第30話 夢の猫メイド
「私にそのように言われましても……。私はただ、月影遊理さまへそちらの手紙を届けるよう言いつかった次第でございまして」
悪びれることなくひょうひょうとした態度でそう言い放つペリーに、怒りで肩が震えてしまう。
「どうかされたのですか? ユーリ」
激高した俺を見て、心配そうな表情のフィーネアが傍らまで来て声をかけてくれている。
冬鬼も何事だと言うように呆然と俺を見据えている。
そんな二人を見やり、心配をかけてはいけないと思考が働き、俺は精一杯の愛想笑いを浮かべた。
「いや、少し驚いて声を荒げてしまっただけだよ。驚かせて悪かったな」
「それならよろしいのですが……。少し顔色が悪いようです。お掛けになってください、ユーリ」
俺の背中に優しく手を添えて、フィーネアがソファへと誘導してくれる。
俺は促されるままソファに腰掛けて、そのまま頭を抱えて項垂れてしまった。
ダンジョン組合とか審査会ってなんなんだよ!?
一体俺が何したって言うんだよっ!!
俺だって好きでダンジョンマスターになったわけじゃないんだ。
むしろ被害者じゃないか!
それなのに審査会だ?
これじゃまるで俺が犯罪者で裁判にかけられるみたいじゃないかっ!!
ふざけんじゃねぇよ!!!
動揺から心拍数が上昇していく。さらに俺の焦りを加速させるようにドクンッドクンッとこの心臓が不安を煽ってきやがる。
落ち着けと自分に言い聞かせて、俺は天を仰ぎ深く息を吸う。
そして吐く。
それを2、3度繰り返して暴れる鼓動をなんとか落ち着かせる。
俺はもう一度しわくちゃになった手紙を確認する。
この申し出を断ればそれ相応の対応と記載されているが、それ相応の対応ってなんだよ!?
いや、冷静に考えればわかることじゃないか。
ダンジョンには魔物しかいない。
ポイントで喚び出せるのも魔物オンリー。
この手紙を持って来たのもペリカン魔物だ。
俺はソファに向き合う形で座り、フィーネアにもてなされているペリーをチラッっと見やり、すぐに視線を手元の手紙へと戻した。
つまり、この手紙の差出人であるダンジョン管理組合ってのはまず間違いなく魔物だろう。
それも、1000あるダンジョンを統括するほどの力を持つ魔物だ。
さらにあの奇妙な石版を設置し、ポイントと引き換えに魔物をこちらに寄越している連中だ。
逆らえば……考えなくたってわかってしまう。
それにだっ!
仮にここで逆らってしまえば、冬鬼たち魔物をこちらに寄越している黒幕が俺から仲間を奪ってしまうかもしれない。
それは非常に困る。
何度も言うようにこの世界で俺は最弱だ。
そんな俺が豚の王様に勝てたのも、今日まで生き延びてこられたのも、すべてこのダンジョンとミスフォーチュンあってのこと。
今ダンジョンを取り上げられたら仲間はもちろん。
住むところも失ってしまう。
弱い俺がギルドで働き稼ぐことは不可能だ。
稼げたとしてもたかが知れている。
そうなると宿を借りる金もなく、替えの下着や衣服を買う金もない。
このダンジョンには時折無謀な輩が攻めてきて、そいつらを魔物たちが倒すことで所持金や装備品を得てきた。
だけどそれもできなくなる。
食事だけはフィーネアがいるからなんとかなるが……それだけでは生きてはいけない。
第一ダンジョンが奪われてしまったら、冬鬼たちはどうなってしまうんだ?
路頭に迷うのか? いや、最悪俺の敵にだってなり得るんじゃないのか?
冬鬼たちが俺をボスだのマスターだの崇めてくれているのは、俺がこのダンジョンのマスターだからなんだ。
そして、この手紙の内容や管理組合なる連中がダンジョンマスターより上の立場だということは明白。
冬鬼たち魔物が俺か管理組合のどちらにつくかと問われれば、間違いなく向こう側につくんじゃないのか?
要は今日まで同じ釜の飯を食ってきた仲間が一転、敵になってしまうということだ。
冗談じゃないっ!
そんなの絶対にダメだ!!
