第4話 MFポイント
一刻も早くみんなに追いつかなくちゃと数百メートル走った先で、俺の足は再びゆっくりと減速し、ピタリと止まった。
「なんだよ……これ!?」
目の前に広がるのは死体の山。肉塊と化した友人たち。
アニメや映画なんかでしか見たことなかった死んだ人間たちだ。
それを目にした瞬間――全身に戦慄が走り、胃袋が爆発したように嘔吐した。
「……ぅうううう゛」
今朝口にしたトーストもスクランブルエッグもオレンジジュースも何もかも、逆流してくる。
もう枯れてしまったと思い込んでいた涙も、新たな水源を掘り当てたように止めど無くこぼれ落ちていく。
もう嫌だ、帰りたいっ! せめて誰かに会いたい。
こんなにも一人が心細く、恐ろしいものだと知らなかった。
どれだけ泣き言を言ったところで、この地獄のような世界で生きるためには歩かなきゃいけない。進まなきゃいけない。
立ち止まっていても未来はないんだ。恐ろしいけど行かなきゃいけない。
せっかく助かった命だ。死にたくはない!
決意した俺はゆっくりと歩き出す。横たわる無残な友たちをできるだけ見ないように。
だけど……空ばかり見上げて足元を見なかったのがいけなかったのだろう。
俺は不意に何かに躓き、派手に転んだ。
地面に体が叩きつけられると同時に跳ね上がる血液。上体を起して慌てて口元を拭うが、気持ち悪いくらい鉄の味が口内に広がっていく。
血溜まりの上に両手を突き、顔を上げた時――
「ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――」
俺は絶叫していた。同時に目前に横たわる少女の元に這い寄った。
「久美ちゃんっ!? 久美ちゃんっ!!」
俺は彼女の肢体を抱き上げて、何度も彼女の名を口にした。
だけど、彼女が俺の声に反応することはなく。目の焦点はどこにも結ばれてなどいなかった。
彼女は死んでいたのだ……。
彼女の名は大桑久美。俺の人生初めての彼女だった。
入学してすぐに付き合った俺たちだったが、些細なことで喧嘩をしてしまい。
いつからか互いに口を利かなくなり、避け合い、気が付いた時には別れたことになっていた。
初めて抱きしめた彼女の体はとても軽くて、その体は徐々に冷たくなっていく。
「ごめんね……助けであげられなぐで……ごめ゛ん゛」
俺は最後にもう一度だけ、力一杯彼女を抱きしめてから地面に寝かせ。立ち上がり歩き出す。
本当はもう立ち上がることも、歩くのも嫌だった。
出来ることなら何も考えず、悲劇の中で呆然としていたかった。
だけどそれはできない。視界に映る10:28という数字が俺を急かすんだ。
俺は彼女たちの分まで生きなきゃいけない。
その為には残された時間を無駄にはできないんだ。
俺は走ったよ。振り返ることも立ち止まることもせず、ただ我武者羅に前だけを向いて走ったんだ。
行き先はわかっている。
まるでヘンゼルとグレーテルが置いた石のように、死体が指し示す道しるべ。嫌でもわかるさ。
だけどなんでだろう……。
あれほど恐ろしかった本物の死体を見ても、もうそれほど怖くはない。
体の震えも止まり、涙も本当に枯れ果ててしまったようだ。
人間の慣れというのは本当に恐ろしい。
それともこの短期間で俺の精神は、脳みそはおかしくなってしなったのだろうか。
わからないが、心が擦り切れてしまうその前に……誰でもいいから会いたい。
会って人の温もりに触れたい。
そんな俺の前に広大な森が広がり、薄暗い奥へと血痕は続いていく。
おそらくオークが浴びた返り血だろう。
手招きする森の奥に更なる絶望が待ち受けていたとしても、俺が立ち止まることはない。
独りで居ることの方がよっぽど恐ろしいのだから。
俺は鬱蒼と覆い茂る森の中に無謀にも飛び込んだ。
森の中を駆け回ること数分。俺は乱れる呼吸を止めていた。
俺の進行方向には一匹のオークが巨大な
そいつはまるで何かを探すように、辺を睥睨して鼻をクンクンと器用に動かしていた。
一体何を探しているんだ?
だけどその答えはすぐに判明する。
俺の斜め前、茂みに身を潜めるように蹲る女の子の姿が見えたのだ。
あれは同じクラスの
真夜ちゃんは逃げることを諦めて身を隠したのか!?
