第6話 ござる、再登場
「いやーやはりユーリ殿もご無事でござったか」
と、口にしながら歩み寄ってくる明智だが。何故かズボンを履いていない。ズボンどころかパンツも履いていない。
器用に前張りのように大事な箇所に大きな葉を張り付けている。
その、明智の佇まいに、真夜ちゃんはゴキブリでも見るような不快な眼差しを向けているが、当然だな。
俺も同じだ。それにしてもこの辺は臭いな。
「おい、明智っ!」
「なんでござるか?」
「なんでござるかじゃないだろっ! お前なんで履いてないんだよっ!!」
「いやーこれには話せば長い事情があるでござるよ」
こいつは森の中で追い剥ぎにでも遭ったと言うのか?
「事情ってなんだよ?」
「……ま、それはいいではござらぬかっ。それよりも再会出来たことが、それがし非常に嬉しいでござるよ」
明らかに何かを誤魔化した明智だが。ま、いいかと思った俺に、真夜ちゃんが何かを指差している。
「遊理くん! あれっ!!」
「ん……?」
俺は真夜ちゃんが指し示す方角に顔を向けた。
するとそこには……脱ぎ捨てられたパンツとズボンに
……通りで臭いわけだっ!
「「………………」」
俺たちは絶句し、流し目で明智の方を見やると。
明智はどこか彼方を見つめている。
「大自然はいいでござるなー。心も体も開放的になるでござるよ」
解放されたのはテメェーケツの穴だろうがっ!
それにしても、こんなに強烈な悪臭を放ちながら、こいつはよくオークに見つからず生きていたな。
「いくらなんでもクソ漏らすのはないだろ……」
「恐怖で失禁なら聞いたことあるけど、恐怖で脱糞なんて聞いたことないわよ」
俺をチラ見しながら失禁を正当化しつつ、明智をディスるという高等テクニックを披露する真夜ちゃん。
明智は一瞬フリーズすると、すぐに耳に手を翳して、戯言を吐かしていやがる。
「鳥のさえずりが聞こえるでござるよ。風流ですなー。この綺麗な声はカナリアでござろうか?」
「「…………」」
何言ってんだよこいつっ!
それで誤魔化せるとでも思ってんのかっ!!
明智はきっと俺と真夜ちゃんの……主に真夜ちゃんの軽蔑の眼差しが耐えられなかったのだろう。
カッコつけながら中指でメガネを押し上げて、言った。
「亀元3年(1572年)12月22日のことでござった。遠江国敷知郡で武田軍と徳川軍の遭遇戦が発生したでござるよ。世に有名な三方々原合戦でござるな。その際、徳川家康は命からがら城に逃げ帰ったのでござったが、馬の鞍に脱糞していたという伝説があるでござるよ。その他にも第二次大戦中に米軍がした調査では、失禁が半数ほどで脱糞で23割の経験だったと――」
「わかったわかったっ、もういいっ! お前の脱糞は仕方の無い脱糞だっ! それでいいだろ!!」
たくっ! こいつは本当にめんどくさい奴だな。
どんだけ脱糞を正当化したいんだよ。
お前が見苦しく言い訳を並べる度に、真夜ちゃんはどんどん引いてるじゃないか。
こんな奴と友達だと思われていることがすごく嫌なのだが、明智のステータスの高さを俺は知っている。
この森を抜けて、どこか街にたどり着くまでは一緒に居た方が生存率は確実に上がるだろう。
真夜ちゃんは明智に近付くなと言うように俺を盾にして距離を作り。
明智はそんな真夜ちゃんを一瞥して、頬を赤らめている。正直、気持ち悪い。
明智は少しでも真夜ちゃんに気に入られたいのか、ステータスについて話始めた。
「真夜殿のステータスはどんな感じでござるか? それがしは力A、耐久C、敏捷D、魔力Cでござるよ。いやー自分で言うのもなんでござるが、頼りになるでござるよ」
自慢げに自身のステータスについてペラペラ喋る明智を、意外と言ったように目を見開き驚いている真夜ちゃん。
「私は力と耐久がDで、敏捷がBに魔力がAかな?」
「おお! それは凄いではござらんかっ!」
確かに凄いけど……。敏捷が明智より高いなら、明智より森の奥に居ても良さそうなのだが……。
そこはやっぱり体力が続かないということなのだろうか?
全Fの俺は元の世界の頃と何も変わってなさそうだから……まったくわからん。
明智のよいしょに気を良くしたのか、真夜ちゃんもまんざらではなさそうなハニカミを見せ、聞かなくてもいいことを聞いてくる。
「遊理くんは?」
「え……?」
「遊理くんのステータスだよっ!」
「……あぁ、ねっ」
「ん……?」
俺が口ごもり苦笑いを浮かべていると、明智の野郎が腰に手を当て、余計なことを言いやがる。
「ユーリ殿はそれがしと似たようなステータスでござるよ」
「ふーん。で、具体的には?」
あざとく人差し指を唇に押し当てた真夜ちゃんが、愛らしい表情でぶっ込んできた。
「それがしもまだ聞いておらぬよ。で、どうなのでござるか?」
二人は何を期待しているのか、瞳を輝かせながら食い気味に身を寄せてくる。
俺は咄嗟に考えた。今ここで素直にオールFですと言えば……。
『嘘でしょっ!? あり得ないっ! そんなのでよく逃げ切れたよね』
『というか、それがしには嘘を言っていたと言うことでござったか……。それがしに真実を打ち明けたら見捨てられるとでも思ったでござるか……? 最低でござらぬかっ!』
『遊理くん足でまといにしかならないよね……』
『ここは申し訳ないでござるが……置いていくでござるよ、真夜殿』
『そうね……仕方ないよね』
ダメだっ! 言えないっ!!
