俺だけ入れる悪☆魔道具店無双〜お店の通貨は「不幸」です~
🎈パンサー葉月🎈
第一章
第1話 初めての異世界
月曜日。俺が一番嫌いな曜日だ。
きっと、月曜日が好きな日本人なんて皆無だと俺は思っている。
それは長い一週間の始まりを告げる最悪な曜日。
毎日毎日同じところに通い、同じような毎日が繰り返される月曜日から金曜日は苦痛でしかない。
こうして窓際の席から校庭を眺めるだけの苦行が、また繰り返される。
ところがどっこい。今日は少し違う。
そう、今日は待ちに待った終業式。
明日からはエロスの女神と呼ぶべき夏の日差しが俺たちをランデブーさせる。
夏といえば海、山、川。そのどれもが凍りきった女子の心を溶かしては、ひと夏の淡い幻想を与えたもう。
つまりは夏の魔法にかけられた女の子たちが開放的になる瞬間。
それは童貞卒業のチャンスなのです!
何を隠そうこの俺こと月影遊理16歳は、高校二年生にもなって童貞なのだ。
もちろん。俺がブサイクだからモテないとかじゃない。断じてそれはない!
現に俺にはこれまで彼女が三人居た。
だが、タイミングというのが中々なくて、たまたまこの年まで童貞だっただけだ。
見ろ、窓に映るこの凛々しい顔。まるで夜をまとったような髪は少し癖っ毛だけど、似合っている。かっこいい。きっと誰が見てもイケメンと言われる部類に属するだろう。
待ちに待った夏を満喫するために準備だってしてきたんだ。
この夏のために数ヶ月前からバイトして貯金をし、夏休み前には綺麗さっぱり辞めてやった。
すべては夏を満喫するため、童貞を卒業するため、しみけんになるためだっ!
と、妄想に胸を膨らませていると。
「ユーリ殿、ユーリ殿っ! もう皆体育館に行ってしまってますぞ」
話しかけてきたのはメガネでキモロン毛の明智光秀。見て聞いてわかるように生粋のオタクだ。戦国マニアだ。
とはいえ意外と良い奴だし、気も合うので仲良くしている。
が、こいつと一緒にいるせいでたまに俺までオタクと勘違いされるのが腹ただしい。
「それがし達も体育館に向かいましょうぞ」
「そうだな」
終業式というのはとにかくかったるいものだ。
夏の体育館は蒸し風呂状態と化し、校長のどうでもいい話はやたらと長い。
ただ唯一いいことがあるとすれば、斜め前の女子のシャツが汗で張り付き透けているということだろう。
ふむふむ、水色ですか。
爽やかな夏空をイメージしたのだろうか? 意外に考えているな。
これは記念にと、ポケットからスマホを取り出しすぐさま無音カメラを立ち上げて、パシャリ。
気付かれぬようにちゃんと撮れているか確認していると。
周囲は静まり返り、校長の演説も止んでいる。
何事かと顔を上げて辺を見渡したとき、俺の大切なスマホは指先からこぼれ落ち、硬いアスファルトに激突した。
「え……!?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまったが……無理もない。
俺は今の今まで体育館に居たはずなのだが、この双眼が捉えるのは、果てしなく広がる荒野……。
驚愕に思考回路がフリーズしてしまっているのは俺だけじゃない。
全校生徒と教員を含めた約600人があんぐりと大口を開けながら時が止まってしまっている。
すると、静まり返った荒野に誰かの声が響き渡った。
「異世界転移キターーーーーーー!!」
――しーん……。
なっ、ななな、なに言ってんだよ、異世界転移だとっ!?
困るっ! それは非常に困るよっ!!
俺のこの夏の計画はどうなるんだ!? 何のために何ヶ月も前からバイトして金を貯めてたと思っていやがんだっ!!
俺は咄嗟に明智の両肩を掴み、問い詰めた。
「ふざけんなっ! どうなってんだよこれはっ!! 俺はスマホ見てたからわからなかったが何がどうなった!? 説明しろ明智っ!!」
「おっ、おおお、落ち着いてくだされユーリ殿っ! それがしにも何が起きたのかさっぱりわかろませぬぞっ」
終わりだ……。俺は崩れ落ちるようにその場に座り込み、途方に暮れていた。
その間も呑気な教師連中は「皆さん落ち着いて、その場に屈んでください」と叫んでいる。
もちのろんで。そんな言葉に従う奴なんて皆無だったよ。
かと言って皆パニックを起こしている訳でもなく。寧ろこの状況を楽しむ声音が俺の頭上を飛び交っている。
「おい、マジで異世界転移かよっ!」
「マジやばっ! 俺たち選ばれた勇者的なやつなんじゃねぇの!?」
「こんなの修学旅行より楽しいじゃん」
「私なんかワクワクしてきた」
どいつもこいつもアホかっ!
俺たちはこれから一年で最も楽しい夏を迎えようとしていたんだぞっ!
異世界転移だ? 冗談じゃないっ!!
今すぐに元に戻せっ!!!
まるでこの世の終わりと言うように、俺は地面に手を突き、クモの巣を張り巡らせたスマホを睨み付けると。
なにか視界の右下に小さな点みたいなものが写り込んでいることに気が付いた。
「なんだこれは?」
目にゴミでも入ったのかと擦るが取れない。
ならばゴミではないのかと振り払おうとするが取れず。ならば掴んでやろうと手を伸ばすが、触れない。
まさか……異世界に来た拍子に俺の眼球は何らかの異常をきたしてしまったんじゃないだろうな。
不安になり、その点を凝視すると。
突然、視界にゲームのステータス画面みたいなのが広がった。
―――――――――
名前:月影遊理
性別:男
装備:なし
レベル:なし
力 F
耐久 F
敏捷 F
魔力 F
スキル:なし
固有スキル:他人の不幸は蜜の味
――――――――――
なっ、なんだこりゃ? まるでゲームじゃないかよ?