俺が元の世界に還るためには絶対にこのダンジョンは手放せない。
手放しちゃいけないんだ。
失った時点で俺は死へと確実に近付くだろう。
多くの友が死んでいったように……。
「そ、それで……俺はどうすればいいんだよ?」
「手紙読みましたよね? そこに記されている通りです」
すまし顔でフィーネアが淹れてくれた茶を呑気に啜るペリカンの頭を
手を出してしまえば後で賠償金とか言われかねない。
それにこの手紙を読む限り、ダンジョン管理組合の連中はそれなりに知性がある。
ひょっとすれば話し合いでなんとかなるかもしれない。
「手紙には審査会に一度来いと書いてあるけど……この審査会ってのがどこにあるのかわからないんだが」
「ああ、それでしたら問題ございません」
言い、ペリーはカバンから金の鐘を取り出してテーブルに置いた。
「なんなんだよそれ?」
「こちらは呼び鈴です」
「呼び鈴?」
「はい。準備が整いましたらこちらの鐘を鳴らして頂ければ、迎の者がすぐにやってまいりますので、その者について行ってもらえれば魔界に行けます」
「魔界っ!?」
おい、何言ってんだこの野郎!
今さらっととんでもないことを口にしたぞ。
驚きすぎてケツが浮いちまった。
俺のアニメ的ゲーム的知識を最大限活用して考えても不味い。
魔界と言えばその名の通り魔物たちの世界じゃないか。
そんなところに出向かにゃならんのか?
人間臭いだのなんだのといちゃもんをつけられて、最悪殺されるんじゃないのか?
不安過ぎる。
「その……大丈夫なんだろうな?」
「はい? なにがですか?」
「だから、その……俺は人間なんだよ。魔界に人間が行っても大丈夫なんだろうな。人間だ殺せぇーってならんだろうな? ちゃんとその辺の配慮はしてくれているんだよな? じゃないと危なくて魔界になんて行けないぞ!」
「ああ、ご安心を」
ペリーはまたまた鞄から何かを取り出してテーブルに並べ始めた。
俺はそれを一つ手に取り、一瞬思考がフリーズしてしまう。
「なんだよこれ? ふざけてんのか? こっちは本気で言ってんだぞ! 怒るぞ!!」
俺が手にしたのは猫耳カチューシャ。テーブルの上にはその他にも赤鼻のトナカイ用の赤っ鼻と付け角が置かれている。
「まぁまぁ落ち着いて。これさえ付けていれば誰もあなたが人間だなんて思いませんよ」
「アホかお前っ! こんなのただの安っぽいコスプレ用品じゃないかよっ!! 誰がこんなので騙されるってんだよ。それとも何か? 魔界にいる連中は揃いも揃って馬鹿なのかっ! おちょくっているんだったら怒るぞっ!!」
「だから落ち着いてくださいよ。そこのお嬢さん、ちょっとそれを付けていただけますか?」
ペリーは俺が手にした猫耳カチューシャをフィーネアに付けてくれと言っている。
確かに、この猫耳カチューシャをフィーネアが付ければめちゃくちゃ可愛いだろう。
それに何より俺も見たい。
なので俺は仕方ないな~やれやれだなぁ~と、言った感じで仕方なく。
そう、ここ大事!
飽くまで仕方なくフィーネアに猫耳カチューシャを手渡した。
「付ければ良いのですか?」
「そ、そうらしいね」
「では、失礼します」
「おお!」
フィーネアが猫耳カチューシャを装着した姿を見た俺は、思わず歓声を上げてしまった。
仕方の無い事だと思う。
だって猫耳カチューシャを装着したフィーネアのお尻がふわっと膨らみ、フィーネアが思わず熟した林檎のように赤くなったのだ。
おまけにフィーネアの両頬には、これまた愛らしい3本ヒゲがピンと生えたのだ。
堪らんっ!
可愛すぎる!!
付き合いたい!!!
彼女にしたい!!!!