そうなったらまた一人になってしまう……。
それだけは絶対に嫌だっ!!
だけど嘘をついたところで……確実にバレる。
足の速さだけであれほど差が出てしまうなら、今は凌げてもそのうち必ずバレてしまう。
どうしよう……。
俺を急かすように二人の顔が迫り来る。
「えっと……その……」
「「うん」」
その時――
――ガサガサッ
茂みの奥から微かに葉の擦れる音と、足音が響いてきた。
「「「!?」」」
緊張が稲妻のように全身を貫くと、身構えながら音の方角に意識を集中させる。
すると穏やかだったはずの心音はバクバクと早鐘に変わり、恐怖で肌が粟だつと同時に嫌な汗が吹き出した。
不穏な空気が漂い、湿り気を帯びた生暖かい風が俺たちを吹き抜けた直後――
トンネルのように暗闇へと続く木々の隙間から、それは音も無く飛んできて、俺たちの手前で落下した。
一体なんだっ!?
と、足元をゆっくりと転がる”それ”に視線を向け。”それ”が木漏れ日に照らされたとき、俺たちはこの世のモノとも思えない叫びを上げていた。
「「「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!」」」
俺たちの視界に飛び込んできたのは生首っ!
突然の生首に俺たちは驚愕し、真夜ちゃんは力が抜け落ちたようにその場に座り込み。明智も戦慄に身を動かせずにいた。
俺は驚き声を上げたものの、ここに来るまでの間にこれ以上の地獄を目にしていたからだろうか。すぐに冷静さを取り戻していた。
「真夜ちゃんすぐに立つんだっ! 明智もすぐに逃げるぞっ!!」
俺は声を張り上げ二人に逃げろと伝えるが、すぐに動いた明智とは違い。真夜ちゃんはガタガタと震えながら、顔をこちらに向けてくる。
その表情は絶望に染まり。大きな瞳がみるみる涙でにじんでいくと、俺を見上げながら震えた唇を動かした。
「うっ、ううう、動け……ない」
はぁ? 何言ってんだっ!?
動けないってどういうことだよっ!!
すぐに大地を蹴り上げ風のように走り出した明智とは違い。真夜ちゃんは立ち上がろうとしない。
すると、猛スピードで遥か先に移動していた明智も異変に気が付いたのか、立ち止まりこちらを振り返っている。
「ユーリ殿っ!! おそらく真夜殿は腰を抜かしているでござるっ! もう助からないでござるっ! それがし達だけで逃げるでござるよっ!!」
明智の怒鳴ったような声を聞いた真夜ちゃんは、
「イ゛ヤ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! お願い見捨てないでっぇええええええっ」
這い蹲り、必死に俺へと手を伸ばす真夜ちゃん。
その美しい顔は鼻水と涙で歪み、俺に助けを求めている。
そんな立ち尽くす俺の元に、闇の中からそいつは姿を現した。
体長2メートルを優に超える豚の頭部を持つ化物。手には巨大な鉈を携えている。
オークは俺と真夜ちゃんを交互に見て、一瞬口元を歪ませた。
刹那――俺は悟った。
こいつはただの化物じゃない。こいつには知性があるのだと。
なぜオークが襲って来る前に生首を投げつけてきたのか、それは恐怖で俺たちの足を止めるためなのだろう。
こいつは学習しているのか、あるいは初めから知っているのか……それはわからないが。
こいつが知性ある怪物だということは間違いない!!
「なにをしてるでござるっユーリ殿っ!! 早く逃げるでござるっ!!」
「いがな゛い゛でぇえええええええええっ!!」
俺に逃げろという明智の判断は正しい。
俺がこんな化物に勝てる訳などないのだから。
だけどっ!!
泣き叫ぶ女の子を見殺しにするのか?
必死に手を伸ばすその手を払いのけるのか?
ここで彼女を見殺しにしてしまったら、俺はなんの為に四人も殺してしまったんだ……。
それに……俺の足は遅い。
ここで逃げても……この化物が真夜ちゃんを殺したあと……すぐに捕まってしまうだろう。
イチかバチかやるっきゃない!
俺が生き残るためにも、戦うしかないんだっ!
俺はオークを見やる。
オークは這い蹲る真夜ちゃんの頭上に鉈を振り上げている。
俺はオークが凶器を振り下ろすよりも先に、叫んだっ!!
「他人の不幸は蜜の味っ! 発動っ!!」
――世界は止まる。
色も音も失った世界で真夜ちゃんの途切れかけた命の糸が、切られることはない。
俺はオークに視線を向けて睨み付け。右側に出現した、禍々しいオーラを放つ鉄扉へと駆け込んだ。
「ヴァッサーゴッ!! 武器をよこせぇえええええええええええええっ!!」
俺の切羽詰った叫びは、ミスフォーチュンという名の悪趣味な店に響き渡ると。
まるで俺がやって来ることがわかっていたように、待ち構えているヴァッサーゴの愉快そうな声音が返ってくる。
「お待ちしておりましたよ、お客様」
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