第15話 笑う悪魔

 明智と二人でゴブリンをすべて葬ると。


《探知ダガーレベルアップ レベル1→レベル4》


 と、文字が浮かび上がってきた。

 ただ、武器のレベルが上がっても、俺が強くなるわけじゃない。


 武器のレベルというのは、切れ味や武器本来の耐久度が向上するだけであり。

 これと言って特に何かがあるわけではない。


 ヴァッサーゴの話だと、極希に武器が新たなスキルを習得することはあるらしいのだが、所詮はFクラスの武器。

 これっぽっちも期待はしていない。


「おおっ! ユーリ殿、それがしのイケメンソードがレベルアップしたでござるよ! これで更なるイケメンへと、それがしもパワーアップでござる」


 と、言う明智はもう15分が過ぎ、いつものキモロン毛に戻っている。

 それにしても、明智がここまで約立たずだったのは予想外だ。


 約一ヶ月、宿に引きこもっていた俺とは違い。

 こいつは王国兵として働いていたのだろ?


 武器も貰っているわけだし、それなりに訓練とか積んでいたんじゃないのか?

 こう言っちゃなんだが、ステータスが高くなかったら、さっき死んでいるところだぞ。


 俺はその辺のことが気になったので、直接本人に聞いてみた。


「お前一ヶ月間も兵士やってたんだから、その間になんか訓練とか受けなかったわけ?」

「そんなのないでござるよ。それがし達が一ヶ月間したことと言えば、荷物運びだのお城の掃除だの、とにかく雑用だけでござった。女子の何人かは夜の相手などもさせられていたみたいでござったけど」

「!?」


 夜の相手だと!?

 どこのどいつだよ、そんな羨ましいことができた男は?


「王様の側室的なやつか?」

「いや、そうではないでござるよ。勇者たち殿の性処理係でござるよ」

「勇者の性処理係だとっ!?」

「けしからんほど羨ましい話でござろう?」

「そこんとこ詳しく聞かせろっ!」


 明智の話だと、この世界に召喚された勇者は三人。

 その三人共が俺たちの学校の奴だという。


 三人は王様から高待遇を受けており、まるで王子様のような扱いらしい。

 その三人に見初められて、側室的なモノに選ばれた者達は、無条件で贅沢な暮らしができるという。


 要は安全で快適な暮らしが約束されるという訳だ。

 しかし、選ばれなかった女子は明智たち同様、兵士としての暮らしを余儀なくされている。


 また、一部の優れたステータス保持者の中には、勇者パーティーに選ばれた者もいるとか。


 なんでも、異世界人はこの世界の人間より、優れたステータスを持つ者が多いらしく。

 召喚された勇者たちはそれぞれのパーティーを結成し、魔王討伐に行かなければいけない。


 その為に、使える仲間を集めているのだとか。

 そんなことなら、三人の勇者でパーティーを組めばいいじゃないかと思うのだが、そうもいかないらしい。


 何故なら、この世界には魔王が七人も居ると言うのだ。

 各地に散らばり魔王を倒すことが、勇者たちの使命なのだとか。


 俺は明智にこの話を聞かされて、不吉なことが脳裏を過ぎる。


「真夜ちゃんはっ!? 真夜ちゃんは選ばれていないんだよな、その性処理係にっ!」


 はっきり言って真夜ちゃんは可愛い。

 仮に俺が勇者の立場なら、迷わず真夜ちゃんを側室に大抜擢する。


 しかし、俺以外の奴がそんなハレンチ極まりないことを真夜ちゃんにするなんて、許せないっ!

 勇者なら何をやっても許されるのか?


 そんなふざけたことあって堪るかっ!

 もしも、真夜ちゃんに変なことをしてみろ、全力で不幸のどん底に叩き落としてやるっ!


「真夜殿もあの容姿でござる、もちろん選ばれていたでござるよ」

「えっ!?」

「だけど、真夜殿はそれを断ったでござるよ。その結果、おそらく今回のダンジョン調査に駆り出されたでござるよ」


 なんて卑劣な連中だっ!

 許せんっ!


「勇者にしても、王様や貴族にしても、この国の連中はろくなのが居ないな」

「全くでおざるよ。こんな国滅んでしまえばいいでござる。それがしは魔王を応援するでござるよ」


 明智と熱く語っていると、フィーネアが話かけてきた。


「ユーリ、そろそろ先を目指した方がよろしいのでは? このまま無駄に時間を浪費していては、ご友人が手遅れになってしまう恐れがございます」

「確かにフィーネアの言う通りだな。先を急ごう」


 俺たちは真夜ちゃんを探すべく、さらにダンジョンの奥へと進んで行く。

 しばらく進むと、前方に開けた空間を発見して、そこから次々と乾いた叫び声が響いてくる。


 俺たちは互いに顔を見合わせて、駆け出した。


 だだっ広い場所に出ると、そこには目を覆いたくなってしまうほどの惨状が広がっていた。


 蜘蛛の巣が張り巡らされたその場所には、調査団として送り出された者たちが夥しいほどの血を垂れ流し、地面に横たわっている。そのすぐ近くには、兵士の制服に身を包んだ十数人が、武器を手に佇んでいるのだ。


 まるで捉えられた蝶や蛾のように、動けずに居る彼らの中に、真夜ちゃんの姿を見つけた。

 真夜ちゃんはまだ無事だったのだが、その表情は背中越しで見えない。


 真夜ちゃんと共にやって来たと思われる仲間は、変わり果てた姿と化している。


 そして、そんな彼らに向かってほくそ笑む化物。

 人の頭部に巨大な蜘蛛の体躯を持つ、蜘蛛男。

 そのグロデスクなヴィジュアルに、吐き気を覚えるほどだ。


 俺は強ばる体を奮い立たせて、声を張り上げた。


「真夜ちゃぁぁあああああああああああああんっ!」

「ごの声……遊理ぐん゛っ!」


 俺の声に反応するように、真夜ちゃんの震えた声音がこの場に響き渡るのだが、何故か真夜ちゃんは俺たちの方を見ようとはしない。


 まるで石像のようにピクリとも動かないのだ。

 真夜ちゃんだけじゃない。

 武器を手に構えた者たちも、誰もこちらへ振り向こうとはしない。


 皆恐怖で動けずに居るのか?