それに……レベルなしってどういうことだよっ!!
普通この手の異世界転移物のラノベとかだったら、最低でもレベル1からスタートなんじゃないのか?
百歩譲ってレベル0だろっ!
なしってなってしまったら、レベルが上がらないってことじゃないかっ!!
それと、この力とかもFってなってるけど……これはいいのか? 悪いのか?
普通に考えたらめっちゃ悪くないか?
仮にA~Fの6段階評価だとしたら、最低の評価ってことになる。
だが……もっと下があるのかもしれないから、落胆するのは早いか。
それと……スキルもなしか……。でもその下に固有スキルがある。
固有があるってことはただのスキルはそのうち手に入るってことだよな?
つーか、なんで俺はこんなのを真剣に見てるんだよ。
馬鹿馬鹿しいっ! 俺は早く帰って夏のランデブーがしたいんだ。
と、立ち上がり明智に話しかけると、
「ああ、すまぬユーリ殿。今それがしステータスの確認をしているところでござるよ」
「なんだお前も気付いたのか?」
「それがしだけじゃないでござるよ。周りをよく見てみるでござるよ、ユーリ殿」
明智に促され周囲を見渡すと、皆どこか一点を凝視している。
間違いなくステータスを確認しているんだろうな。
「俺オールAだっ! マジ選ばれし勇者って俺のことだったんじゃね?」
「あたし力はAだけど敏捷がDだって、最悪」
「俺はオールBだけど、固有スキルがあるぜ」
「ええーいいなー」
「てかさ、なんでレベルはなしなんだ?」
おい、待て待て待て待てっ!!
レベルに関してはみんななしみたいだからいいがっ、その他がオールAにオールBだとっ!!
ならオールFの俺はどうなっちまうんだよっ!!!
まさかとは思うが、この中で俺が一番弱いとかないよな?
「おい、明智!」
「どうしたでござるか? ユーリ殿」
「お前のステータスどうなってる?」
なんだよそのムカつく笑いはっ!
「力A、耐久C、敏捷D、魔力がCでござるよ。ひとつもAがない者もいるみたいなので、これは当たりと言っても良さそうでござるな。ちなみに残念なことに固有スキルはなかったみたいでござるよ」
「……」
おい、冗談だろ……。
明智ですら俺より遥かにいいじゃないか。
「それで、ユーリ殿は?」
「えっ……!?」
「ステータスでござるよ。もう確認したのでござろう」
「ま……お前と……似たようなもんだ……」
「おお! 左様でござったか」
どうしよう……。
周りの連中の反応や会話を聞く限り、みんな最低でも一つはC評価があるみたいだ。
「つーか、今のところ最低はD評価みたいだな」
「要は4段階評価ってことらしいな」
何言ってんだよっ!?
6段階でしょっ! 無知にもほどがあるっ!!
でも……言えないよな。評価は6段階で最低がFなんて言えるわけがない。
そんなこと言ったら俺がF評価だって言ってるようなもんじゃないか。
落ち着け……落ちつくんだ俺っ!
ここが異世界でこんなステータスとかがあるなら、必ずモンスターとかがいるはずだ。
もしも、もしもモンスターと戦わなきゃいけないなんてなってみろっ!
俺……死ぬんじゃないのか……?
来たくもない異世界に突如連れてこられた挙句、化物に殺されますってか?
ふざけるなよっ! こんなの絶対に認めないぞ。
俺は何かの間違いだともう一度ステータスを確認した。
―――――――――
名前:月影遊理
性別:男
装備:なし
レベル:なし
力 F
耐久 F
敏捷 F
魔力 F
スキル:なし
固有スキル:他人の不幸は蜜の味
――――――――――
ダメだっ! 何度見てもオールF……。
このクソみたいな事実だけは覆らない。
覆らないが……この固有スキルはなんだ?
明智の奴は固有スキルがないって言ってたよな?
明智だけじゃない。他の連中もある奴とない奴がいたみたいだし……。
しかし、この固有スキル。他人の不幸は蜜の味ってなんだ?
効力とか使い方がわからないじゃないか。
《他人の不幸は蜜の味・発動しますか? YES/NO》
ん……? 突然ステータス画面が消えたと思ったら、なんか出たぞ。
……どんな能力かはわからんが、ぶっつけ本番よりも試しておいた方がいいよな。
てっことで、俺は心で念じた。YESだっ!
《他人の不幸は蜜の味を発動致します》
視界に固有スキルの発動を知らせる文字が浮かび上がると、辺りは瞬く間に灰色に包まれ、すべてが停止した。
ちなみに俺の体も止まっている。
何なんだよこれはっ! 体が動かないじゃないかっ。
と、思ったのだが。動いた。
いや……動いたというより抜けた? 俺は俺から抜けてしまった。
まるで体と魂が切り離されたようにスポッと抜けた。
わかりやすく言えば幽体離脱だ。
俺は俺を見つめながら困惑している。
一体なんなんだよこの能力は……? これで女子のスカートでも覗けってか……?
ま、それはそれで悪くはないが……仕方ない。
どうやったら解除できるのかもわからんし、記念に覗いとくか。
と、振り返ると。扉がある。
黒い靄を放つ摩訶不思議な鉄扉。
それが地面から数十センチほど高く、プカプカと浮かんでいる。
何もかもが色を失い停止した世界で、それは黒く輝いていた。
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