしたか?」

「いえ……ただ、ユーリが居なくなってしまうのが少しさみしいだけです」


 そうか、フィーネアは俺が元の世界に還ったら一人ぼっちになってしまうのか……。


「フィーネアも……俺たちの世界に一緒に来ないか? 嫌なら無理にと――」

「いいのですか!? 是非、フィーネアもユーリの生まれた世界に行ってみたいです!」


 ハッと息を呑み驚くフィーネアを見て、俺は直ぐに次の言葉を口にしたのだが、フィーネアは身を乗り出すように言葉を被せてきた。


 どうやら俺の思い違いだったらしい。


 ご機嫌で鼻歌を口ずさむフィーネア。

 そんなフィーネアが部屋の掃除をする後ろ姿を微笑ましく眺めて、ふと思う。


 それにしても王国兵になれなかった150人近い連中はどこに行ったんだろうか?

 王都から一番近い街、ソフィアにいるのかな?


 確か明智と真夜ちゃんの話だと、中には高ステータスの者も王国兵になることを拒み、低ステータスの連中を助けるとか言って出て行ったらしい。


 その連中と合流できたら、何かしらの情報を得ることができるかもしれない。


 4ヶ月以上王都にいた俺たちと違い、彼らは冒険者や商人なんかに話を聞く機会も多々あっただろう。


 瓜生の奴も元の世界に還る情報を得たら知らせてくれるとは言っていたが、あいつはあいつで魔王退治が大変そうだし、あんまり期待できそうにない。


 とは言え、何かわかったらこの通信コンパクトミラーとか言うマジックアイテムで連絡してくるだろう。


 俺は瓜生から渡されたコンパクトミラーをテーブルに置き、それを睨みつけた。


 しっかしこっちは他人の不幸を集めないと便利道具が手に入らないというのに、瓜生のボケは勇者だからってこんな魔法のアイテムを無料ただで貰えんのかよ!


 不公平すぎるだろう。

 まぁ異世界で遠く離れた奴との連絡手段を手に入れられたのだから、素直に感謝しとくか。



 フィーネアに淹れてもらった茶を啜っていると、マスタールーム内にサイレンが響き渡り、嫌な雰囲気を醸し出す赤い光がグルグルと部屋中を駆け回った。


 このサイレンと光は何者かがダンジョン内に入ったことを知らせるためのものだ。

 安かったので通販で購入してマスタールームに取り付けたのだが、正直鬱陶しい。


 俺は目がチカチカする中、同じくダンジョン通販で購入した石版リモコンを操作して、ダンジョン1階層をスクリーンに映し出した。


 すると、そこには見慣れぬ魔物が一匹映し出された。

 体長1メートルはあろうかと思われる、まるで郵便局員のように赤い鞄を肩から斜めに掛けたペリカンだ。


「なんだこいつは? こんなの召喚したかな?」


 いや、侵入者を知らせる警報が鳴っているということは外部からやって来たといういうことだよな。

 ダンジョンの魔物がダンジョン外に出ることは不可能なのだからそういうことだろう。


 モニター越しにペリカンを見据えていると、ペリカンは迷うことなくダンジョンを突き進み、ここマスタールームに向かってきている。


 途中、魔物たちと遭遇してもダンジョンの魔物はペリカンを襲うことなく、会釈して道を通しているのだ。


「ん? 知り合いなのか?」


 ペリカンは冬鬼と何か話をして、頷いた冬鬼がペリカンを誘導している。


「冬鬼が刀を抜かないところを見ると……敵ではないんだよな?」


 ペリカンがここにやって来るまでの間、俺は首を傾げて頭を掻き、何なんだろうと考えていた。


 そして、ダンジョン最奥28階層に位置するマスタールームの扉が開くと、


「ボス、管理組合からの使者がお見えになられた。通して良かったんだよな?」


 冬鬼が真っ直ぐ俺の目を見ながらそう言うと、ペリカンは学生帽のような帽子をクイッと上げて軽く頭を下げた。

 そのままゆっくりとペリカンはこちらに歩み寄ってくる。


「お初にお目にかかります。あなたが当ダンジョンの管理者、月影遊理さまで間違いございませんね?」

「ああ、そうだけど。お前はなんなんだ? 管理組合ってなんだよ?」

「これはこれは、自己紹介が遅れて申し訳ありません。わたくしダンジョン管理組合所属、伝達係のペリーと申します。以後お見知りおきを」


 ペリカン改ペリーがとても礼儀正しく挨拶をしてくれるもんで、俺もつい釣られて「ああ、これはこれはご丁寧に」と、頭を下げてしまった。


 馬鹿でかいペリカンに頭を下げる俺をまじまじと見つめるフィーネアの目には、とても滑稽に写ってしまっただろう。


 それにしてもダンジョン管理組合……? ってなんだ?

 ダンジョン通販を運営している奴らのことか?


 そりゃー誰かが会社的な組織を立ち上げていないと通信販売なんてやれないだろうけど……。


 ペリーは一つ咳払いをして、徐に肩から提げた鞄から何かを取り出して、俺に差し出している。

 受け取ったそれをよく見てみると、どうやら手紙のようだ。


「手紙? 一体誰からだ?」


 受け取った手紙の裏表にササッと目を通すと、そこには『管理組合』と記されている。

 封を切り、中を確認してみる。


『月影遊理さまへ。

 まず初めに、ダンジョンマスターへ選ばれたことをお祝い申し上げたいのですが、そうもいきません。

 本来、人間がダンジョンマスターに選出されるなどあってはならないことなのです。

 しかし、あなたは選ばれてしまった。

 我々ダンジョン組合の方でも何度となく協議を重ねた結果、月影遊理さまが何らかの不正を行い、ダンジョンマスター資格を有したものと判断いたしました。

 つきましては一度審査会の方へお越し下さい。

 そこで改めて当人を交えた上で審議を致したく思っている所存。


 なお、この申し出を断り、ダンジョン組合及び審査会への申し出を断った際は、月影遊理さまを処分対象と判断し、それ相応の対応をさせていただきます。

 予めご了承下さい。


 ダンジョン管理組合』


「なんだよこれっ!?」


 手紙を読み終えた俺は堪らず叫んじまった。

 手紙を持つ手には無意識に力が込められ、思わず目の前のペリーを睨みつけてしまう。



「俺は勝手にダンジョンマスターにされた被害者なんだぞっ!」

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