第10話 なにがデルかな?

 ゆっくりと右に回す手は小刻みに震えて、顎先を伝う緊張がポタポタと太ももに滴り落ちる。

 あと数センチ手首を捻ると、運命が詰まった真っ黒な卵型のカプセルが転がってくるのだ。


 大丈夫。きっと大丈夫。

 これは何の根拠もない自信なんて頼りないものではない。

 俺が全裸でガチャを回すのは、実はこれで人生三度目なのだ。


 過去にスマホゲームで課金してまで欲しかったキャラを手に入れたとき。俺は二度、この全裸で正座ガチャを実践し、見事。お目当てのキャラを獲得している。


 だから今回も必ず大丈夫。きっとこのガチャからは最強の魔剣引換券が出てくるはずだ。

 俺は全身全霊で右手を捻った。


「せやぁぁあああああああああああああああああああっ!!」


 ――ガラガラ、カランカラン!


 店内には俺の気合の声音が反響して、残響が消えたあと――運命のカプセルが俺の前に姿を現した。

 俺はゆっくりとそれを手に取り、まずは重量を確認する。


 軽い。非常に軽いっ!

 まるで何も入っていないんじゃないかと疑ってしまうほど軽いのだが、それは先ほどまでの飴玉も同じ。


 次に俺は振ってみた。耳元で黒いそいつをカサカサっと振って音を確認する。とっ!

 なにも聞こえないのだっ!


 飴玉の時は確かにカラカラと乾いた音が聞こえたはずなのだが、今は無音っ!

 俺は自分の口角が吊り上がっていくのがわかる。

 だけどっ! まだだ。まだ安心しちゃいけない。


 このカプセルの中身が飴玉じゃないことは確実だと思う。思うのだがっ!

 それが魔剣とは限らない。

 そう、俺が求めているのは魔剣。

 それ以外は論外である。


 俺は思い切ってカプセルを開けた。

 すると、中には黒い紙切れが丁寧に折りたたまれて入っている。

 俺は咄嗟にヴァッサーゴに顔を向けると、


「チッ。おめでとうございますどうやら当りのようですね」


 ん……? こいつ今舌打ちしなかったか?

 それに……明らかにつまらなさそうな表情と、感情のこもらない声。

 まるで、俺が不幸になればいいと言いたげな態度だ。


 この野郎は他人の不幸を俺に集めさせるだけじゃなくて。俺の不幸も望んでるんじゃないだろうな?

 俺はミスフォーチュンの唯一のお客様なんだぞ!


 ま、そんなことは今はいい。

 問題は……この券が何と引換なのかだ。


 俺はカプセルを捨てて紙を手に取り、そいつをゆっくりと開いた。


【フィーネア No.34 引換券】


 んん……? フィーネア……おい、これって……まさか。

 俺はこれを知っている。

 知ってるもなにも……つい先ほど全く同じモノを目にしたばかりだ。

 そう、あのオタクが好みそうなフィギュア部屋で……。


 つまり……これは、よりにもよって糞フィギュアの引換券じゃないかっ!!

 オワタ……すべてはオワタ。

 俺は貴重な120ポイントを消費して、飴玉とフィギュアを手に入れたのだ。


 俺が真っ白に燃え尽きて、これからどうやって異界の地で生きていけばいいのかと、項垂れていると。


 ヴァッサーゴの奴が不満そうに色とりどりの紙吹雪を俺の頭上に巻き、手にしたベルをジャラジャラと鳴らしている。


 全裸に正座で項垂れる男の頭上から、舞い散る紙吹雪。なんてシュールなんだ……。

 言葉を失い、呆然とする俺の元に。ヴァッサーゴが奥の部屋から、あのケースに入った美少女フィギュアを持ってきやがった。


 そして正座する俺の前に、美少女フィギュアが置かれた。

 なんでよりによってフィギュアなんだよ。

 ひょっとして全裸で回すとレアキャラが出るというジンクスに従って、キャラフィギュアが出たんじゃないだろうな……。


 俺は泣きそうになりながら、フィギュアのケースを抱えて立ち上がった。

 そのまま覇気のない声音で、ヴァッサーゴに頼んでみることにした。


「このフィギュアって……8000ポイントするんだよな?」

「左様でございますが」


 物凄く不満そうなヴァッサーゴがめんどくさそうに応対しやがる。

 俺はお客様だぞっ! と、言いかけて飲み込んだ。

 今は下手に出ておこう。


「その……非常に頼みにくい事なんだが……別の商品と取り替えて貰うなんてことは……可能だろうか? 例えば圧縮玉10個と交換とか……」

「へっ……?」

「ん?」

「も、もちろんでございます」


 なんだ……? なんで突然そんなに元気になるんだ?

 このフィギュアが8000ポイントで、圧縮玉が一つ50ポイントだからか?


 そりゃー店からしたら嬉しいよな?

 でもなんか変だな……?

 ヴァッサーゴが慌ててフィギュアを回収しようとしてくるのを、俺は止めた。


「ちょっと待てっ!」

「っ!?」

「お前なんでそんなに嬉しそうなんだよ?」

「いえいえ、そのようなことは……」

「ちなみにこのフィギュアは何なんだ?」

「……」


 こいつ今完璧に目を逸らしやがった! 怪しいっ!

 怪し過ぎるっ!!

 ひょっとして……ただのフィギュアじゃないのか?

 その可能性は十分にあるっ!


 ただの飴玉でさえ、俺の股間があんなことになってしまうんだぞ?

 よくよく考えてみれば、8000ポイントのフィギュアがただのオブジェな訳がない。


「おい、このフィギュアはどうやって使うんだ? ただの飾りって訳じゃないんだろ?」

「……開封すれば……わかりますよ」


 ケースから取り出すくらいなら、交換するとしても問題ないだろう。

 俺はケースを開けて、フィギュアを取り出した。

 するとっ! フィギュアから突如眩い光が発せられ、


「なっ、ななな、なんだよこれっ!?」


 びっくりし過ぎた俺がそれを手放すと、フィギュアはどんどん巨大化していく。


 そして、あっと言う間に推定155センチから160センチほどになると。ゆっくりと開眼した。


 それはまるでおとぎ話のキスで目覚めたお姫様のようで、この世のものとは思えない美しさだ。そのあまりの美しさに、俺は一瞬で心を奪われていた。


 開花したばかりの、真紅の薔薇のような髪をポニーテールに結び、赤く煌く宝石を埋め込んだような瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。

 体のラインに沿ったメイド服は豊かな胸をさらに強調させて、そこからしなやかに伸びた肢体は、まさにビスクドールのような美しさ。


 まるで生きた人形のような可憐な美少女が、俺へとにこやかに微笑みかけてきた。

 それは凍てつく冬の終わりを告げ、色鮮やかな春の到来を思わせるように。俺の世界が瞬く間に色付いていく。


 同時に、これまで味わったことのない胸の高鳴りが、眠っていた細胞を呼び覚ますような。言葉では言い表すことの出来ない感覚がプラズマのように全身に走ったのだ。


「か、かわいい……」


 思わず漏れた本音に、美少女は小首を傾げて、もう一度微笑むと。

 視線を少し下にずらし、クスッと手を口元に当てて、言った。


「ご主人様も……その、小さくて……とても可愛らしいですよ?」

「へっ……!?」


 俺は彼女の視線の先に目を向けて、気付き。絶叫した。


「イヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 見ないでぇぇええええええええええええええええっ!!!」



 そう、俺は全裸待機中だったのだ。

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