確かに、荒野と違って森の中は身を隠すのに最適だといえる。
だけど、オークはこの場に真夜ちゃんが潜んでいることに気が付いているのか。一向にこの場から離れようとはしない。
そして最悪なことに、俺の視界には00:48と記されている。
あと48秒で俺の霊体化も、その効果が切れてしまう。
俺だけが逃げるなら十分な時間かもしれない。
だけどっ!
女の子を見殺しにして一人この場から立ち去るなんて俺には出来ない。そんなことはしたくない。
それに何より、やっと見つけた生きた人間なんだ。
でも……俺に何ができると言うのだろう?
仮に俺のステータスがオールAだったら戦うことは可能かもしれない。
透明で俺が見えないのだから、その隙に武器を奪い、反撃することも可能だ。
けど、実際はオールF。ここまで走って、もう嫌ってほどわかっている。
俺は目の前で蹲っている真夜ちゃんより何もかも劣っているということ。
筋力も打たれ強さも、足の速さもだ!
俺にあの化物を倒すことは出来ない……。
でも……倒すことは出来なくてもっ、真夜ちゃんを助けることは出来るっ!
そうさ、なにもバカ正直に殴り合うことなんてないんだ。
要は真夜ちゃんの逃げる時間を稼げればいい。
つまり、あいつをこの場から遠ざければいいだけのこと。
それなら俺にだって出来る!
オークは自らが浴びた返り血で鼻が効かないのか、鉈を振り回し始めた。
その動作はまるで、草の根分けてでも見つけ出してやると言っているようだ。
時間がない!
オークが真夜ちゃんに気付いたら手遅れだ。それにこちらのタイムリミットも迫ってきている。
――00:12。
俺は地面に落ちていた石を拾い上げて、真夜ちゃんが身を潜める場所とは逆側の大木に石を投げた。
そう、早い話が音でこいつを誘導して遠ざければいいだけのことっ!
俺が放った石礫は遥か遠くの巨木に見事的中っ!
思わずガッツポーズを取ったのだが……嘘だろっ!?
信じられないことに……俺が放った場所には数人の男女が身を潜めていたのだ。
オークが音に反応して凄まじい勢いで猪突猛進する中、数人の男女は驚き立ち上がると、悲鳴を上げて走り出した。
足が速ければまだ助かる可能性はあると思ったのだが……その足は遅かった。
俺が速いと感じたあの走りではなかったんだ。
どうして……?
そんなことは少し考えればわかることだった。
なぜ彼らが走ることを止めて身を潜めたのか、その答えは至極簡単。
疲れたからだ。
疲労しきった体では、いくらステータスが身体能力を向上させても、その本来の力を発揮できないということ。
だから彼らは身を潜めるという選択肢を取らざる負えなかったのだろう。
さらに森という地形は走るという行為に適さない環境だ。
特に普段森で走るという経験がない者に取って、森で走ること自体が困難だと言える。
結果、俺の目の前で男子生徒は首をはねられ。背を向けた女子生徒は髪を掴まれ、そのまま体躯に鋭い刃物が貫通した。
まるで手持ち花火のように噴き上がる血飛沫と、耳をつんざく悲鳴が森中に木霊する。
二人を惨殺しても尚、満足することのないオークは逃げた二人を追ってさらに森の奥へと入って行く。
きっと、あの二人は助からないだろう。
俺は……誰かを助けたつもりが、誰かを殺してしまったんだ……。
震える手を固く握り、呆然と立ち尽くしていると、
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「なんだよこれ……? ふざけんじゃねぇえええよっ!!」
俺はその場に手を突き、やるせない思いを叫んでいた。
同時にタイマーは00:00を示す。
「月影……遊理くん……?」
震えた声で俺の名を呼ぶ志乃森真夜。
霊体化の効果が切れたことと、俺の叫び声で気が付いたのだろう。
真夜ちゃんは小刻みに震えながら、こちらに向かって来る。
その顔は怯えていたけれど、どこか安心したようにも見えた。
「大丈夫……? あんなの見たら……そうなる、よね」
……彼女は知らないだろう。今目の前で死んだ二人は、俺が殺したのだということを。
そして――
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先ほどの二人が死んだということなのだろう……。
これで俺は四人を間接的に殺害したことになる。
なにが……不幸ポイントだよ……。
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