第2話 ようこそ、ミスフォーチュンへ

 俺は薄気味悪い扉の前で立ち止まり考えている。

 これは入っていいやつなのだろうか?


 でも、俺の固有スキルで現れた鉄扉なんだし……入っていいんだよな?

 考えていたって仕方がないと、恐る恐るドアノブに手を掛ける。

 意外と重たい鉄扉をゆっくりと引き、そっと中を覗き込むが、薄暗くてよく見えない。


 でも、奥に空間があることがわかる。

 ここまで来てビビっていたって仕方がない。と、中に入った瞬間。

 ガタンッ――と、突如ひとりでに扉が閉まった。


 驚きビクッと体を震わせた次の瞬間――

 強烈な光が視界を奪い、俺は眩しさのあまり両手で顔を覆い隠していた。

 徐々に目が慣れ正面を見やると、タキシードに身を包んだ小太りのじいさんが机の前に腰を下ろしている。


「ようこそ、ミスフォーチュンへ」


 アニメのキャラかとツッコミを入れたくなるほどの鷲鼻に片眼鏡をはめて、鳩でも飛び出してきそうなシルクハットを頭に乗せているじいさんが、落ち着き払った声音で俺を歓迎してくれているのだが、同時に気味の悪い笑みを浮かべている。


 俺は部屋の中を確認するように見渡しながら、ゆっくりと足を踏み出した。

 10畳ほどの部屋にはソファと長方形のテーブルが置かれており。奥に扉が一つ確認できる。

 さらに壁に沿うように棚が設けられ、商品と思わしき品々が綺麗に陳列されている。


 なにが入ってるのか怪しい小瓶に、骸骨の頭部のオブジェ。読むのに相当時間を要するのではないかと思われるほど分厚い本。おまけにゲームなどで出てきそうな武具の数々。

 とにかく何屋なのかまったくわからないが、店だということだけは理解した。


「ここに訪ねてこられるお客様は400年振りでございます」


 すべてを見透かしたような眼を俺に向け、じいさんが話かけてきた。


「ここはなんだ? 俺は固有スキルってのを使ったんだが……。じいさん何者だ?」


 俺の問いにじいさんは頷き、答えた。 


「ここはミスフォーチュン。選ばれし者だけが訪れることを許された店でございます」

「選ばれし者……? ちょっと、その……まったく意味がわからないんだけど……あんたはいい人なの? 悪い人なの? 俺はどうなってんだ?」

「どうやらこちらに来たばかりのようですね。では、少しご説明いたしましょう」


 そう言うと、じいさんはソファに座るよう手で促し、俺と向かい合う形で自分も腰を掛けた。

 俺はじいさんが席に着いたのを確認し、自分のことについて話をした。


「信じてもらえるかわからないけど、俺はこの世界の人間じゃないんだ」

「存じておりますよ」


 存じている……? なんで? 初対面だよな?

 俺が困惑した表情でじいさんを見つめると、じいさんは色々と教えてくれた。


 まずこのじいさんの名前はヴァッサーゴ。

 このミスフォーチュンという謎の店の店主だ。


  俺はヴァッサーゴに元の世界に帰る方法はあるのかと訪ねるが、それについては知らないらしい。

 知らないのなら仕方ないと、俺はヴァッサーゴに違う質問をすることにした。

 そこでわかったことが幾つかある。


 まず、気になっていたレベルについて。

 このレベルというのは個体ではなく装備している武器のレベルだという。

 早い話が武器を装備していなかったからレベルなし。と、表記されているらしい。


 武器はレベルが上がると切れ味などが向上し、希に新たなスキルを獲得する事もあるという。


 スキル。

 これは基本的に武器に備わっているものが表示されるらしいのだが。武器以外にもスキルを身につける方法はある。

 その為には魔道書が必要らしいが、かなり貴重なものらしい。

 


 次にステータス。

 ステータスは基本的に俺が考えた通り全6段階らしく、Fは最低評価という。

 ただし、希にAより上も存在する。

 それこそが勇者の証、S評価らしい。


 ま、俺には一生関係のない話だから、どうでもいい。


 さらに、こちらの世界にも人間は住んでいるらしいのだが、オールF評価は滅多にお目にかかれない存在。ある意味レアだと言われた。

 そんな話は聞きたくなかったし、まったく嬉しくない。


 ちなみにこのステータス評価は基本的に固定だという。

 何らかのマジックアイテムや魔力付与。つまりエンチャントで一時的に向上させることは可能らしい。


 そして一番気になっていること、このミスフォーチュンという店だ。


 この店は固有スキル【他人の不幸は蜜の味】を所有する者しか訪れることができない。

 この店に置いてあるモノはすべて商品らしいのだが、金では購入できないという。


「金で買えないって……じゃどうやったら売って貰えるんだよ」


 ま、こちらに来たばったかりの俺に、この世界の金なんてないのだが。


「MFポイントと引き替えに購入する事が可能でございます」

「MFポイント? ってなんだよ?」

「MFポイントとはミスフォーチュンポイントという意味でございます」

「だからそれがわかんねぇーんだよっ」


 ヴァッサーゴは顔の横で人差し指を立て、口元を歪ませた。


「ミスフォーチュン、それは不幸です。お客様が他人の不幸を誘発するたびに、MFポイントは必然的に貯まるという仕組みになっております。試しにMFポイント確認と、心で念じてみてください」


 言われた通りMFポイント確認と念じると、


 《MFポイント0》


「ゼロじゃないかっ」

「それはまだお客様が他人の不幸を集めておいでになっていないためです」

「じゃ……何も売って貰えないということか?」


 それはまずいっ!

