第14話 キャンディーキャンディー

 これは非常にまずいことになった。

 フィーネアの魔法が無限に使用できないのは計算外だ。


 つーか、回数制限があるなら先に教えておいて欲しかった。

 知っていれば、明智を脅すのに乱発なんてさせなかったのに。


 最悪、真夜ちゃん救出のために温存していたMFポイントを使用するか。

 ただ、問題はこの数だ!

 圧縮玉を買ったところで、241ポイントでは四個しか購入出来ない。


 早い話が、四匹しか倒せない計算だ。

 そんなもんじゃ、この状況はどうもこうもなりゃしない。


 そういえば……。


「おい、明智! お前のその剣にもスキルはあるんだろ?」

「……この剣は王国兵になった際、支給品の武器庫の中から好きなのを選んでいいと言われて、貰った物でござるよ」

「そんなこと聞いてんじゃねぇーよっ! スキルで戦えるのかって聞いてんだよっ!」


 明智は黙り込み、静かに首を振った。

 つまり……俺と同じで戦闘向きではない、スキルということか。


 なんで自由に選べる環境に居て、そんな戦闘向きじゃない武器を選ぶんだよ。

 お前だってオークに襲われた時の恐怖を忘れた訳じゃないだろう……。


 それとも、めちゃくちゃ優秀なサポートスキルとかなのか?

 それなら、フィーネアを援護出来れば……あるいは。


「おい、明智! お前のスキルは何なんだ?」


 明智は俺の方へチラッと顔を向けて、ニヤついた。

 なんだ? この自信に満ちた表情は?

 この状況を打破できるスキルなのか?


「見ていて欲しいでござるよ、ユーリ殿っ! それがしの真の姿をっ! メタモルフォーゼ! 発動でござる!」


 高らかにスキル発動を宣言すると。

 明智の全身は燐光の輝きに包まれ、次の瞬間――


 光の中から人気ヴィジュアル系バンドのようなイケメンが、姿を現した。


「えっ……!?」

「どうでござる。ユーリ殿」


 俺は絶句した。

 それは俺の知っているキモイ明智ではないのだから。

 単純に凄い!


 元いた世界の整形技術でも、ここまで別人のように顔面偏差値を引き上げることは不可能だろう。

 明智の本来の容姿はそれくらい酷い。


 いかし、別人になったことで、剣術などが上昇するスキルなのだろうか?

 正直羨ましい。


「やるじゃないか明智! ひょっとして騎士並に剣術の腕が上がってるのか? これならお前だけでなんとかなりそうだな!」


 明智と言うまさかの希望に、俺の顔からは笑がこぼれ落ちた。


「いや……このスキルは……15分間イケメンになれると言うスキルでござるよ」

「15分もありゃー十分だろ? 早く何とかしてくれよ」

「いや、だからっ! イケメンになれるだけのスキルでござるよ。ユーリ殿が言うような、強くなるモノではござらん」

「は……?」


 つまり……15分間別人のようにイケメンになるだけの、スキルということか?

 それ……何の意味があんだよ……。


「お前は本当にクソの役にも立たない野郎だなっ! 俺の安物のダガーより使い物にならないじゃねぇーかよっ!! なんでそんなもん選んだんだよっ! 頭おかしいんじゃないのか?」

「それがしだって一度くらいイケメンなる人種に生まれ変わって、ちやほやされてみたかったでござるよ! ユーリ殿にはそれがしの気持ちなどわかるはずもないでござるよっ! それがしは16年間一度も彼女が出来ず、彼女どころか保育園の頃からキモいキモいと女子おなごに言われ続けてきたでござるよ! それがしにこの剣を選ばせたのは世の中でござるっ!!」

「………………」


 もう、言い返す言葉も出ない。

 呆れを通り越し……哀れみの目で見てしまう。


「ユーリッ! 今は揉めている場合ではありません! 敵が来ますっ!」


 フィーネアの声ですぐに正面へと顔を向け直すと、武器を手にしたゴブリンが一斉に襲いかかって来やがった。


 フィーネアは正面から突っ込んで来たゴブリンに、羽炎を放ち、焼き払うと。

 すぐさま俺の前方へと移動して、スカートを翻しながらゴブリンを蹴り飛ばした。


 だが、ゴブリンは全部で30匹は居る。

 とてもフィーネアだけでどうこうできる数ではない。


 いや、仮にフィーネアだけならこの場を凌ぐことは容易いのかもしれないが、俺を守りながらでは限界がある。


 イケメンになった明智も剣を振り回し、応戦しているが、全く当たっていない。掠りもしない。


 ステータスが高いだけでは意味がないということは、今の明智を見れば嫌というくらいわかる。

 それでも、明智は群がるゴブリンに噛み付かれているものの、耐久がCと高いお陰か、あまり痛がっていない。


 けど、もしも俺が明智と同じ状況になったら……最悪。

 肉をごっそりと持っていかれるかもしれん!


 不味いっ!

 勿体ぶらずにミスフォーチュンで何か買うか?

 でも、そうすれば……真夜ちゃんを助けられなくなるかもしれない。


 今の俺にあるものは、この使えもしないダガーだけ。

 くそっ!


 こんなことになるなら剣道部に入部しておけばよかった。

 今更そんなことを言ってもどうしようもない。

 と、思ったのだが。


 俺はポッケに十種類の飴玉が入っていることを思い出した。

 この飴玉を駆使すれば、俺でも戦えるかもしれない。


 俺は股間が大変なことになった際、もう二度とあんな目に遭わないように、ヴァッサーゴに飴玉の効力を聞いていた。


 俺はダガーを腰の鞘に収めて、ポケットに手を忍ばせる。

 このポケットの中にあるはずだなんだ。

 ひょっとしたら通用するかもしれない、飴玉がっ!