 すると、全身に悪寒が走るほどの気色の悪い声音が、俺たちの耳朶を打った。


「クーックック。また餌が自らやっで来ただな」


 まるでド田舎で農業を営むおっさんのようなフェイスの化物が、張り巡らされた糸の上に器用に乗っかりながら、愉快そうに笑っていやがる。


「なっ、ななな、なんでござるかっ! この気色の悪い化物はっ!」


 明智が悲鳴混じりの声を上げるのも、仕方ないだろう。

 人面犬なら聞いたことはあるが、人面巨大蜘蛛なんて聞いたこともない。


 俺はとにかく真夜ちゃん達を助けなければと、明智とフィーネアに指示を出す。


「明智っ! フィーネアッ! すぐに真夜ちゃん達を助けてここからずらかるぞ!」


 俺たちは決して化物から目を離さず駆け出した。

 フィーネアと明智が蜘蛛の糸を掻い潜り、真夜ちゃん達の元へと向かう。


 その間、人面蜘蛛はニコニコと微笑み、何も仕掛けてくる様子はない。


 俺も疾風のように駆け出した二人の背を追いかける形で、走り出す。

 こんな時、自分の敏捷ステータスの無さに嫌気が差す。


 その時――


「――来ちゃダメぇぇええええええええええええええっ!!」


 突然、真夜ちゃんが振り返ることなく、慌てた様子で声を張り上げた。

 直後――


「なっ、ななな、なんでござるかこれはっ!?」

「来ては行けませんっ! ユーリッ!」


 俺はフィーネアの来るなと言う言葉に反応して、急ブレーキを掛けてその場で立ち止まった。

 一体なにが起きたのだと目を見開け、立ち止まった二人の背中に目を向ける。


「どうしたんだよ二人共っ! なんで止まってるんだよ!」

「うっ、動かないんでござるっ!? 動かないんでござるよっ!!」

「えっ!?」

「かっ、からだが石みたいに固まって動かないでござるっ!」


 そんな馬鹿なっ……?


「ユーリッ! これは結界です!」

「結界っ!?」

「おそらく……周囲に張り巡らされた糸が、強力な結界を創り上げているんです」


 フィーネアの言葉を聞き、俺は張り巡らされた糸に目をやった。

 すると、フィーネアの言う通り。

 適当に張り巡らされたように見えていた糸は、フィーネア達の居る場所を取り囲むように、五芒星が描かれているのだ。


「クッークック。ご名答。おらが張り巡らせた糸は拘束結界。この結界内に入った者は身動きを封じられるだよ。一人入れ損ねたが、問題ないだ。今の遅さを見てもわかる通り、お前は雑魚だな」


 完全に俺を見下して、笑う化物。

 サーッと血の気が引き、緊張で指先が凍ったみたいに冷たくなっていく。


 俺は喉を鳴らし、フィーネアの背中に目を向けて、すぐに蜘蛛へと向け直した。


 不味いっ!

 こんな化物に俺だけで勝てるわけがない。


 フィーネアが動けないんじゃ、俺たちに勝ち目はないじゃないか。


 いや……俺にはMFポイントが241もあるじゃないかっ!

 そうだっ! このために温存していたんだ!!


 気が付いたとき、俺は反射的に叫んでいた。


「他人の不幸は蜜の味っ!」


 セピア色に染まる世界で、肉体から抜け落ちた魂のような体のまま、俺はいつものように駆け込んだ。


 その黒く禍々しい扉へとーー


「ヴァッサーゴッ!! 圧縮玉を売ってくれっ!」


 相変わらず、水晶玉を観ながら愉快そうに肩を震わせるヴァッサーゴに、俺は圧縮玉を買えるだけくれと頼んだ。


 ヴァッサーゴは俺が圧縮玉と言うと、いつも以上に不敵な笑みを浮かべながら、無言で圧縮玉を四個差し出してくれた。


「毎度、ありがとうございます」


 俺はヴァッサーゴに別れを告げることなく、外へと飛び出す。

 そう、この最強の圧縮玉さえあれば、あんな蜘蛛おっさんなんて恐れることないんだ。


 ただ、オークの時のようにこれをぶつければいいだけなのだから……。




 ◆




 ミスフォーチュンへ、風のようにやって来て風のように去って行った、月影遊理。

 遊理が去ったあとの店内で、一人、笑いを堪えるヴァッサーゴの姿がある。


 静まり返る店内には、上機嫌で呟かれたヴァッサーゴの声音だけが、木霊している。


「オークのような雑魚を始末するための安物が、ダンジョンマスターに通用すると思っているのでしょうか? 久々のお客様だったのですが……残念ですね」



 それだけ言うと、ヴァッサーゴは嬉しそうに水晶玉の前へと座り直し、再びそれを楽しそうに眺めていた。

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