俺の興奮はマックス全開だ。
「なっ、なんなんですか、これ!?」
フィーネアは恥らいながらお尻の膨らみを気にしている。
おそらく尻尾が生えたのだろうな。
にゃんにゃんメイドとかマジで俺得なんだけど。
これでオムライスを出して、萌えにゃんキュンって魔法を掛けられたら生涯解けることはないだろう。
まさか異世界に超高性能コスプレ用品が存在したとは……いつか元の世界に還るまでに全商品取り揃えて持って還りたい。
俺はこの胸の高鳴りと興奮を悟られまいと咳払いをしてから、
「なるほどな。これを装着していれば俺が魔界に行っても問題ないということだな」
「ええ、納得していただけて安心しました。では私はこの辺でお暇させていただきますね。まだ配達が残っていますので。あっ! お茶美味しゅうございました」
「あっ! これはこれはご丁寧に」
ペリーは俺にではなく、フィーネアに一礼してマスタールームを後にした。
ふんっ! 所詮ペリカンもオスということだな。
けしからんっ!
冬鬼もペリーを出入り口まで送り届けるためにマスタールームを後にした。
俺は二人っきりになった猫ちゃんフィーネアを見てニヤニヤが止まらない。
しかし、いつまでもニヤついていたらフィーネアに変態さんだと思われてしまうので、両頬をパチンッと叩き、気を引き締める。
そしてすぐに瓜生から貰った通信コンパクトミラーを使って、瓜生と連絡を取る。
なぜ瓜生と連絡を取るのかって?
そんなのは決まっている。
魔界に乗り込むとなるとボディーガードが必要だからだ。
なのに――
『悪いな月影。俺も今忙しいねん。なんかようわからんけどお前もお前で頑張れや! 還る手立てが見つかったら連絡するから、じゃあな』
「おいちょっと! 切れた……」
嘘だろ……。
何かあったらいつでも連絡してこい。お前は俺の命の恩人や、どこに居ても駆けつけたるわって言ってたじゃないかっ!
あのホラ吹きっ!!
これだから腹黒京都人は嫌いなんだ。
って、京都人の知り合いなんて瓜生しかいないのだが。
それにしても参ったな……。
瓜生が付いてきてくれないとなると……フィーネアと……あの約立たずしかいないじゃないか。
ま、いざとなったら盾くらいにはなるか。
ということで――
「ユーリ殿……なんでござるかこれは?」
マスタールームに呼び出した明智に説明もせずに、俺はトナカイの赤っ鼻を手渡した。
不思議そうな顔で渡された赤っ鼻を見つめる明智。
「いいからそれを鼻に装着するんだ」
「ああーそう言うことでござったか」
「は?」
明智はうんうんと頷き、何か納得したように赤っ鼻を装着している。
一体こいつは何を言ってるんだ?
「ユーリ殿も粋でござるな。それがしの為にちょっと遅めの歓迎会を開いてくれようとしてるのでござろう? しかし、それがしの感がいいというのも考えものでござるな。せっかくのユーリ殿のサプライズも見抜いてしまったでござるよ。ここは敢えて知らんぷりをした方がよかったでござろうか?」
何をわけのわからんことをぶつくさ言ってんだこの野郎。
それにしても……明智の奴はとんでもなく滑稽だな。
赤っ鼻を装着した明智は、何故か全身茶色のタイツに頭の先からつま先まで包まれてしまい、頭からは木の枝が2本生えている。
恐ろしくダサい。
やはりあれを明智に渡して正解だった。
あんな姿をフィーネアに晒すなんて絶対に嫌だ。
死んだほうがましだ。
俺は額に付け角をピタッと装着した。
すると目元はアイシャドウを入れたように赤く染まり、微かに牙も生えている。
かっこよさ三割増しといったところかな?
姿見で自分の姿をチェックしていると、
「パーティー会場は何階層でござるか?」
本当にどうしようもなくアホだな。
俺はフィーネアに準備は整ったかと声を掛け、「はい。いつでも大丈夫ですよ。ユーリ」と、ハニカミ微笑むフィーネアに頷き、ベルを数回鳴らした。
すると――徐々にマスタールームが見覚えのある黒い靄に包み込まれていく。
なんか凄い嫌な予感がしてきたぞ。
「な、なんでござるかこれは? 変わった催し物でござるな?」
「黙ってろ!」
いつまでもボケたことを言っている明智を一喝して、俺の腕にしがみつくフィーネアと共に、三人で眼前に突如現れた扉を見据えていた。
「月影遊理さまでございますね、ヒヒヒッ。
黒い霧の中から鉄扉と共に、めちゃくちゃ腰の曲がった婆さんが出てきやがった。
薄気味悪い乾いた笑い声を響かせる婆さんに、背筋が凍りつきそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。