第9話 ガチャガチャ

 あれから約一ヶ月。

 俺は街の宿に引きこもっていた。


 と、言うのも。引きこもる以外、どうすればいいのかわからなかったのだ。

 当初、宿の店主に働き先はあるかと訪ねたが。返ってきた答えはNO。


 この街は王都ということもあって巨大なのだが、各地から多くの者がやって来て、人で溢れ返っている。

 つまり、人口が爆発的に多いこの街では、どこも人手が足りていると言う。


 ならばと。こういうファンタジー世界にありがちな冒険者ギルドに行き、登録をしたのだが。さすが王都。王国騎士団や王国兵が沢山いるお陰で、ギルドの仕事はほぼないという状況らしい。


 しかも、ギルドには8段階に振り分けられたランクみたいなのが有り。もちろん俺は一番下の最低ランクだ。

 というか、ステータスに関わらず誰だって最初は一番下のランクからスタートするらしい。


 ま、そんなことはどうでもいいんだが……。要は働きさがないということ。

 ギルドの受付のお姉さんの話によると。別の街に行けば俺にも出来る仕事はあるらしい。が、独りで化物のいる外を移動なんて無理だ。


 もちろん。王国兵として雇われなかったのは俺だけじゃない。

 兵として雇ってもらえなかった連中はパーティーを組み、別の街に移動したんだけど。俺はそこに誘われていない……。


 明智のクソ野郎と真夜ちゃんはステータスが優秀だったため兵として雇われた。二人にはあれ以来会っていないのだが、明智の糞漏らしはともかく。真夜ちゃんのことは少し心配だな。


 ま、人の心配なんてしている余裕は今の俺にはない。

 と、言うのも、金が尽きかけているのだ。


 この世界の金銭は三種類しかなく。銅貨、銀貨、金貨なのだが、銅貨10枚で銀貨一枚の価値。

 銀貨10枚で金貨1枚という感じなんだけど……。


 現在、俺が泊まっている宿は朝と晩の二食付きで、一泊銅貨3枚。

 俺はもう30日間ほどここに引きこもっている。

 このままだと3日後には破滅だ。


 そうなる前に何とかしなければいけないのだが、一人じゃどうすることもできない。


 そこで俺はこの街から移動すべく、再びアイテムを得ようと考えている。

 オークを倒した圧縮玉があれば、一人でも移動が可能かもしれない。

 ただ、問題が2点ほどある。


 一つが、圧縮玉は一度しか使えないこと。二つ目が、俺の残りMFポイントは121ポイントだけということだ。

 つまり、早い話が二個しか買えない。


 消費するアイテムより、何度でも使用可能なアイテムや武器とかがあると助かる。

 こればかりはヴァッサーゴに直接聞かないとわからないので。俺は固有スキル【他人の不幸は蜜の味】を発動させて、ミスフォーチュンにやって来たのだが……居ない。


 いつもは居るはずのヴァッサーゴが、店のどこにも居ないのだ。

 仕方ないのでソファに腰掛けて待っていようかと思ったのだが。不意に俺の視界に、店の奥にある扉が飛び込んで来た。


 確か……ヴァッサーゴはMFポイントがある程度貯まったら見せてくれるみたいなこと言ってたよな?

