第7話 ストレート、一本勝負!
こっちが生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているというのに、目の前のジジイは上機嫌で肩を震わせている。
そんなヴァッサーゴの態度に嫌悪感を感じ、一睨すると、
「危ないところでございましたね。ご無事で何よりでございます。お客様」
「危ない……? お前見てたのかっ!!」
ヴァッサーゴの言葉に違和感を感じた俺が、詰め寄り問いただすと。机の上に置かれている水晶玉を指差して、楽しそうに笑っていやがる。
まるでアニメや映画でも鑑賞していたと言わんように、悪びれる様子もない。
その態度にさすがに頭にきた俺は、ヴァッサーゴの胸元を掴み上げた。
「テメェーふざけんじゃねぇぞっ!! 見ていたんなら助けろよっ! こっちは死に――」
「お客様は何か勘違いをなされております」
言葉を被せてきたヴァッサーゴが、馬鹿にするように降参と両手を上げて、嘲笑う。
「
「……っ」
「しかしながら、大切なお客様がお困りの際は、より良い商品を提供させて頂く所存でございます。もちろん。MFポイントと引き換えに……で、ございますが」
このクソ野郎っ!
でも……冷静になって考えれば……確かにこいつの言う通りだ。
こいつが一体何者なのかは謎だが。
友達でもないのに、助けてくれは……都合が良すぎたな。
だがっ! だがだっ!!
人のことを覗き見しているこいつは気に食わないっ!
俺はお前の暇つぶしのエンターテイナーじゃないんだぞっ!!
一発ぶん殴ってやりたい気持ちを必死に抑え。震える拳をグッと堪えた。
「見ていたんなら状況はわかっているよなっ」
俺は掴んでいた手を離して、鼻から大きく息を吸い込み、吐き出すと同時に口にする。
ヴァッサーゴは胸元を正しながら、頷いた。
「ええ。もちろんでございます。特にお連れの方は相当危険な状況でございますね」
薄ら笑いを浮かべているのが気に食わないが、いちいち突っかかっていてもキリがない。
なので、ムカつくが無視することにした。
「それで、欲しいのは武器なんだが……あれを貰えるか?」
俺は店内を見渡して、壁に掛けられていた悪趣味な造形の剣を指指した。
「失礼ですがお客様。あれはお客様のポイントではご購入は不可能でございます」
「はぁ? ふざけんなっ!! 事故とは言え、こっちは四人も殺してポイントを貯めてんだよっ! 買えないわけないだろっ!!」
ヴァッサーゴはコクりと頷く。
「現在、お客様のMFポイントは221ポイントでございます。ですが……お客様がご所望の魔剣は10万ポイントでございます」
「はぁぁああああああああっ!? 10万だとっ!!」
ぼったくりにも限度ってのがあんだろうがっ!
四人も死に追いやってこれっぽっちのポイントしか手に入らないのに、10万だと!?
一体何人殺せば買えるんだよっ!
あまりにも馬鹿馬鹿しいぼったくり価格に、冷静になることはできたが……。
「ちょっとポイント設定おかしいんじゃないのか?」
「いいえ。適正価格でございます」
「……お前はこの世の人間を皆殺しにしろと言うつもりじゃないよな」
不信感の眼差しをヴァッサーゴに向けると、ポイントシステムについて語り始めた。
「お客様が不幸を誘発させ、死に追いやった方々は……既に不幸のどん底でございました」
「はぁ……? どういうことだよ?」
「MFポイントとは、人の幸福度からの不幸変動値によって得られるものでございます。つまり、希望に満ちておられたり、その者が不幸だと感じる度合いによって、得られるポイントは異なるのです。あるいはその者の立場などにも関係してまいります」
「立場?」
どういうことだよ。さっぱりわからん。
「立場というのは……そうでございますね。一国の王がその地位を不幸にも失ってしまうことと、平民が戦場に趣き死ぬのとでは、得られるMFポイントに雲泥の差が生まれます。つまり、お客様が死に追いやった四人は既に不幸の渦中に居たということでございます。わかりやすく申しますと、搾りかすのようなものでございます」
四人の命が搾りかすだとっ!
「でも待てっ! それならなんで25ポイントと30ポイント。ここに差額のポイントが発生するんだよ」
「それは与えられた不幸の時間でございましょうね」
つまり、なにか?
逃げて追われていた分だけ恐怖して、不幸が5ポイント増したと言うことか?
なんだよそれっ!
「まだ何かご不明な点でも?」
「ねーよっ! ねーけど、じゃあ……俺が買える武器は何なんだよ?」
「そうでございますね……」
ヴァッサーゴは徐に店内を歩き出し、棚から商品を二つ手に取って、こちらに見せている。
「なんだよそれ?」
ヴァッサーゴが手にしているそれは、筒のように丸められた茶色い紙切れと、拳サイズの黒いボールだ。
「こちらは結界を張ることが可能なスクロールでございます。見ていたところお連れ様は危機的状況下においでのご様子。あの状況からお連れ様を守るには結界がよろしいかと?」
「なるほど。で、そっちは?」
俺は黒いボールを指指した。
「こちらは圧縮玉でございます。使用方法は至って簡単。オークに向かってただ投げつければ良いのです」
「そんなので勝てるのかよ! 相手はとんでもない化物なんだぞ?」
俺が疑いの眼差しを向けると、ヴァッサーゴはあり得ないことを口にする。
「オーク程度の雑魚にはこれで十分かと?」
「……雑魚? あれが雑魚だとっ!?」
「ええ、雑魚でございます」
あたかも当然だと言うように淡々と言いやがった。
あれが雑魚なら……この先どうなんだよ!