 この固有スキルだけがオールF評価の俺の最後の砦なのに、何も手に入らなかったら意味ないじゃないかっ!


 考えても見ろっ! 周囲は荒野で近くに街らしきものがない。

 ということは、街まで移動しなきゃいけないということだ。

 その道のり、モンスターに襲われない保証なんてあるのか? ある訳ないっ!


 ドラ○もんの便利道具一つくらい持っていないと、不安で移動なんてできないっ!


「お客様は400年振りのお客様でございます。初回来店記念としてこちらを差し上げましょう」


 ヴァッサーゴは謎の小瓶を差し出してきたのだが、こんなもんいらんっ!


「武器をよこせっ! 武器がなかったら戦えないじゃないか。400年振りの顧客を失うことになるぞ!」

「落ち着いてくださいお客様。お客様はオールF評価でございます」

「だから武器が必要なんだろうがっ!」

「いいえ。お客様が武器を手にしたところで、恐らく無意味でしょう」


 なっ、なんて失礼なことを言いやがんだっ!!


「お客様様がそれなりに戦う為には、数多くのアイテムが必要となるでしょう。その為にはまず、MFポイントを貯めることが先決です」

「だからお前がくれれば問題ないじゃないかっ」


 俺は机を思いっきり叩きつけ、身を乗り出し迫った。

 ヴァッサーゴはまぁまぁと両手を突き出し俺を宥めようとするが、こっちは命がかかってんだ!

 引くわけにはいかない。


「私も商売ですので……。これが精一杯の手助けでございます」

「こんなのが何の役に立つんじゃっ!」

「いいえ。その小瓶は今のお客様に最も適した商品でございます。お客様が窮地に陥った際、それを飲み干せばお客様は必ず助かります」


 俺は握り締めた小瓶に目を向けた。

 これがそんなに役に立つって言うのか?

 カマかけてんじゃないだろうな?


「本当だろうな?」

「もちろんでございます」

「……じゃあちなみに、あの扉の奥には何がある」


 俺が部屋の奥にある扉を指差し尋ねると、ヴァッサーゴは本日一番の厭らしい笑みを浮かべやがった。


「お客様がMFポイントを貯めればわかりますよ」

「ポイント……ね」


 これ以上ここに留まって居ても無駄だと判断した俺は、ミスフォーチュンを後にすることにした。

 店を出る間際も、ヴァッサーゴはニヤついていやがる。


「またのお越しをお待ちしております」

「ああ」


 鉄扉をくぐり外に出ると、幽体離脱していた俺の体はあるべき場所に戻っていた。

 同時に止まっていた世界も動いている。

 一体どうなってんだ……夢か?

 と、一瞬思ったのだが。俺の手にはヴァッサーゴから貰った小瓶が握り締められていた。


 どうやら夢ではなさそうだな。

 そう思ったのも束の間。


「おい、ありゃーなんだ?」


 誰かが大声を上げ、その声に軍隊並の統率で皆一斉に同じ方角に顔を向けると。

 何かが砂埃を巻き上げながら、凄まじい勢いでこちらに向かってきている。


 それは多分、時速50キロほどの速度で迫って来ていると思う。

 目を凝らし、全員が一点を見つめている。


 徐々に近付いて来るそれを肉眼で確認したとき、俺の体は一瞬ギョッと固まった。

 俺だけじゃない。明智も周囲に居た連中も見る見る顔色が青白く染まり、息を呑んでいる。


 無理もない。俺達が見据える先には数百匹の化物が猪突猛進して来ているのだ。

 豚の頭部を持つ二足歩行の怪物。その見た目はゲームなどでお馴染みのオークに酷使している。


 さらにファンタジーゲームさながらの武器を携えていやがる!


 化物を視界に捉えること数秒。

 水道の蛇口を勢い良く捻ったように、次々と荒野に叫び声が響き渡った。


 悲鳴は伝染病のように瞬く間に600人近い人間に伝染すると、皆我先にと化物とは逆方向に走り始める。

 言うまでもなく、俺もその一人だ。


 とにかく走らなきゃ、逃げなきゃ不味い!

 あんな化物に捕まったら、考えるまでもなく……死しかない!!


 が、俺を残し、600人近い連中はどんどん遠ざかっていく。



 嘘だろっ!? なんでみんなあんなに足が速いんだよ!?

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