 だけど……今あいつ居ないしな。


 俺はソファに座るのをやめて、そのまま店の奥にある扉の前で立ち止まった。

 ドアノブに手を掛けて、もう一度店内を見渡す。が、やはりヴァッサーゴの姿はどこにも見当たらない。


「一体この扉の奥には何があるんだ? ひょっとしたらヴァッサーゴの奴はこの中にいるのかな……? 考えていても仕方ない。それに何より気になる」


 俺はなんとなくその扉を開けた。


「お邪魔しまーす」


 少しひんやりとした冷気が漂い。開いた扉の隙間から顔を出して、


「おーい、ヴァッサーゴ居ないのか……? ってなんだこれは!?」


 扉の奥に広がっていたのは、まるでフィギュア専門店のような光景。

 広い部屋の至る所に巨大な棚が設けられ。所狭しと透明なカプセルにフィギュアが入れられて、並べられている。


「一体何なんだこれは? ヴァッサーゴの奴は生粋のオタクだったのか?」


 俺は部屋を見渡しながら中へと入り、並べられたフィギュアに目を向ける。


「めちゃくちゃよくできてるなこれ?」


 俺はフィギュアにはあまり詳しくないのだが。そんな素人の俺から見ても、ここのフィギュアはリアルな作りをしていることがわかる。


「まるで……生きてるみたいだな」


 しかし、棚に飾られたフィギュアを見ていると、ふと違和感を感じる。

 この違和感はなんなのだろうと棚のフィギュアをよくよく見ていくと。


 何故かフィギュアの表情はすべて、眠ったように瞳を閉ざしている。

 メイド服の美少女フィギュアも、アサシンのようなカッコをしたフィギュアも、全部同じ表情をしているのだ。


 それに……フィギュアが入れられたケースの下には、値段のような物とフィギュアの名前らしきものが記載されている。


「なになに……フィーネア、No.34。8000ポイント。ん……? ポイントってことは売り物なのか?」


 でも……こんなフィギュアが8000ポイント? 一体誰が買うんだよ? 馬鹿じゃないのか?

 少なくとも俺なら買わない。

 俺は別にフィギュアオタクじゃないんだよ。


 棚を物色していると、どうやら美少女フィギアだけではなく。美少年フィギュアやモンスターフィギュアも取り揃えているらしい。

 価格はフィギュアによってポイントが異なるみたいだが……。

 随分と振り幅があるな。


 さっきの8000ポイントと違い。こっちのモンスターフィギュアは60000ポイント。

 精密に作られているみたいだが……いくらなんでも高過ぎる!


 ヴァッサーゴの奴は値段の付け方を知らないんじゃないのか?

 と、呆れていると。不意に背中に変な視線を感じて、振り返るったら。ヴァッサーゴが立っていた。


「うわぁああああああっ! 脅かすなよなっ!? お前の顔はただでさえ不気味なんだよっ!」

「それは申し訳ございませんでしたお客様。しかしながら、勝手に入られては困ります」

「お前がどこにも居なかったから、探して入ったんだよ」


 ジト目で俺を見ていやがる。明らかに疑っているな。


「さぁ、ここはお客様にはまだ早いです。向こうに戻りましょう」

「ああ」


 早いもなにも、こんなフィギュア誰が買うかっ!


 俺はヴァッサーゴに促されるままフィギュア部屋を出て、ソファに腰掛けたのだが。店の中には先ほどまでなかったモノが置かれている。

 それはよく見慣れたモノ。

 ガチャガチャだ。


「おい、ヴァッサーゴ」

「なんでございましょう。お客様」

「あのガチャガチャはなんだ?」


 俺は身を翻しながら、ガチャガチャを指差して尋ねてみた。


「あれは先ほど新たに入荷したガチャガチャでございます」

「そんなものは見ればわかる! 一体何が入ってるんだよ?」

「中身は様々でございます。店内の商品との引換券や、飴玉などです」

「飴玉……ね。ちなみに……店内の商品という事は、あの魔剣も当たりで入っているのか?」


 俺は壁に掛けられている、この間の10万ポイントの魔剣を指差した。

 すると、ヴァッサーゴは不気味な笑みを浮かべながら、頷いた。


「ホントだろうな? ちなみに一回いくらだ?」

「10ポイントでございます。お客様は121ポイントございますので、12回は回せる計算でございます」

「誰が全部使うかっ!」


 とはいえ……10万の魔剣が出てこれば儲けもんだな。

 それに魔剣というくらいなのだから、さぞ強いのだろう。

 ステータスオールFの俺でも勇者クラス、あるいはそれ以上になれるんじゃないのか?