……考えるのは止そう、今は先のことより真夜ちゃんのことだ!
「……じゃあ、それ買うけど……何ポイントだよ?」
「一つ50ポイント、合計100ポイントでございます」
雑魚を倒す割には結構するじゃないかよ。
「……わかったよ。じゃ、それ買うよ」
俺はヴァッサーゴから結界を張るスクロールと、圧縮玉とか言うタヌキ型ロボットもびっくりのアイテムを購入した。
購入後、俺はスクロールの使用方法のレクチャーを受け。
ミスフォーチュンの扉を開けて、深く深呼吸していた。
前回はこの扉をくぐった直後に、元に戻っていたんだ。
今回もそうかもしれない。
そう考えると、即効で結界を張る必要がある。
オークは既に真夜ちゃんに刃を放っている。
……一瞬だ、瞬きするくらい一瞬の時間でスクロールを使用しなくては。
イメージするんだ。扉をくぐった直後、左手に持ったスクロールを足元に居る真夜ちゃんに向けて、素早く開くっ!
大丈夫。ただこれを開くだけでいいんだ……それだけなんだ。
必ず成功するっ!
高鳴る鼓動を落ち着かせ、俺は意を決して鉄扉の向こう側へと飛び出した。
――それは本当にコンマ数秒の差だった。
俺へと手を伸ばす少女の体にあと数センチで、異物が体内に侵入するというところ。俺は抜け落ちた魂があるべき場所に戻って来ていたかを確認する間もなく、扉をくぐると同時にそれを開いていた。
だから、俺の意識が完全に覚醒し、この場に戻ってきたんだと脳が判断した時には――この両手でしっかりと開かれたスクロールから、神々しい輝きが放たれていることに驚愕することになる。
開かれたスクロールから飛び出した燐光が宙に見慣れぬ文字を刻むと、まるで地上に舞い降りた天使を祝福するかの如く、真夜ちゃんを優しく包み込んでいる。
その、大らかな光が真夜ちゃんを包み込むようにドーム状に聖なる壁を築き上げると。オークの振るった刃先を弾き返しながら広がり、邪悪な肉体を森の奥へと押し返していたのだ。
一体なにが起きたのかもわからず。呆然と俺を見つめる真夜ちゃんは、開いた口を閉じることすら忘れている。
そして、次の瞬間――
一瞬、塞き止められた真夜ちゃんの声と涙は、勢いを増して流れ出た。
「う゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ん゛」
手にしたスクロールが黒い煙を上げて消滅すると同時に、俺は真夜ちゃんに向かって、言った。
「待ってろ! すぐにあの化物をぶっ倒してやっからなっ! もうこれ以上、俺の友達は誰一人殺させやしないっ!!」
泣きじゃくる真夜ちゃんだったけど、その瞳はしっかりと俺を見つめて、力強く頷いた。
俺はすぐに真夜ちゃんから森の奥に目を向けて、ゆっくりと迫り来るオークを睨みつけてやる。
オークの眼には既に真夜ちゃんは写っておらず。凶悪な眼差しを俺へと向けて、威嚇するように雄叫びを上げた。
「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
唾液を撒き散らし、大気を揺るがすその咆哮に、思わず一歩身を引いてしまいそうになる。
だけどっ! ここで引くわけにはいかないんだっ!!
大丈夫。俺には圧縮玉があるっ!
ヴァッサーゴは言った。ただこれをオークに投げつければいいだけなのだと!
あの胡散臭いジジイのことは気に食わないが。
ミスフォーチュンの、あの店のアイテムの力は本物だ!
一度は俺を窮地から救い。今だって確かに真夜ちゃんを救ってくれた。
最早この圧縮玉を疑うことなんてないっ! 迷うこともないんだっ!
俺はただ当てればいいだけ、この右手に持つボールを正面から襲って来る間抜けに、投げつければいいだけなんだよっ!!
「さぁ、どっからでも来やがれっ! 俺は逃げも隠れもしねぇーぞっ!」
「グオオオオオオオオオオオオッ!!」
再び悪魔の声を響かせたオークが、鉈を掲げて突っ込んできやがる。
俺は真正面からバカ正直に突っ込んでくるオークに、ストレートで勝負する。
手にした圧縮玉を胸元で構え、右足を軸に左足を振り上げた。
そのまま一気に振り上げた右腕を、全力で振り抜くっ!
「喰らいやがれぇええ! 俺の高速魔球っ!!」
俺が放った圧縮玉という名の高速魔球が、でかい図体の的に見事に命中すると。圧縮玉はけたたましい轟音を森中に響かせながら、空中で黒い渦を巻いて停止した。
オークの体は小さな渦巻く玉に吸い寄せられ、肉を断ち切り、骨を粉々に砕いては。巨大ねずみ花火のように真っ赤な体液を撒き散らせている。
それはまるで掃除機で体を吸い込まれた後に、フードプロセッサーに掛けられているような、悲惨なものだ。
あまりの凄まじい光景に、俺も後ずさりしてしまう。
オークの体が完全に圧縮玉に飲み込まれると、汚い話だが。下痢の時のような不愉快極まりない音が鳴る。
それがオークの最期を知らせる音だった。
圧縮玉はオークの体をすべて飲み干してしまうと、地面に落下し、そのまま砕け散ってしまった。
俺も光の中に居る真夜ちゃんも、離れた所から様子を窺っていた明智も、呆然とただそれを眺めていた。
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