 俺は無造作にポッケから色とりどりの飴玉を取り出して、水色のそいつを選び取った。

 そして、すぐにフィーネアと明智に声をかける。


「二人共っ! 耳を塞ぐんだっ!!」


 フィーネアはすぐに両手で耳を塞ぎ。

 その姿を見て、明智も剣を床へ投げ捨てて、耳を塞いだ。


 二人が耳を塞いだことを確認した俺は、両耳に飴玉を突っ込み、水色の飴玉を口内へと放り込む。

 そのまま両手で自分の耳を力一杯押さえつけ、胸を張り上げて肺に空気を溜め込み、一気に吐き出す。


「わあああああああああああああああああああっ!!!」


 吐き出された声音は良く響き、反響するダンジョン内の大気を振動させて、ゴブリン達の大きく尖った耳の奥へと吸い込まれていく。

 その爆音はゴブリン達の鼓膜を破り、肺を傷つける。


 俺が大声を上げる直前に口にしたのは、拡声飴。

 ヴァッサーゴの話だと、これを食べると最大230dBの声量を発せられると言っていた。


 通常人の耳は100dBが可聴(聞き分ける事)音量の限界と云われ、3dB上がるごとに聴感上の音量は倍になると云われている。

 さらに、180dBで鼓膜の破裂、194dBで肺への傷害を引き起こす。


 現在、俺が発した声量は、推定230dB。

 これは殺人レベルの大音量である。


 普通の人間がこれを直接聴けば、おそらく意識が吹き飛ぶだろう。

 だから俺は二人に耳を塞ぐように指示を出したのだ。


 それでも、耳を塞いだくらいで防げるような音量ではない。

 だが、明智の耐久ステータスはC。

 フィーネアの耐久も一応Dなのだ。


 それを考慮したとき、二人ならこの大音量に耐えられると、俺は判断した。

 一方、ゴブリン達は流石にこの音量に耐えれるだけの耐久ステータスを持ち合わせておらず。


 耳から血を噴出しながら、バタバタと地に倒れていく。

 もちろん。

 俺自身、自分の馬鹿でかい声量に耐えれるだけのステータスは持ち合わせていない。


 その為、飴玉を耳栓代わりにした上で、さらに耳まで防いだのだが。

 俺の耳からは血が伝い、三半規管を損傷してしまったのか。

 その場で嘔吐してしまった。


 立っていることさえ困難となり。

 その場で蹲る俺に、フィーネアと明智が駆け寄り、唇を動かしているが。

 何も聞こえない。


 激しい目眩と治まらない吐き気を堪えながら、二人を見やるが。

 目の前がグニャグニャと歪む。


 俺は二人の顔さえまともに見ることが出来なかった。


 辛く苦しくて項垂れていると、不意に暖かさを感じる。

 まるで湯船に浸かったように体の芯まで温まり、徐々に目眩も吐き気も治まりつつある。


 歪んでいた景色も正しい世界を描き出す。

 同時に聴力も戻りつつあるのか、遠くから聞こえてくるように、声が近付いて来る。


「ユーリッ! しっかりしてくださいユーリッ!」

「ユーリ殿っ! 気をしっかり持つでござるっ!」


 見上げた視線の先には二人の不安気な表情が映り込み、フィーネアは炎の魔法陣を俺に向けている。

 フィーネア……これが暖かさの正体か……。


 俺はもう大丈夫だと二人に頷き、そっと立ち上がって、周囲を見渡した。

 あれほど居たゴブリンは全員地にひれ伏しているが、死んでいる訳ではなさそうだ。


「ユーリ、もう大丈夫なのですか? あまり無茶をなさらないで下さい」


 未だ不安そうなフィーネアに、俺は微笑んでみせた。


「ああ、大丈夫だよ。フィーネアのお陰でこの通り元気になったよ。心配かけてすまなかった。それよりさっきのはなんなんだ? 回復魔法かなにかか?」

「はい。あれは炎の書、第二章。癒しの炎です」


 スキル、炎の書で扱える魔法は一つではないということか。

 第一章、羽炎。第二章、癒しの炎。てっことは、第三章以降もあるのかな?

 ま、それは今はいいとして、ゴブリンが目覚める前に早いところ始末しないと。


「いやー、それにしてもそれがし驚いたでござるよ。まさかユーリ殿があんなに声が大きいとは」


 普通の状態で、あんなバカみたいに声が出るわけないだろ。

 つーか、イケメンになったことでなんか余計腹立つな、こいつ。


「それよりも、あなたは一体なんなのです? まったくこれっぽっちも役に立たないじゃないですか。正直に言わせて頂くと、足でまといです!」


 うわっ! キツッ!!

 こんな美少女にそんなこと言われたら、俺なら立ち直れない。


「何を言ってるでござるかフィーネア殿。それよりもそれがしイケメンでござろう? ユーリ殿のメイドが嫌になったら、それがしのメイドになって欲しいでござるよ。女子はイケメンが好きでござろう?」

「は? 何言ってるんですか? ご冗談はその顔だけにして下さい。不愉快です」


 明智がクソの役にも立たないとわかった途端、フィーネアの態度が180度変わってしまった。

 意外とフィーネアもわかりやすいな。


 明智の奴は美少女にこんなに言われたのに、まったくへこたれていない。

 ステータスで精神力も上がってるのかと、疑いたくなる。


「それよりも、ゴブリンが意識を取り戻す前にトドメを刺していこう」


 俺は気を失うゴブリンに、剣先を突き刺して回った。

 生き物に直接刃物を突き刺して殺すことに、抵抗はあるのだが。

 もう、甘えたことを言っていられる状況でもない。



 ここは異世界なのだ。

 生き抜くためには心を強く持つしかないのだから。

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