「よしっ! 一回やるぞ!」

「毎度ありがとうございます。では、こちらへ」


 俺はガチャガチャの前に移動して、なんとなくそれを回した。

 出てきたのは見慣れた黒いカプセル。それを力ずくで二つにすると……飴が入っていた。


「ハズレのようですね」

「……いちいちうるさいんだよっ! そんなもんは見りゃわかる!」


 貴重な10ポイントを無駄に消費してしまったと苛立ちながら、俺が飴玉を口に放り込むと「あっ」と小さく声を発するヴァッサーゴ。


 ん……? 食っちゃ不味かったのか?

 俺のなんだから別に構わんだろ? と、思ったのも束の間。

 股間に激痛が走り、俺はその場でみっともなく股間を押さえながら蹲ってしまった。


 激痛を伴い、股間がどんどん膨張していくのがわかる。

 それは最早俺のそれではない。


「おいっ! なんだよこれっ!」


 悶絶しながらヴァッサーゴを怒鳴りつけると。

 ヴァッサーゴは愉快そうに笑いながら、言いやがった。


「倍々飴でございますな」

「なんだよそれっ! ふざけんじゃねぇぞっ!! 戻るんだろうなこれっ!?」

「もちろんでございます。小一時間もすれば元通り、小さな元のサイズにお戻りですよ」


 小さなだと……一言余計な気もしなくわないが。俺がバカみたいに膨れる股間を隠すように、一時間ほど蹲り続けいると。どうやら元に戻ったようだ。


 それにしても、なんて恐ろしいモノを入れてやがるんだ。

 でも、待てよ。

 ハズレの飴玉でこの威力なら……それなりのものが出てくれば使えるんじゃないのか?


「おい、ヴァッサーゴ。ハズレの飴玉は今の種類一つなのか?」


 俺はソファで茶を啜るヴァッサーゴに、ガチャガチャについて尋ねてみた。

 すると、ヴァッサーゴは教えてくれた。


 ハズレの飴玉は数十種類存在すること。

 その効果はそれぞれ。さらに――


 ガチャガチャは基本的に65%がハズレの飴玉だというが、残り35%が店内の商品だという。

 要は、この35%の中に当たりも含まれている計算になるのだ。


 つまり、確率論的に言えばっ! あと6回やればそれなりの商品が手に入る計算になる。運良く行けば魔剣が手に入るかもしれない。

 ここは継続だな。


「よし。あと6回やるぞ」

「では、どうぞ」


 俺は気合を入れて回したのだが……結果は6回とも飴玉だった。


「壊れてんじゃないのかこれっ! つーか、本当に飴玉以外入ってんだろうな?」

「ええ。もちろんでございます」

「…………っ」


 ギャンブルというのは不思議なもので、一度深みにハマると中々そこから抜け出せなくなってしまう。

 あとちょっと、あとちょっとと言っているうちに身を滅ぼしてしまうのだ。

 結果、俺は貴重な110ポイントを糞みたいな飴玉に変えてしまった。


 終わりだ。金もポイントもないんじゃ……どうやって生きていけばいいんだよ。

 俺は人の不幸を喜んでいるようなヴァッサーゴに、


「ちなみに……11ポイントで買えるものはあるのか?」

「ガチャガチャがございます」

「それ以外で」

「ございません」

「………………」


 俺は目を瞑り、考えた。

 そして、最後の手段に出る。


 俺は徐に服を脱いでいく。その姿を不思議そうに眺めているヴァッサーゴ。


「お客様? 何をなされているのですか?」

「これは俺たちの世界での、ある都市伝説だ。」

「はい?」

「ソーシャルゲームと言うゲーム内でガチャを回す際。お目当てのキャラを出すために全裸で正座をしながら回したら当たったと言う、都市伝説がある。俺は今から全裸で正座をしながら、すべてをこの最後のガチャに託すっ!」


 冷めた目で小馬鹿にしたようなヴァッサーゴが俺を見ているが、関係ない。

 こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。


 すべてを脱ぎ終えた俺は、今っ!

 全裸で正座をしながらガチャガチャの前に座る。

 この右手に今後の人生がかかっているのだ。

 俺は気合いを入れて……。



 いざ、勝負っ!!

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